7 因縁の始まり
「よし! 倒したぞ!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
初心者向け迷宮のボスが、HPの全てを失ってデータの塵となる。
ギルド『シャイニングアーツ』のギルドマスター、ブレイブは剣を高らかに上げて勝鬨を上げる。
ギルドメンバー達が雄叫びを上げた。
本来なら、この程度のボスの討伐なんて喜ぶほどのことじゃない。
ましてや、ここは誰もが一度は攻略したような迷宮だ。
自分達のレベルが下がってしまったとはいえ、ボスの強さや能力は以前と同じ。
HPこそ数十人単位のレイドを組まなければ削り切れないほど圧倒的だが、攻撃は単調で読みやすく、搦め手も無い。
だが、デスゲームともなれば、そんな相手でも慎重に慎重を重ねて挑まなければならない。
つまらないミスをして誰かを失うことなど、あってはならないのだから。
そうして、慎重に慎重を重ねて挑んだ結果が、犠牲者ゼロでの勝利だ。
嬉しくないわけがない。
雄叫びの一つも上げたくなるというものだ。
「やったな、ブレイブ!」
「や、やればできるものですね!」
「ふっ。我らの力を持ってすれば当然だな」
「お疲れさん」
仲間達、その中でも特に仲が良い面々が、ブレイブの背中をバシバシと叩いていった。
豪快なドワーフの重戦士『戦車』。
気弱なエルフの回復魔法使い『タロット』。
タロットの姉で、同じくエルフの正統派魔法使い『アルカナ』。
爺アバターを使っている虎ビーストマンの剣士『コジロウ』。
死の恐怖を跳ね除けてブレイブについて来てくれた、大切な仲間達。
「皆のおかげだ! ありがとう! 本当にありがとう!」
彼らを始め、ここにいる数十人のメンバーは、ブレイブに賛同してくれたメンバー達だ。
だが、当然のごとく、往年のシャイニングアーツのベストメンバーではない。
かつて攻略の最前線を突き進んでいた猛者達、いわゆるゲーム廃人と呼ばれる者達は殆ど残っていない。
廃人達は、初日にゲーム感覚が抜けないままモンスターに挑んで、痛みに怯んだところを狙われて殺されたり。
生き残ったものの、心が折れて引きこもりになったり。
あるいは、ゲームクリアなんかより、この世界で好きに生きてやるぜ! とギルドを脱退したりした。
前任のギルドマスターもそうだ。
彼は何も言わずにギルドを去った。
理由はわからないが、大方上記の三つのうちのどれかだろう。
ギルドへの登録も抹消していったので、空いたギルドマスターの地位にブレイブが就いた形だ。
運動神経と経験を活かしたプレイヤースキルこそ高いが、ゲーマーとしてはガチ勢ではなくエンジョイ勢だったブレイブが、その強固な信念と人望を見込まれて、シャイニングアーツのトップに立った。
シャイニングアーツは大きく弱体化している。
だが、戦えなくはない。
僅かに残った猛者達から、このゲームの情報や攻略法は聞けている。
粘り強い演説の効果があったのか、戦闘員も後方支援の人員も増えてきている。
そして今、ダンジョンボスを倒した。
死と痛みに怯えながらも成し遂げた。
やれる。できる。
絶対にこのゲームはクリアできる。
絶対にこんなふざけたデスゲームを終わらせて、現実世界に、家族のところに帰るんだ。
ブレイブは改めて強く決意を固めた。
「ん?」
「なんだ……?」
その時、ボス部屋の奥にあった壁画のようなものが、光り輝き始めた。
まさか、ボスを倒したのに、まだ何か出てくるのか!?
