5 迷宮
「さあ、行くぞ!」
「うぅ……。いきなり迷宮かぁ……」
有用なアイテムの回収とミャーコのレベリングのため、二人はアーモロート近辺にある迷宮、通常プレイでは大抵の者が最初に挑む初心者向けの迷宮へとやってきた。
フィールドで遭遇するモンスターのレベルは、プレイヤー達のレベルリセットに伴って低くなっている。
だが、迷宮内のモンスターの強さはそのままだと、ウルフは我が身で、ミャーコは掲示板の情報で知っている。
ゆえに、レベル1のミャーコのために最初の迷宮に挑むのは合理的と言えた。
「まずは迷宮の宝箱を全滅させんぞ!」
「お、おー……」
ウルフの宣言に、ミャーコがおっかなびっくりな様子で合いの手を入れる。
最初は消費アイテムの素材撲滅ということで、仲間を集めて薬草や木の実を狩り尽くそうとしていたウルフだが、すぐに群生地帯が広すぎて無理だと断念した。
これがもっと高位のアイテムになると変わってくるのだが、序盤の回復ポーション程度なら、素材は腐るほどそこらに転がっている。
モンスターの弱体化と同時に、彼らの生息地で採取できるアイテムの数と質も序盤並みになったし、それを敵の妨害になるレベルまで狩り尽くすのは不可能に近い。
やるならもっと強い迷宮や、デスゲームになってから解禁されたとシステムメッセージに書いてあった、フィールドエリアの奥地へ挑めるようになってからだ。
仲間集めにだって時間は欲しい。
ならば今根絶やしにするべきは素材アイテムではなく、一度開けば再設置までに時間がかかる迷宮の宝箱や、一日にポップする数が限られているレアモンスターのドロップアイテムだと思い直したのだ。
「……とはいえ、ここはもう手遅れかもしれないけどね」
「え?」
「あ、ほら。やっぱり、いるよ」
ミャーコが指し示した先には……あの忌々しき『シャイニングアーツ』の連中がいた。
ダンジョンボスでも討伐するのかというほどの大軍勢をいくつかの部隊に別けて、ダンジョンの中に踏み入っていく。
それを凄い目で睨みつけていたウルフは、視線を奴らから逸らさないまま、ミャーコに声をかけた。
「おい。あれ、どういうことだ?」
「どうもこうも、見ての通りだよ。彼らはここをレベリングの場にしてるんだ。
マップこそ通常プレイの時とは違ってるみたいだけど、モンスターの強さや種類は同じだし、もう取れるものは取り尽くされてると思う」
「ほぉぉう」
ウルフの目がどんどん据わっていく。
怖い。超怖い。
そして、彼はクルッと踵を返した。
「ミャーコ、他の迷宮に行くぞ。そっちのアイテムを取り尽くす」
「待って待って!? ボクはレベル1だよ!? ここじゃない迷宮なんて入ったら、一瞬でモンスターのご飯になっちゃうから!」
「ゲームなんだから食われはしないだろ」
「そういう問題じゃないよ!?」
ミャーコは必死であった。
ここでウルフの勢いに飲まれたら死ぬ!
