4 フレンド
「おーう、生きてるかー?」
「生きた心地がしなかったよ!! デスゲームなんてものが始まったのに、よくそんな平静でいられるね君は!?」
メッセージを送ってみたら、即行で「会いたい」と返信してきた奴のところへ向かったウルフ。
アーモロートの宿(ソロプレイヤー御用達のレンタル拠点)にいると言っていたので来てみれば、アイドルのような服を着た猫耳の美少女が詰め寄ってきた。
外見に相当こだわり、なんなら課金アイテムまで使ったと熱く語っていた、目を見張るような美貌は健在だ。
ゲームアバターゆえに、憔悴が外見に反映されるということも無い。
ただ、外見に反映されなくとも一目でわかるくらいに、中の人は追い詰められているらしい。
「なんだよ。お前だって『現実に帰りたくない。ずっとゲームの世界にいたい』って言ってたくせに。良かったじゃねぇか。夢が叶ったぞ」
「そうだね! 最初はボクもちょっと調子に乗ったよ! でも、モンスターと戦ってみたら痛いんだよ! かすり傷でもめっちゃ痛いんだよ! 即行で心折れたよ!」
「ハッ! 意気地がねぇな」
狼耳の巨乳美少女が笑い、小柄で可愛らしい猫耳の美少女が涙目になった。
とても目に優しい光景ではあるが、中身はカオスだ。
ウルフはネカマを公言しているし、目の前の奴も「秘密☆」とか言って正体を明かしこそしなかったが、大方いい歳したニートか何かだろうとウルフは思っている。
フレンド欄には、いつもログイン状態の表示が出ていたし。
「んで、ものは相談なんだけどよ。ゲームクリアを目指してる大手ギルドの邪魔がしてぇんだ。何か良い感じの作戦とか思いつかねぇか?」
「凄いこと言い出したね!? いや、君らしいといえば君らしいけどさ……」
猫耳美少女はどうしようもない奴を見るような目をウルフに向けた。
心外と言いたいところだが、ウルフとて自分がイカれ野郎に分類されるだろうことは察しているので、口をつぐんだ。
そして、抗議の代わりに質問を口にする。
「なあ、『ミャーコ』。お前はどっち側だ?」
ミャーコと呼んだ猫耳美少女に、ウルフは獣のように鋭い視線を向ける。
ビクリと、ミャーコの背筋が震えた。
「オレは痛くても苦しくても、現実と違って楽しいこともいっぱいありそうなこの世界で生きたい。
あんな現実には絶対に帰りたくねぇ。
だから、この世界で『生きていく覚悟』を決めた」
「この世界で、生きていく覚悟……」
「お前はどうする?」
問われて、選択を突きつけられて、ミャーコは悩んだ。
「この世界で生きるのか、現実に帰るために戦うのか、それとも腐って終わるのか。
選べ、ミャーコ。オレはお前の選択を尊重する」
「ボ、ボクは……」
ミャーコは思い浮かべる。
現実世界を。真っ暗な自分の部屋を。
外に出るのが怖くなって、親のスネを齧りながら生きるのが申し訳なくて、でも現実逃避のためのお金をついつい使ってしまう。
クズの人生。
そんな自分に嫌気が差していた。
家族にも疎まれているのを知っていた。
それでも、変われなかった。
どうしても、変われなかったのだ。
そんな現実に戻る……?
「ボクは……帰りたくない」
ミャーコは、怯えた顔で、恐怖をより強い恐怖で上書きされたかのような酷い顔で、この世界にすがりついた。
「やだ……! もう、あんな惨めな思いは嫌だ! 変わりたい! この世界で、ボクは変わりたい!」
「よく言った」
ウルフは、優しくミャーコの肩に手を置く。
そして、ニカッと笑った。
「ま、お前は数少ないダチだからな。多少は手伝ってやるよ。レベル上げなり、なんなりな」
「ウルフ……!」
「ってことで、大手ギルドの邪魔する作戦を考えてくれ」
「ああ、そうだった! 最終的にそこに着地するんだったよ、ちくしょうめ!」
ミャーコは叫んだ。
叫びながら、ちょっとだけ笑っていた。
淀んだ暗い気持ちを吐き出して、少し楽になれた。
まったく、現実に帰りたくないから戦うなんて、とんだ後ろ向きの決意表明だ。
現実逃避の究極進化系か何かか?