勘弁してくれという気持ちで、メンバー達は武器を構える。
しかし、違った。
出てきたのは、新しい敵ではなかった。
『勇敢なる旅人達よ。よくぞ、第一の試練を成し遂げた。
汝らの偉業を称えよう。心の底から称賛しよう。
そして、汝らを認め、授けよう。
持っていくがよい』
厳かな老人の声で、そんな言葉が紡がれた。
壁画の輝きが増し、その光はやがて一点に集中して、一つのものを形作った。
それはボス部屋の中空に浮遊する、一本の大きな鍵だった。
いや、本当に大きい。
短杖くらいのサイズがある。
「えっと……あれは迷宮クリアの報酬、ってことでいいのかな?」
「じゃろうな」
ブレイブの自信なさげな言葉に、残った数少ない廃人の一人である虎の老獣人、コジロウが答える。
「しかし、通常プレイの時は、初攻略の時でもこんなものは無かった。
デスゲームになってから追加された要素と見て間違いなかろう。
であれば、文字通りゲームクリアの鍵となるキーアイテムかもしれん」
「「「おお!」」」
メンバー達から歓声が上がる。
ずっと求めていた、ゲームクリアに向けた手がかりだ。
レベル上げをしつつ、できることは片っ端から試していこうということでボス戦をやったが、どうやらビンゴだったらしい。
ボスも倒して、ゲームクリアの手がかりまで得た。
彼らの胸は達成感に満たされる。
「ほら、ブレイブ! とっとと取ってこい!」
「……ああ。そうだな」
ちょっと感動して浸っていたブレイブが、ドワーフの重戦士、戦車の言葉で我に返り、鍵に手を伸ばした。
『このアイテムを所持しますか? 所持しない場合は破壊されます。 yes/no』
(妙なテキストだな……)
若干怪訝な気持ちになりながらも、ブレイブは『yes』を選択。
鍵は一瞬輝きを増した後、姿を消した。
ブレイブのアイテムストレージに入ったのだ。
『メッセージを受信しました』
『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』
「「「うおっ!?」」」
全員のメインメニューが強制的に開かれ、デスゲーム開始のトラウマワードと同じメッセージが聞こえてきたので、多くのメンバーがビクッとしてしまった。
ただ、今回は内容をなんとなく予想できるので、前回ほどの動揺は無い。
『勇敢な旅人達が成し遂げた。
第一の試練を成し遂げた。
一つ目の『鍵』が彼らの手に渡った。
十五の鍵を揃えて海の扉を開きなさい。
十五の鍵を揃えて地の扉を開きなさい。
二十の鍵を揃えて天の扉を開きなさい。
天、地、海、三つの鍵を揃えて最後の扉を開きなさい。
さすれば、故郷への道は開かれん』
さっきボス部屋に響き渡ったのと同じ、厳かな老人の声で紡がれるメッセージ。
そして━━
『プレイヤー達が第一の迷宮を攻略し、『迷宮の鍵』を入手しました』
『第一の迷宮が消滅しました』
『十五個の鍵を『ウェストブリッジ』の町近郊にある大扉に差し込むことで『海の大迷宮』が開放されます』
『『迷宮の鍵』が破壊されることで、対応する迷宮は内部マップを書き換えて復活します』
『『迷宮の鍵』の位置情報を全体マップに表示します』
迷宮全体が光の泡のようになって消えて、彼らは入口のマップに戻された。
同時に聞こえてきたメッセージにより、ゲームがチュートリアルを終えて、次の段階に移行したことを実感させられる。
「おお……。なんか普通にカッコよかった」
「デスゲームじゃなければなぁ。素直に感動できたんだがなぁ」
メンバー達は今のイベントの感想を言い合い、次いであの意味深なメッセージや、今回判明した情報について話し出した。
「十五の鍵を揃えてって、十五個の迷宮を攻略しろって意味だよな?」
「それ以外に無いでしょ。ちょうど、今ある迷宮の数も十五個だったはずだし」
「ウェストブリッジの町近郊の大扉ってあれだよな? アートモートから見えるあれのちっちゃいやつ」
「だな。発売から5年経って、ようやく発見された二つ目の大扉」
