10 『魔族』の誕生

「なんだこりゃぁ……」


 自分の変異に戸惑うウルフ。

 だが、彼にそんな暇は無かった。


「『シャインアロー』!!」

「!?」


 彼に向かって魔法攻撃が放たれる。

 高速で飛翔する光の矢の魔法。

 さっきまでは、ウルフの近くにずっと味方がいたせいで、フレンドリーファイアを恐れて使えなかった魔法。

 だが、ブレイブが死に、彼の近くに誰もいなくなったことで、ようやく使えるようになった。


「チッ!」


 ウルフは咄嗟にサイドステップで光の矢を避ける。

 想像以上の速度が出た。

 身体能力が異様なくらい上がっている。

 しかし、攻撃者はそんなウルフを見ても、全く戦意を衰えさせなかった。


「よくも、ブレイブを……!!」


 大切な妹を人質に取られ、大切なリーダーを目の前で殺されたエルフの女魔法使い。

 アルカナが憤怒の表情でウルフを睨みつけていた。

 その近くでは、彼女の妹であるタロットが泣き崩れている。

 他の面々の反応も、彼女達と同じように二つに別れた。


「そんな……嘘だろ……?」

「ブレイブ……?」

「あ、ああああ……!?」


 呆然とし、あるいは泣き崩れ、ブレイブの死を信じられずにいる者。


「う、うぉおおおおお!! よくも!! よくも、ブレイブをぉおおおおおおおお!!!」


 激高し、痛む体に鞭を打って立ち上がり、仇討ちに燃える者。

 戦車やコジロウは後者だった。

 怒りに燃える者達が、さっきまでとはまるで違う形相でウルフを取り囲む。

 さっきまで、彼らの中には躊躇があった。

 人を殺してしまうのが怖いという、現代人であれば当たり前に持っている躊躇が。

 だからこそ、攻撃が中途半端なものになり、ブレーキのぶっ壊れたウルフに蹂躙されたのだ。


 だが、今の彼らにブレーキは無い。

 ウルフと同じく狂気を、復讐の狂気を身に宿した彼らのブレーキはぶっ壊れた。

 今の彼らにさっきまでのウルフが突撃したら、ものの数分で血祭りに上げられるだろう。


「ああ、なんだろうなぁ」


 そう。

 さっきまでのウルフであれば。


「なんだか、異常に気分が良い」


 人狼となったウルフは、凶悪な狼そのものとなった顔を歪めて笑った。

 牙を剥き出しにして笑った。

 痛みでハイになったのか、それとも殺しを経験してぶっ壊れちまったのか。

 まあ、なんでもいい。


「そっかぁ。酷いことしてくる奴をぶっ殺すのって、こんなに嬉しいことだったのかぁ」


 とにもかくにも、今のウルフは最高にハイってやつだぜぇえええ! 状態だった。


「「「死ねぇ!! クズ野郎ぉ!!」」」


 復讐者達が突っ込んでくる。

 さっきまで動けなかった魔法使い達は、フレンドリーファイア覚悟で魔法を放とうとし、前衛はそんな魔法使い達が見えていないかのように突撃してくる。

 それをグルリと見渡して━━ウルフは跳ねた。

 急激に上がった身体能力を活かし、上空へと飛び跳ねることで彼ら全員を射程に収めた。


「『必殺スキル』」


 ウルフが拳を振りかぶる。

 右拳を引いて、ぐぐっと力を込めて。

 その技の発動条件である溜めの時間は経過した。


「『インパクトスマッシュ』!!」

「「「ッッ!?」」」


 ウルフの拳から、極大の衝撃波が放たれた。

 それはもはや、拳というより魔法のような威力だった。

 魔族に墜ちたことで大いに強化された必殺の一撃が復讐者達を飲み込み……。

 ウルフが着地した時には、誰一人として立ってはいなかった。


「アヒャヒャヒャヒャ!!」


 狂ったようにウルフが笑う。

 気分が良い。

 本当に気分が良い。

 今の一撃で結構な数が死んだ。

 その証拠に、ウルフのレベルが上がった。

 このまま全員にトドメを刺してやろう。

 この理想郷を脅かす『悪党ども』を根絶やしにしてやろう。

 そう思って一歩を踏み出し……。


「おぉ?」


 ウルフの体がグラリと傾き、膝をついた。

 体が上手く動かない。

 痛くて上手く動かせない。

 ……どうやら、いよいよ限界らしい。

 目的を果たし、おまけに一発大技を放ってスッキリしたせいで、気力が途切れてしまった。


 魔族化しても蓄積したダメージはそのまま。

 斬り飛ばされた左腕もそのままだし、HPは残り三割を切っている。

 あと、何故か凄い勢いでMPが減り続けていた。

 今ある低ランクの回復ポーションじゃ、何本も飲まなければ全快できないだろう。

 しかも、


「う、おぉ……!」

「ぐ、ぅぅ……!」

「なんの、これしき……!」


 シャイニングアーツの強者達は立ち上がった。

 HPの残っている者は、立ち上がる気概の残っている者は立ち上がった。

 ……こいつらを前にして、回復ポーションをガブ飲みする余裕はさすがに無いだろう。

 これ以上の戦闘は、さすがに死ぬ。

 目的は果たした。迷宮の鍵は破壊した。

 なら、これ以降の戦いに命を懸けるほどの意義は無い。

 たからこそ、━━ウルフは踵を返して走り出した。

 漆黒の人狼の姿がどんどん遠くなっていく。


「逃げるな……!」


 その背中に、戦車の言葉が突き刺さる。

 ウルフに動揺は無かった。

 彼は別に誇りを賭けて戦ったわけではない。

 自分の幸福を奪おうとする奴らに抗っただけだ。

 見事に目的を果たした以上、彼の心は晴れやかだった。


「逃げるなよ、ちくしょう……!」


 戦車の体が崩れ落ちる。

 膝をついたまま、強く地面を殴りつける。


「ちくしょぉおおおおおおお!!!」


 大切な仲間達を奪われた敗北者の慟哭が、理想郷のフィールドに響き渡った。

 悲しみと怒りが彼らの心に深く刻み込まれた。


 こうして、因縁は始まった。

 ゲームクリアを目指すプレイヤー達と、それを阻止せんとする魔族の、長い長い戦いの因縁が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る