『Utopia・online』 〜TS獣人少女は、デスゲームの世界で最凶の悪役になる〜
虎馬チキン
第一章
1 プロローグ
20☓☓年。
技術が進歩し、少子高齢化が進み続け、貧富の差が更に酷いことになった日本に、一人の少年がいた。
彼の人生はロクなことがなかった。
幼少期こそ普通の両親に育てられ、ごく一般的な生活を送ることができたが、小学校高学年の頃に、両親がそれはそれは酷い喧嘩をして離婚。
原因は父親の浮気だそうだ。
それが原因で母は精神を病み、酒浸りのクズとなって家をゴミ屋敷に変えた。
仕事もやめ、収入も無く、よく金切り声を上げながら彼に手を上げた。
父親が一応は支払い続けている慰謝料と養育費はあったものの、それだけではとても生活ができず、中学に上がってからの彼はバイトバイトバイトの毎日を送ることとなった。
遊ぶことはおろか、学業すらロクにできない。
学校の連中には、自分から笑顔が消えた頃から気味悪がられて遠巻きにされた。
だが、ボッチを嘆いている暇も無い。
このままでは高校に通うことすらできず、中卒で働くことになってしまう。
学歴を得られなければ、その先の人生は先が見えたようなものだろう。
行政機関に相談というか、逃げ込んだりもしたが、彼らは他にも対処しなければならない案件が山のようにあるらしく、少年に手を差し伸べてはくれなかった。
少子高齢化が極まった日本では、よくあることだ。
「……キツい」
それが彼の口癖だった。
現状ですらキツくて仕方がないのに、未来への希望すら抱けない。
人生が辛い。苦しい。投げ出してしまいたい。
彼はいつも、いつもいつもそう思っていた。
幸せそうな奴らを見ると、身を焼くほどの嫉妬に襲われた。
なんで自分がこんな目に合わなければいけないのかと、なんで自分はこんなに辛いのにあいつらは笑ってるのかと、いつも世界を呪っていた。
けれど、そんな彼にも、ほんの僅かな救いがあった。
進歩した技術が生み出した、完全没入型のVRゲーム。
本来ならそこそこ金に余裕のある者達しか買えない贅沢品だが、とあるゲームの開発者に変人がいた。
『Utopia・online』というゲームの開発者『
稀代のヒットメーカーとまで呼ばれた彼の最高傑作。
それこそが『Utopia・online』だ。
現実と変わらないほどにリアルなグラフィックに加え、五感すらほぼ完璧に再現してみせた圧倒的なクオリティー。
発売5周年を迎えた頃には、VRゲームのプレイ人数世界記録を更新した。
そんな作品を、彼はポケットマネーで無数に購入し、金銭的に恵まれない人々にバラ撒いたのだ。
『ゲームの世界とは、酷い現実を忘れられる理想郷であるべきだと思っているんです。
僕は恵まれない人達にこそ、このゲームをやってほしい。
是非とも理不尽な現実世界から逃げてきてほしい。
逃げていいんです。逃げ込んでいいんです。この世界はそんな君達を受け入れてくれる。
そのための『
ああ、なんて甘美な言葉だろう。
彼のバラ撒いたゲームの一つを手に入れることができた少年は、心の底から救世高徳に感謝した。
バイトを終えた後。母親が寝静まった後。
クタクタの体で仮想現実へと渡る手段であるヘッドギアを被り、少しの間だけでも楽しめる『Utopia・online』の世界が、少年にとっての生きる希望だった。
「『アイアンフィスト』!!」
「ぐぎゃっ!?」
彼は現実世界での鬱憤を叩きつけるように、ゲームの中で敵役であるモンスターに殴りかかった。
バトルスタイルは徒手空拳。
手足に装備した手甲と足甲が彼の武器だ。
……ちなみに、この世界での彼の姿は、狼の耳と尻尾を生やした、露出度高めの白髪の美少女である。
『違う自分になりたい』
少しでも現実の自分と違う姿を求め、変身願望に任せてキャラメイクをしていたら、いつの間にかこうなっていた。