しかも、その現実逃避で、必死に頑張ろうとしてる人達の邪魔をするっていうんだから、酷い話もあったものである。
人にこんな選択肢を差し出して、悪いことに加担させようだなんて、本当に悪い奴だ。
でも、その悪い奴のおかげで、ミャーコは立ち直れた。
いつだって綺麗事は自分を助けてくれない。
だったら、助けてくれない綺麗事なんか捨てて、助けてくれた悪い奴に恩返ししたっていいのかもしれない。
「ああ、もう、わかったよ! この世界が終わったらボクだって絶望なんだし、少しは知恵を貸してあげるよ! その代わり、レベル上げとかちゃんと手伝ってよ!」
「おう! 感謝するぜ、心の友よ!」
「もう! 調子良いんだから、もう!」
ミャーコが赤い顔でポカポカと殴ってくる。
こうしてると中身を忘れそうになる。
いっそ忘れてしまった方がいいのかもしれない。
自分もこいつも、現実に戻るつもりは無いのだから。
「うーん、そうだね……。大手ギルドの邪魔をするなら、とりあえず消費アイテムにちょっかいかけるのが良いと思うよ」
「消費アイテム? 回復ポーションとかか?」
「そう。難しいけど、大元になる素材を先に狩り尽くしちゃうとか、こっちで買い占めちゃうとかね。
そうすれば、NPCの商店からの購入だけじゃ絶対に足りなくなる。
必須アイテムが足りなければ、何をするにも立ち往生しちゃうはずだよ」
「おお! なるほどな!」
初日に回復ポーションを資金の限り買い尽くしてから狩りに出たウルフだ。
もしそれが買えなかったらと考えれば、なるほど、確かにあれだけ戦い続けることはできなかっただろう。
戦えなければレベルは上がらない。
レベルが上がらなければ攻略は進まない。
納得である。
彼は学こそ無いが、理解力はそれなりに高かった。
「よっしゃ! なら早速、このへんの素材アイテムを狩り尽くすぞ! 手数がいるから、似たような考えの奴らも大量に探さねぇと。ついでに、お前のレベル上げもだな」
「ボクをついで扱いしないでよ! っていうか、ウルフは今レベルいくつなの? ホントにボクのレベリングができるくらい強いの?」
「くっくっく。これを見てみろ!」
ウルフはメインメニューを操り、自分のステータスをミャーコに見せつけた。
そこに書かれた数字を見て、ミャーコは絶句する。
「嘘っ!? レベル18!? まだリセットから一週間しか経ってないのに……!?」
ビビって引きこもりながらも、掲示板を使った情報収集は欠かしていなかったミャーコは知っている。
恐らくは信用できるだろうギルドが書き込んでいる情報を信じるなら、現時点での最高レベルは高くて10程度だろう。
数人でパーティーを組み、安全マージンを確保して戦えば、どうしてもペースは遅くなる。
まして、今はHPの全損が死に直結し、大ダメージを受ければ激痛に襲われてしまうのだから、なおさら慎重にならざるを得ない。
そんな中で、このレベルに至っているということは……。
「ふふん! めっちゃ頑張った! めっちゃ死にかけたけどな!」
「…………うん。ウルフは頭のネジが外れてるんだね」
目の前でドヤ顔を浮かべながら立派な胸を張ってる奴が、実は思っていたより更に危ない奴だったと発覚し、ミャーコは冷や汗を流した。
こいつについて行って、本当に大丈夫なのだろうか?
だが、現時点での彼は間違いなく最強の一角だろうことも事実。
最強に守ってもらえるなら、これほど頼もしいことは無い。
それでも万が一は普通にありえるだろうが……ここで動かなければ、多分自分は一生動けない。
変わるって決めたのだ。
この世界で生きると決めたのだ。
なら、腹を括るしかないのだろう。
「それにしても……」
レベル18。
束の間とはいえ、後進に凄い差をつけている。
これだけの力があれば、チマチマとした間接的な妨害なんてしなくたって、もっと直接的な方法に訴えることも……。
「ッ!?」
「ん? どうした、ミャーコ?」
「な、なんでもないよ!」
そこまで考え、ミャーコは慌てて頭を振った。
それ以上考えてはいけない。
ここから先は禁忌の領域だ。
……だが。
「妨害♪ 妨害♪」
愉快に鼻唄を歌いながら腕を振り回している、この頭のネジが外れた友人なら、容易くその禁忌の領域に踏み入ってしまいそうな怖さがある。
そんな考えを努めて心の奥底に沈め、ミャーコはズンズンと進んでいくウルフの後ろに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます