3 演説

 『Utopia・online』のマップは、三日月のような形の島を表示している。

 全てのプレイヤーが最初にログインするのが、島の中心部にある、始まりの町『アーモロート』。

 そこから島の中心部を取り囲むようにカーブを描いた一本の川が流れ、その外側に未開のマップが広がっている。

 あまり学の無いウルフは気づいていないが、とある古書に出てくる『ユートピア』を模倣したような地形だ。


 現在、ウルフはそんなユートピアの始まりの町アーモロートを訪れていた。

 発売から5年の時を経て、数多のアップデートで多くの町がマップに浮かび上がるようにして追加されていき、町同士の間は『転移陣』という瞬間移動装置で一瞬にして行き来することができるようになった。

 その利便性を活かして、ウルフはアーモロートに買い物に来たのだ。


「相変わらず、すげぇ眺めだなぁ」


 そんなアーモロートの名物を見て、ウルフはなんとなく富士山に目を向ける時のような、なんとも言えない気持ちを久しぶりに味わった。

 この町からは、遥か遠くにある謎の建造物が一番綺麗に見える。

 アーモロートからまっすぐ南の方角、現時点のマップで唯一の海に面した場所にそびえ立つ、超巨大な『扉』が。

 最初にログインしたプレイヤーが必ず見ることになる、ファンタジーな光景が。


 迷宮の扉に酷似したデザインの、しかし圧倒的なスケールを誇る大扉。

 この距離からでも見える、扉の左右と上部に空いた、超ド級サイズの三つの鍵穴。

 どう考えても、ゲーム的にかなり重要な要素の一つだろうと、ゲーム開始当初から噂されたものだ。

 しかし、発売から5年が経っても、その謎は未だに明かされていない。

 明かされるとしたら、真の『Utopia・online』という名のデスゲームが始まったこれからなのだろう。


「まあ、それはいいとして。……さっすが、ゲーム内最大の安全地帯。陰気な連中がウジャウジャしてやがるなぁ」


 デスゲームが始まって一週間。

 何かしらの理由で心折られたのか、生きる屍のようになった連中が、この町には山のようにいた。

 活発に動き回るNPCノンプレイヤーキャラとまるで違うから、一目でわかる。

 プレイヤー達が生きる屍のようで、人工知能に過ぎないNPCの方がよっぽど生き生きしてるなんて、どんな皮肉だろうか。


(情けねぇなぁ。その気になりゃ、いくらでも何でもできる夢の世界だってのに、何もせずに腐るとか。ああはなりなくねぇ)


 この世界は現実とは違う。

 ちょっと勇気を出してモンスターと戦いに行けば、ステータスの数値という目に見える形で確実に成長できる。

 現実に帰りたいのなら、もしくは現状を変えたいのなら、戦うべきだ。

 それが無理なら、生産職でもやればいい。

 通常プレイの頃は、華やかな戦闘職の影に隠れて人気の無かった職業だが、今なら危険を侵さずに日銭を稼げる有効な手段だろうに。

 他にも思いつく仕事はいくらでもある。


 ここではお金の問題で、家庭の問題で、学歴の問題で、才能の問題で、自分の選ぶ道を諦める必要がない。

 どこまでも自分の意志一つで道を決められる。

 そんな幸福極まりない環境にいるというのに腐る連中を、ウルフは心底唾棄した。


「皆、このままでいいのか!? このまま、ここで腐ってるだけでいいのか!? 現実に帰りたいとは思わないのか!?」

「お?」


 だが、そんな唾棄すべき連中ばかりでもないようで。

 目が死んでいないどころか、むしろ燃えているような奴もいるにはいた。

 外見年齢18歳くらいの、金髪の青年アバターを使っている奴だ。

 種族はヒューマン。

 彼は街頭で声を張り上げて、死んだ魚ような目をする連中に語りかけていた。


「救世高徳は許されないことをやった!