心の中に『誰かに助けてほしい』というお姫様願望的なものもあったので、もしかしたらそのせいでもあるのかもしれない。
「オラオラオラァ! 死ねぇ!!」
もっとも、可愛らしい外見に反して、修羅のようにモンスターを殴り続ける姿は、お姫様とは程遠いが。
せいぜい、も○のけ姫がいいところだろう。
プレイヤーネームも『殴殺ウルフ』とかいう物騒極まりないものだし。
やっぱり、お姫様願望に関しては訂正した方がいいかもしれない。
『ピピピピッ! ピピピピッ!』
「……チッ。もう時間か」
そうして今日も理想郷での鬱憤晴らしを存分に楽しんでいた殴殺ウルフは、鳴り響くタイマーの音を聞いて憂鬱な気分になった。
明日も朝早くからバイトがあるため、どうしても長くゲームはできないのだ。
とっととログアウトして寝て、明日に備えなければならない。
そうじゃないと、途中でバテる。
理想郷での暮らしは、決して長くは続けられないのだ。
「帰りたくねぇなぁ……」
現実になんて帰りたくない。
ずっとゲームの世界で生きていたい。
重度のゲーマーなら一度は考えることを、ウルフもまた考えてしまった。
考えれば考えるほど叶わぬ夢が辛くなり、気分がどんどん落ち込んでいく。
「はぁ……」
それでも、彼は弱音を飲み込んでメインメニューを開いた。
そして、いつものようにログアウトボタンを押そうとして……。
「ん?」
異変に気づく。
ログアウトボタンが、無い。
彼を辛い現実へと引き戻す、理想郷からの帰りのチケットが消失していた。
「バグか? 珍しいな」
救世高徳の技術力の高さを象徴するかのように、『Utopia・online』ではバグの類いが殆ど検出されない。
だが、どんなに偉大な天才だろうと人間だ。
ミスる時はミスるのだろうと、ウルフはむしろ彼に親近感を抱いた。
明日のことを考えると、早くログアウトさせてくれないと困るのだが、それ以上に少しでも長くこの世界にいたい気持ちの方が強い。
だからこそ、バグに対してあまりイラ立たずに済んだ。
……だが。
『メッセージを受信しました』
「え?」
突然、ピロン♪ という音が鳴り、メインメニューからそんな機械音声が聞こえた。
メッセージとは珍しい。
彼にもゲーム内にフレンドくらいいるが、その数は非常に少ないし、プレイ時間の短さから、かち合うことも滅多に無い。
しかし、これはフレンドからのメッセージではなかった。
『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』
「んん?」
ゲームマスターからの重要連絡。
メインメニューが勝手に動き、中空に白衣を着た優しげな男性を映した映像が展開される。
見れば、周囲にいる他のプレイヤー達の手元にも同様の映像が浮かんでいる。
こんなことは初めてだ。
重要連絡というものは今までにもあったが、それらはメールで送られ、時間がある時に確認するという形だった。
それが今回は、全プレイヤーのメインメニューを強制的に動かすという前代未聞の措置。
とてつもなく深刻なバグでも発生したか、まさかサービス終了のお知らせとかじゃないよなと、ウルフは不安になる。
『『Utopia・online』をプレイしている親愛なるプレイヤーの皆さん。ゲームマスターの救世高徳です。
本日はとても重要なお知らせがあって、このような措置を取らせてもらいました。
ああ、深刻なバグが発生したとか、サービス終了のお知らせだとか、そういうことではないので安心してください』
まるでウルフの心をピンポイントで読んだかのようなセリフに、彼は安堵の息を吐いた。
良かった。
少なくとも、生き甲斐が無くなってしまうような話ではないらしい。
だが、バグじゃないとすると、ログアウトボタンが消えているのはどういうわけかと、今度は別の疑問が湧き出してくる。
