2 レベル上げ
「うらぁ!!」
「グガッ!?」
粗暴な声と反比例するようなソプラノボイスで叫び、可愛らしい顔に闘志を浮かべながら、ウルフはフィールドマップに繰り出してモンスターとの戦いに明け暮れていた。
初期資産である1000ゴールドで回復アイテムを買い込み、それが尽きるまで戦い続ける。
全てから解放されたこの世界でどう生きるのかは、まだ決まっていない。
だが、ここが戦いの世界である以上、どんな生き方を選ぶにしても、強さはあった方が絶対に良いだろう。
言わば、強さこそがこの世界の学歴のようなものだ。
現実世界では求められなかったそれに、ウルフが手を伸ばすのは当然と言えた。
ちょっと前まで人生を諦めていた彼には、デスゲームによる死の恐怖ですら大した足枷にはならない。
「グォオオオオオオ!!!」
「ぐっ……!」
対峙する熊型のモンスター『デスベアー』の爪が、避け切れなかったウルフの体を吹き飛ばす。
手甲に覆われた腕でガードはしたが、熊の怪力は少女の体を軽々と吹き飛ばし、近くの大木に叩きつける。
背中に激痛が走った。
「かはっ!?」
「グォオオオオオオオオオ!!!」
その隙を見逃さず、デスベアーは四足歩行によるダッシュで距離を詰めてくる。
デスゲーム開始前とは比べ物にならないくらいリアルになった痛覚。
痛い。苦しい。
「けどな……!」
ウルフは本物の獣さながらに獰猛に笑って立ち上がった。
確かに痛い。確かに苦しい。
だが、これは現実世界で味わったような、どうしようもない理不尽に耐えるための痛みではない。
これは挑戦のための痛みだ。
これは未来へ踏み出すための代償だ。
今の自分は殴られるだけじゃない。ちゃんと殴り返せる。
母に殴られた時と違って、目の前の敵と、この世界と、ちゃんと対等に戦えている!
「楽しいなぁ……! 今、最ッッッ高に生きてるって感じがするぜぇ!!」
ウルフは右腕を後ろに引き、左足を強く前に踏み出し、腰を捻って拳を突き出した。
迫るデスベアーの牙に恐怖を感じながらも、その恐怖を生きているという実感に変えて、生存本能を燃え上がらせて、彼は全力の一撃を繰り出す。
「『アイアンフィスト』!!」
「グキャッ!?」
怯えつつも臆さずに正面から立ち向かった少年(少女?)の『必殺』の拳が、デスベアーの鼻先を見事に捉える。
弱点にクリティカルヒット。
それによってHPを全損した熊は、データの塵となって砕け散った。
『レベルアップ。殴殺ウルフがLv4からLv5になりました』
『ステータスポイントを入手しました』
「ふぅ。とりあえず、こんなもんか」
今の熊を始めとして大量のモンスターをデータの塵に変え、レベルシステムによって経験値に変えた。
その成果に満足しながら、ウルフはメインメニューを開き、自らのステータスを確認する。
―――
種族:ビーストマン(狼) Lv5
名前:殴殺ウルフ
HP:35/150
MP:21/50
STR(筋力):200
VIT(防御):150
AGI(俊敏):200
INT(知力):50
DEX(器用):50
ステータスポイント 50
スキル
『格闘術:Lv3』
―――
このゲームには、最初に選べる四種類の種族がいる。
万能型の『ヒューマン』。
物理攻撃型の『ビーストマン』。
魔法攻撃型の『エルフ』。
鈍足器用型の『ドワーフ』。
この四種類だ。
選んだ種族によって、初期ステータスも変わってくる。
レベル1の時、ヒューマンは全ステータスオール100。
ビーストマンはMP、INT(知力)、DEX(器用)が50で、狼や猫といった種族によって、HP、STR(筋力)、VIT(防御)、AGI(俊敏)のうちのどれか三つが150。
エルフは逆にHP、STR(筋力)、VIT(防御)が50で、MP、INT(知力)、DEX(器用)が150。
ドワーフはHP、STR(筋力)、VIT(防御)、DEX(器用)の四項目が150の代わりに、INT(知力)とAGI(俊敏)がゼロ。
そして、そんな初期状態からモンスターを倒して経験値を稼ぎ、レベルが一つ上がるごとに、自由に割り振れる『ステータスポイント』が50ポイント手に入る。
ウルフはビーストマン(狼)なので、初期ステータスはHP、STR(筋力)、AGI(俊敏)が150だ。
そこから短所を無視して長所を伸ばした形になる。
「……そろそろHPがやべぇな。ポーションも殆ど使い切っちまったし、振っとくか」
ウルフは直前にレベル5へと上がって手に入れた50のステータスポイントを、雑にHPに全て突っ込んだ。
最大HPが50上がり、それに比例して現在のHPも50上がる。
擬似的な回復だ。
一応は裏技的なものに分類されるが、わざわざ貴重なステータスポイントを消費してしまうため、やる者はあまりいない。
しかし、買い込んでおいた回復アイテムを殆ど消費してしまった今は、こんなショボい裏技でもありがたい。
「しっかし、我ながら雑な振り方だなぁ。まあ、最悪振り直せるからいいけど」
このゲームにはステータスをステータスポイントへと還元するアイテムが存在し、それは割と簡単に手に入る。
それどころか、『転生アイテム』というものを使えば、種族すら再選択が可能だ。
だからこそ、ウルフは自分の雑なステータスの振り方に、大して頓着していなかった。
別に実用性度外視でネタに走っているわけでもない。
最悪、デスゲーム化でその手のアイテムが消えていたとしても、どうにかなるだろう。
というか、そもそも廃ゲーマーでもなかったウルフに、ステータス振りの最適解などわかるはずもない。
「ん? あれは……」
と、その時、ウルフは遠目にあるものを発見した。
異様な雰囲気を放つ、岩壁に直接取りつけられた大きな『扉』だ。
モンスターと戦うのに夢中で、いつの間にかこんなところまで来てしまったらしい。
「迷宮か……」
通常のフィールドとは比較にならない、大量のモンスターの巣窟である『迷宮』。
中には宝箱もあり、レアなモンスターからのドロップアイテムもあり、ついでに大量の経験値も稼げる、まさに宝の山のような場所だが……。
「……さすがに、やめとくか。今のHPじゃ上層で死んじまうわ」
今の自分の状態を顧みて、ウルフは帰還を選択した。
迷宮に入らなくても、既にスタートダッシュとしては充分な量の経験値とアイテムは手に入れた。
デスゲームとなったのなら、命は大事にしなければならない。
大事にし過ぎて動けなくなるのもダメだが、自棄っぱちになって捨てるのもダメだ。
せっかく手に入れた第二の人生。
まだまだ楽しまなければ損だろう。
「帰るか」
そうして、ウルフは町へと引き上げる。
迷宮の扉は、ただ静かに、そんな彼の後ろ姿を見送った。
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