「次のアップデートで、ついに謎の一端が明かされるのか! ってことで楽しみにしてたんだがなぁ」
「良かったわね。謎が明かされたわよ」
「デスゲームじゃ喜び半減だよ! いや、ある意味ではもの凄く嬉しいけども!」
ワイワイガヤガヤ。
戦勝の喜びもあってか、あるいはゲーマーのサガか、考察談義が止まらない。
ここは町中のような安全地帯じゃないというのに。
「ええい! 者ども、気を抜くな! そういう話はホームに戻ってからにしろ! 私だってソワソワしてるのに我慢してるんだぞ!」
「へーい」
「すんません、アルカナさん」
「アルカナさんって『者ども!』とか言っちゃう中二病のくせに変なところで真面目だよな」
「わかる」
「そこ! 聞こえてるぞ!」
「でも、お姉ちゃんが中二病なのは本当だし……」
「タロット! 何か言ったか!」
「い、言ってないです」
エルフ姉妹の姉の方、アルカナの注意喚起で、お喋りは多少マシになった。
そのアルカナが騒いでいるので、マシになった止まりだが。
締まらないが、彼女もあれでギルドに残ってくれた良識的でまともな廃人の一人。
皆から頼りにされてはいるのだ。
「鍵の位置情報の表示、か……」
「お? どうしたよ、ブレイブ。浮かねぇ顔して」
帰り道を進みながら難しい顔をするギルドマスターに、戦車が話しかける。
ブレイブは眉間にシワを寄せて、
「嫌な予感がするんだ。鍵の位置情報の表示。これだけ明らかに毛色が違う」
全体マップに表示される鍵のマーク。
数は一つ。場所はここ。
恐らく、鍵を所持している自分の位置情報が、全プレイヤーにバレている。
嫌な感じだ。
「ワシも同意見じゃな」
「コジロウ……」
古強者を思わせる容貌の虎耳達人剣士が会話に入ってきた。
彼はアバターだけでなく、リアルでも結構な年齢という話だ。
年の功で若者よりは思慮が深い。
ゲームクリアに向けて一歩進んだという喜びで頭がいっぱいの若者達よりも。
「若造どもに警戒を促した方がよい。この仕掛けは、明らかにゲームのシナリオとは別の戦いを煽っておる。
鍵の破壊に関する項目も、扉に差し込むまで無事に守れという意味ではなく、もっと悪辣なものじゃろうて」
「……やっぱりか。考えたくはなかったけど」
「お、おい、どういうことだ! 二人だけでわかり合ってないで説明くれ!」
脳筋のケがあるドワーフが叫ぶ。
彼への説明も兼ねて、全員に言った方が良いとブレイブは判断した。
せっかくの勝利の喜びに水を差し、士気を低下させてしまうかもしれないけれど、それでも。
自分一人の憶測ではなく、コジロウと合わせて二人分の推測ならば、なおのこと無視はできない。
「皆! ちょっと聞いてくれ!」
ブレイブは声を張り上げた。
いつもの演説の時のように声を上げた。
だが、━━その判断は少し遅すぎた。
「え? ぎゃ!?」
「うわっ!?」
「ぎゃああああああああ!?」
突然、森の中から白い影が飛び出してくる。
露出度が高めの服を着た、白髪の狼獣人の少女だ。
彼女は進路上にいた何人かのメンバー達を殴り飛ばし、蹴散らし、一人の少女を人質に取った。
エルフ姉妹の妹の方、タロットを。
「全員動くな。こいつをどうにかされたくなきゃ、大人しく鍵をよこせ」
「ひっ!?」
「タロット!?」
少女は背後から小柄なタロットの首に腕を回して拘束し、タロットは首を締められる痛みと減っていくHPに恐怖の声を上げた。
姉のアルカナが焦った様子で反射的に動こうとして、少女の眼光に射抜かれて、その場に縫いつけられた。
「……落ち着け。落ち着いて、話をしよう」
そんな中で、ブレイブは仲間の窮地に冷や汗を流しながら、努めて冷静に話し合いを選択した。
……最悪の予想が、想像よりも遥かに早く実現してしまった。
警告が遅れてしまったことへの後悔を強く感じながら、ブレイブは目の前の白い狼の少女と、狂気を秘めた目で自分を睨みつける少女と向き合った。
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