『さて、このゲームの発売時、僕は言いましたね。
ゲームの世界とは、酷い現実を忘れられる理想郷であるべきだと。
あの言葉を、今こそ本当の意味で実現させます。
『Utopia・online』は本日よりログアウト機能を撤廃し、現実世界との繋がりを遮断。
酷い現実を完全に切り離し、とうとう本物の
「…………は?」
その言葉に、ウルフは呆けた。
いや、ウルフだけではない。
ほぼ全プレイヤーが、「何言ってんだこいつ」と思った。
『そして、思考加速プログラムを最大出力で起動。皆さんの体感時間を現実世界の5000倍にまで引き伸ばしました。
つまり、現実世界での一日が、こちらでの約十四年になったのです。
どれだけ虚弱な人でも、ヘッドギアを付けたまま飲まず食わずで放置されてしまった人でも、現実世界の体が衰弱死するまでの間に、こちらで平均寿命を全うする程度の時間は生きられるでしょう。
もっとも、このプログラムは脳に負担をかけるので、加速した時の中で悠久を生きることは叶いませんが。
こちらでの約百年、現実世界での約一週間が経過した時点で、皆さんの脳は焼き切れると思われます。寿命と思ってください』
続いて、救世は更にとんでもないことを言った。
思考加速プログラム。その存在は知っている。
イベントの時などに使用され、数時間を一週間程度に引き伸ばすことで、超大規模なイベントの開催を可能としていた。
しかし、体感速度5000倍などというバカげた倍率は聞いたことがない。
いや、画面に映る天才なら本当にできるのかもしれないが。
『更に』
と、そこで、救世は「パチンッ!」と指を鳴らした。
『デスゲームシステムを起動。
これ以降、この世界での戦いは痛みを伴い、HPの全損は現実での『死』に直結します。
危機感の無い世界では、人はどこまでも堕落する。
それでは僕の理想とした世界とは言えませんので、最低限の措置です』
救世高徳は、この世界の
理想を語る。傲慢に語る。
『そして、もう一つ』
救世がもう一度「パチンッ!」と指を鳴らす。
今度は目に見える変化があった。
メインメニューに表示されたステータス画面が変動していく。
全ての数値が、これまで鍛え上げたレベルがリセットされ、初期状態へと戻っていく。
「え!?」
「そ、そんな!?」
周りから驚愕の声が聞こえてきた。
それを無視して、救世は語り続ける。
『今のままではログイン時間の長かった人や、課金アイテムを買い揃えられた現実世界での財力を持つ人が有利すぎますからね。
新たなる始まりを迎えた今、平等に全員がゼロからの再スタートです。
遊びではなくなったこの世界で、もう一度頑張ってください。
ああ、皆さんのレベルに合わせて、各地にいるモンスター達のレベルも下げているのでご心配なく』
誰もが絶句するしかない。
急展開に頭がついていかない。
今この瞬間に、冷静に頭を回転させられている者が、果たして何人いるのか。
『この世界にいる限り、現実世界のような理不尽なことは起きません。
全員が同じスタートラインに立っている。
生まれの差で、貧富の差で、環境の差で、才能の差で、極端な差がつくことは無い。
頑張れば頑張った分だけ目に見える形で成長し、良い暮らしをすることができるようになる。
それができない人でも、安全地帯にいれば最低限の生活を送ることはできる』
救世高徳はニコリと笑う。
『チャンスは誰にでも平等にある。
腐ってしまった現実と切り離され、誰にでも頑張る権利が与えられ、頑張った人がちゃんと報われる世界。
これが真の『Utopia・online』。
僕が理想とした世界だ』
理想という名の狂気に酔った狂人が笑う。
稀代の天才が、多くの人を巻き込んで、自らの理想へと強制的に引き込んだ。
「ふ、ふざけるな……」
それを理解した瞬間、誰かがそう呟いた。
ウルフではない。
