6 『真』プロローグ

「決めたよ、ウルフ! ボクは商人になる!」

「ふーん。そうか。頑張れ」


 レベリングの翌日。

 昨日はミャーコの部屋に泊まらせてもらったウルフは、朝一番でそんなことを言い出したミャーコに適当に返した。

 別にどんな生き方をしようと、ミャーコの自由。

 戦闘を強制する気も無い。

 商人だって立派な職業だ。

 やりたいのなら、やればいい。


「絶対に他のプレイヤーとソリが合わなくなるウルフのために、生産職とか情報屋との繋ぎ役になってあげるよ!」

「お、それはありがてぇな」


 ウルフの目的、ゲームクリアの邪魔というのは、あまり歓迎されるものではないだろう。

 似たような思想の奴は必ずいると確信しているが、それを表立って言うのは難しいだろうとも思っている。

 だって、町を見渡してみれば、このゲームを悲観的に捉えている奴らばかりが目につく。

 現実に帰れないというのは、死が身近にあるというのは、頭のネジが飛んでいると称されたウルフでは想像もつかないほどのストレスなのだろう。

 そんな中で、ゲームクリアの邪魔がしたいですなんて、大声で言えるはずがない。


 だからこそ、そんなウルフを商人として支えてくれるというミャーコの存在は大きい。

 さながら、ヤクザにブツを流す仲介人だ。

 そう考えると、ミャーコも結構な修羅の道を行こうとしていると言えよう。


「いっぱい儲けて、こういう美味しいご飯を食べまくってやるんだーーー!」


 自分が修羅の道を選んだと自覚できていないのか。

 ミャーコは昨日狩ったモンスターのドロップアイテムを売り捌いて得た金で買った『まともな朝食』を、感動の表情で食い荒らしていた。


 ここはゲームの世界だ。

 別に食べなくても生きていける。

 だが、人間やっぱり美味しいものが食べたいという欲求は強い。

 食べたいのなら、食料を買う金がいる。

 金が欲しいのなら、頑張って稼がないといけない。

 まさに救世高徳が最初に言ったように、良い暮らしがしたいなら頑張れということだ。

  