 勝手に人の人生を捻じ曲げて、大切な人達から引き離して、こんな危険な世界に閉じ込めた!

 このままじゃ、僕達はもう二度と現実に残してきた人達に会えない!

 ただ待ってるだけじゃ、何十年経っても帰れやしない!

 そんなの僕は嫌だ!!」


 金髪の青年は叫ぶ。

 現実なら喉が枯れてそうなほどの大声で、現実世界への想いを叫ぶ。


「僕には向こうに残してきた家族がいる! 絶対にまた会いたい人がいる! だから、僕は戦う!

 戦闘職じゃなくてもいい! 生産職でも情報屋でも何でもいい!

 向こうに、大切な人達のところに帰るために、力を貸してくれ! 頼む!」


 その演説に、その熱意に……心動かされた者は確かにいた。

 暗い目で俯いている何百人もの中の、ほんのひと握り。

 そのほんのひと握りが、とても緩慢な動きで、青年の方を見た。


「僕はギルド『シャイニングアーツ』のギルドマスター、『ブレイブ』だ!

 僕達のギルドホームは、この町のメインストリートにある!

 力を貸してもいいと思ってくれた人は、そこに来てくれ!」


 そうして青年……ブレイブは、仲間達と共に去っていった。

 何人かがその背中を目で追っている。


「……ギルド『シャイニングアーツ』」


 ウルフはその名前を口の中で転がす。

 聞いたことのある名前だった。

 攻略の最前線に必ず名前が上がっていた、大手のギルドの一つ。

 死も痛みも身近に感じる今の環境で戦意を維持しているメンバーがどれだけ残っているかはわからないが、少なくとも元はかなりの力を持っていたギルド。

 それが、この世界を否定するために動いている。


「腹立つなぁ、あいつ」


 ウルフは、去っていくブレイブの後ろ姿を睨みつけながら、敵意を剥き出しにした。

 何が、家族にまた会いたいだ。

 自分には会いたい家族なんていない。

 ウルフにとって、家族とは苦しみの象徴だ。

 自分達を裏切って捨てた父も、酒に溺れてクズになった母も大嫌いだ。


(あいつとは絶対に相容れねぇ)


 自分が欲しくて堪らなかった現実世界での幸せを持っている奴。

 そんな奴が、ウルフにとっての救いであるこの世界を否定した。

 奴はこのゲームをクリアし、終わらせようとしている。

 奇跡に奇跡が重なってようやく手に入れた持たざる者の幸福を、持つ者が奪い取って踏みにじろうとしている。


「許せるわけねぇよなぁ……!」


 許さない。そんな暴虐は断じて許さない。

 絶対に邪魔をしてやる。

 ウルフはこの日、そう硬く心に誓った。


「でも、どうやって邪魔すりゃいいんだろうなぁ……」


 そして、次の瞬間には、耳をペタンとさせて落ち込み始めた。

 力の差は明白。

 リセットのおかげでレベル差は大したことないと思うが、人数が違う。

 ウルフ一人が挑みかかったところで、袋叩きにされて終わりだろう。


 それ以前にプレイヤーへの攻撃、いわゆるPKプレイヤーキルはデメリットが凄まじい。

 町には入れなくなるし、そうなれば買い物もロクにできず、町の転移陣を使えないから長距離移動が大変になる。

 おまけに、PKは識別マークが出てしまうから、プレイヤーとのやり取りにも多大な支障が出る。

 識別マークを消すのにも、結構なリスクが生じる。


 正攻法での妨害は、リスクばかり高いくせに、有効ですらない。

 ならば搦め手でと思うが、中学すらまともに行っていないウルフの頭では、妙案など浮かぶはずもなし。


「うーん……。あ、そうだ。あいつなら、なんか思いつくかも」


 唯一思い浮かんだのは、数少ないフレンドに相談すること。

 思い立ったが吉日とばかりに、ウルフは早速メインメニューを開き、デスゲーム開始から一週間も放置してしまったフレンドへのメッセージを送った。

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