彼の近くにいた、名も知らない誰かだ。
「ふざけるな……ふざけるな!! 現実に帰せ!! お前の理想を押しつけるなぁ!!」
「そ、そうだ! 家族に会わせてくれぇ!!」
「こんなこと許されないぞ!! 訴えてやる!!」
プレイヤー達が咆える。
不平不満をぶち撒ける。
きっと、彼らは現実世界でそれなりの幸福を得ているのだろう。
現実で培ってきたもの全てを没収され、この世界に閉じ込められるなど、確かに理不尽だ。
それは傲慢な神様も感じているのか、
『もちろん、僕の理想に不満を抱く人もいるだろう。
だから、僕の理想郷よりも現実世界を選ぶという人には、ちゃんと帰る手段を用意してある』
一筋の希望となる蜘蛛の糸を垂らした。
『このゲームには『ラスボス』が存在する。それを倒せばゲームクリアとなり、全プレイヤーをログアウトさせ、この『Utopia・online』を完全に終わらせよう。
あんな腐った醜い世界を求めるんだ。
帰りたいのなら、あの世界でも皆さんは輝けるのだと、その美しい努力で証明してから帰ってくれたまえ』
「「「ふざけんなぁ!!!」」」
どこまでも身勝手な言葉に、プレイヤー達は怒りを叩きつける。
だが、救世はこれ以上の抗議は受けつけぬとばかりに、選択肢はちゃんと用意したとばかりに、話を終えた。
『以上で、僕からの重要連絡を終了します。僕の思い描いた理想郷を、心ゆくまでお楽しみください。では』
そうして、ライブ配信モードは終了した。
残ったのは初期値にまでリセットされたステータス画面と、中身が空っぽになったアイテムストレージ、初心者装備並みの性能へと劣化した現在の装備。
それと、デスゲームシステムとやらが発動したことによる従来との変更点が列挙されたシステムメッセージ。
裸一貫とでも呼ぶべき状況。
プレイヤー達の多くは、その状況を嘆いた。
「ああ……! なんで、なんでこんなことに!?」
「せめて貯金くらいは持ってこさせろよぉ!」
「リアルで子供が待ってるのよ!? 帰して! 帰してよぉ!!」
悲喜こもごも。
理想郷と呼ばれた世界で、人々の悲鳴が響き渡る。
そんな人々を横目で見ながら、ウルフは自分の頬をつねった。
痛い。
どうやら夢ではないらしい。
ついでに、痛覚の設定も弄られたらしい。
ゲームとは思えないくらいに痛い。
「マジかよ……」
そうして、彼も現状を受け入れて。
「マジかよ……!」
彼は━━歓喜の笑みを浮かべた。
まさか、こうなるとは思わなかった。
現実になんて帰りたくない。
ずっとゲームの世界で生きていたい。
叶うはずが無いと思っていた妄想が叶ってしまった。
こんな唐突に、彼はクソのような現実から解放されてしまった。
「ああ、涙が出てきやがった。涙まで搭載したのかよ」
ウルフは泣いた。
しばらく、声を上げて泣いた。
周りには自分達と同じように、現状を悲観して泣いていると思われただろう。
違う。違うのだ。
お前達のような、現実世界で恵まれた奴らにはわかるものか。
平等のありがたさが。
全てがリセットされるということの救いが。
クソのような家庭環境、抱けない未来への希望。
それら全てから解放してくれた、普通の奴と同じスタートラインに立たせてくれた
「ありがとう……! ありがとう……!」
人生が辛い。苦しい。投げ出してしまいたい。
彼はいつも、いつもいつもそう思っていた。
幸せそうな奴らを見ると、身を焼くほどの嫉妬に襲われた。
なんで自分がこんな目に合わなければいけないのかと、いつも世界を呪っていた。
だから、そんな世界から救い出してくれた救世主に、彼は心の底から感謝した。
幸福だった者達に絶望を。
不幸だった者達に希望を。
そして、これから頑張る者達に祝福を。
こうして、
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