「美味しい! 美味しいぃ!」


 心が折られてニートをやっていた一週間、素食生活を送ったミャーコは、反動で食への執着に目覚めた。

 金の大切さを思い知った今、これからは金に貪欲な商人として頑張ってくれるだろう。

 実に頼もしい。


 ……と、ミャーコの食い意地に苦笑していた、その時だった。


『『メッセージを受信しました』』

「「!」」


 突如、二人のメインメニューが同時にメッセージの受信を知らせる。

 共通の知り合いなどいない二人が同時に。

 いや、窓の外からも同じ機械音声が折り重なって聞こえた。

 つまり、全プレイヤーへの一斉送信。

 デスゲーム開始宣言の時と同じ現象に、嫌でも二人は緊張感を高めた。


『『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』』


 そして、これまたあの時と同じように、強制的にライブ配信モードが起動。

 ただ、そこに映るのは前回と違って救世主狂人ではなかった。

 ライブ配信モードに映るのは、古代の壁画を思わせるような映像。

 それが動画として流れ、同時に厳かな老人の声で、ナレーションのようなものが聞こえてくる。


『勇敢な旅人達が成し遂げた。

 第一の試練を成し遂げた。

 一つ目の『鍵』が彼らの手に渡った。

 十五の鍵を揃えて海の扉を開きなさい。

 十五の鍵を揃えて地の扉を開きなさい。

 二十の鍵を揃えて天の扉を開きなさい。

 天、地、海、三つの鍵を揃えて最後の扉を開きなさい。

 さすれば、故郷への道は開かれん』


 とてつもなく意味深な言葉。

 どう考えても、ゲームの根幹に関わる情報。

 謎解きでもさせる気かと思った瞬間、動画は終わり、新たなメッセージが送られてきた。


『プレイヤー達が第一の迷宮を攻略し、『迷宮の鍵』を入手しました』

『第一の迷宮が消滅しました』

『十五個の鍵を『ウェストブリッジ』の町近郊にある大扉に差し込むことで『海の大迷宮』が開放されます』

『『迷宮の鍵』が破壊されることで、対応する迷宮は内部マップを書き換えて復活します』

『『迷宮の鍵』の位置情報を全体マップに表示します』


 立て続けに送られてきた情報。

 それを最後に、メインメニューは沈黙した。

 どうやら、これが今回のメッセージの全てらしい。


「え? え? 何? つまり、どういうこと?」


 ミャーコが混乱している。

 そりゃそうだろう。

 ウルフだって混乱している。

 いきなり話が進みすぎだ。

 こんな重要な話をするのなら、せめて前置き的な何かが欲しかった。

 ……だが、そんな思いよりも遥かに。


「マズい……」


 ウルフの心を支配したのは。


「やばい……! やばいやばいやばい……!!」


 尋常ならざる焦りであった。


「ついさっきまでクリアへの道筋すらわかってなかったのに……!? くそっ、油断した……! こんな一気に事態が動くなんて思わなかった……! まだ一週間しか経ってないんだぞ……!? この調子じゃ、オレが死ぬまでの間にゲームがクリアされかねない……! 嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ……! 絶対に阻止する……! 絶対にこの世界を守る……! どんな手段を使ってでも……!!」

「ウ、ウルフ……?」


 どう見ても尋常ならざる様子の、狂気すら感じる顔でブツブツと呟き出したウルフを見て、ミャーコは思わず気圧された。

 彼の内包する想いは。

 現実世界への尋常ではない嫌悪と恐怖は、ミャーコのそれよりも遥かに深刻だったのだ。


 ウルフの脳裏に現実世界での記憶が過ぎる。

 金切り声を上げる母。

 掌で叩かれた時の、酒瓶で殴られた時の痛み。

 かと思えば、急に泣き出して許しを乞う姿。

 過去の、幸せだった頃の思い出が邪魔で、心の底からは恨み切れなかった。

 その過去の思い出が、辛い日々の中でどんどん汚されていくような苦しみ。

 未来になんて一欠片の希望も抱けず、絶望だけを抱えて生きていた。


「うっ……!?」


 気持ちが悪い。吐き気がする。頭が痛い。

 トラウマのフラッシュバックは、いつ味わっても辛い。

 だが、トラウマで動けなくなったミャーコとは逆に、ウルフはトラウマによって突き動かされた。

 もう二度とあの世界に帰りたくないという絶望が、この理想郷という希望を失うかもしれないという恐怖が、彼を突き動かす。


「ミャーコ、お前、昨日言ってたよな? 他の奴らのレベルは、高くて10くらいだろうって。

 だったら、あの迷宮のボスを倒してレベルが上がったとしても、15は行ってないよな?」

「ひっ!? う、うん、多分……」


 狂気の眼差しに射抜かれて、ミャーコは反射的にそう答えてしまった。

 口に出してから「しまった」と思った。

 別に間違った答えを出したわけじゃない。

 だが、だからこそダメなのだ。


「行く」


 ウルフは立ち上がる。

 メインメニューに表示された鍵の位置情報を睨みつけながら。

 表示される座標は、昨日レベリングに使った、初心者向けの迷宮がある場所だ。

 タイミングからして、恐らく攻略したのはシャイニングアーツの連中だろう。


 倒さなくては。

 奪わなくては。

 壊さなくては。

 この世界を守るために、この世界を崩壊させうる鍵を壊さなくては。


「ミャーコ、悪いが今日の予定はキャンセルだ。いいな?」

「ウルフ……」

「いいな?」

「は、はい……!」


 ミャーコは恐怖に負けた。

 ウルフの放つおどろおどろしい威圧感に負け、それはやっちゃいけないと言えなかった。


「この埋め合わせは今度する。またな」


 そうして、ウルフは風のような速度で走り去っていった。

 何をする気なのか。

 何をしてしまう気なのか。

 ミャーコには手に取るようにわかる。

 わかったところで……何もできない。


「ご、ごめんね……! ごめんね、ウルフ……!」


 止められなかった無力な自分を、ミャーコは責めた。

 あの子の狂気を、頭のネジが飛んでいることの意味を、もっと深く考えるべきだった。

 そうすれば、友達として止められたかもしれないのに。

 友達を、自分のトラウマを吹き飛ばしてくれた恩人を、彼女はみすみす行かせてしまった。


 この日の恐怖と後悔はミャーコの心に強く刻まれ、その後の彼女の人生に大きく影響を及ぼすこととなった。

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