そう確信して、必死に引き止める。
泣き落として、拝み倒して、
「…………しゃーない。まずは、お前のレベリング優先でいくか」
「よっしゃぁ!! ありがとう!」
ミャーコは、どうにか生存を勝ち取った。
ただし、迷宮に入る前から異様に疲れた……。
「んじゃ、入るぞ」
「う、うん……」
ずっしりと重い疲労感と、ぶり返してきた恐怖と戦いながら、ミャーコは堂々たる足取りで迷宮へと突撃するウルフに続く。
嫌悪感からか、それとも獲物の取り合いを防ぐプレイヤー同士のマナーを一応守ってるからか、シャイニングアーツの面々からは距離を取ってのダンジョンアタック。
獲物を既に狩り尽くされていることも危惧したが、シャイニングアーツもさすがに迷宮をローラー作戦できるほどの戦力を一度に投入したわけではないらしく、ほどなくして一体目が現れた。
「ギィ!」
「ひっ!?」
緑色の肌をした醜い子鬼、ゴブリン。
言わずと知れた最弱モンスターの一角。
だが、そんなゴブリンにすらミャーコはビビっていた。
「おいおい、ゴブリンだぞ? 前は笑いながら蹂躙してたじゃねぇか」
「しょ、初日に寄ってたかって殺されそうになったんだよぉ……! それ以来、トラウマになっちゃって……!」
「ふぅん」
「ギィ!!」
「ひぅっ!?」
二人が会話しているのを隙と見たのか、ゴブリンが襲いかかってくる。
ミャーコは反射的にギュッと目を瞑ってしまい、
「なら、これでトラウマ克服だな」
「ギギャ!?」
ウルフが飛びかかるゴブリンを適当に蹴り飛ばして、あっさりとデータの塵に返した。
瞬殺だ。
まあ、最弱モンスター相手なら当たり前なのだが。
『レベルアップ。ミャーコがLv1からLv2になりました』
『ステータスポイントを入手しました』
パーティーを組んでいたので、何もしていないミャーコにも経験値が山分けされて入ってくる。
初日に心を折られるまでの間に稼いだ経験値と合わせて、レベルが一つ上がった。
「ふぇ……?」
「今のオレは、こいつが何匹束になっても軽く蹴散らせるくらいには強い。
そんなオレが守ってる限り、お前はこいつらには殺されない。
なら、怖がる必要はねぇ。
そうだろ?」
至極簡単な計算式を教えるように、ウルフはサラッとそう言った。
その簡単な言葉が……トラウマに怯えるミャーコの心の隙間に、するっと入ってきた。
「あ……」
ふっと、心が軽くなる感じがした。
寄りかかれる頼れる相手を見つけて、その活躍を目の前で見せられて、経験値という目に見える形の証拠まで残されて、頭ではなく心が納得した。
こいつについて行けば大丈夫なのだと。
子供が親に抱かれて泣き止むように、ミャーコは
(え? 何そのイケメンムーブ? やばい、ウルフがやけにキラキラして見える……!)
吊り橋効果なのか、心臓が恐怖とは全く違う種類の鼓動で跳ねた気がした。
思考加速プログラムのせいで、現実の体の心臓が気持ちについてきてくれるはずがないのだが、それでもだ。
ミャーコはヒッキーではあったが、別にネカマではない。
自分のことを『ボク』と言っちゃう系女子だ。
乙女心は普通に持ち合わせていた。
「ん? どうかしたか?」
「な、なんでもない! そ、それより次の奴が来たね! 『シャインボール』!」
「ギギッ!?」
それをごまかすように、ミャーコは続いて現れたゴブリンを光の魔法で消し飛ばした。
もはや、トラウマは完全に克服されていた。
「……せっかくリセットされたのに、その戦闘スタイルは直さなかったのかよ」
「しょ、しょうがないじゃん! これが体に染みついてるんだから!」
ウルフがミャーコの戦闘スタイルを見て呆れる。
彼女のアバターのコンセプトは『猫耳魔法少女』であり、服装も魔法少女っぽい可愛い服、装備も魔法の杖っぽいワンドだ。
そして、使うのも魔法少女っぽい光の魔法。
INT(知力)の初期値が低いビーストマンでやることじゃない。
「転生アイテム手に入れたら、さっさと変えろよ」
「この姿、死ぬほど気に入ってるんだけど……。ウ、ウルフがこれからも守ってくれない?」
「調子に乗んな」
「あうっ」
図々しい猫に軽くチョップを入れながら、二人は迷宮を行く。
結局、その日はこの迷宮の適正レベルを大きく超えるウルフが無双し、ミャーコもトラウマを克服して通常プレイ時代の感覚を取り戻したことで、特に苦戦することもなくザコを大量に討伐して終わった。
ミャーコのレベルは、ここで効率良く上げられる上限である7に到達。
手に入ったステータスポイントは、元から高かった逃げ足と、被弾した時のためのVIT(防御)の強化に費やされた。
これで、そう簡単には死ななくなっただろう。
レベリングは大成功に終わった。
そして━━
その翌日、事件は起きた。
彼女達だけでなく、『Utopia・online』全体の今後を左右することになる大事件が。
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