第3話 後編




  *




 俺と後輩ちゃんは並んで歩き続けていた。


「先輩、どこに行くんですか?」


 そんな問いかけに対して俺が返した答えは――。


「――秘密だよ」


 たった、それだけだった。


 それでも、それだけで十分だったのか、後輩ちゃんは小さく微笑むだけでそれ以上は何も言ってこなかった。


 そのことに感謝しつつ、俺はさらに足を進めるのだった。


 そして、それから数分後――俺たちは目的地へと辿り着いた。


 そこは何の変哲もない普通の公園である。


 ただし、昼間と違って今は夜だということもあり、周囲には人の姿はまったく見当たらない。


 まさに絶好の機会と言えるだろう。


 よし……!


 ここなら誰にも邪魔されずに話ができるはずだ……!


 覚悟を決めた俺はさっそく話を切り出した。


「あのさ、さっき言ってたことなんだけど……」


「はい、なんでしょう?」


「その……さっきのやつだけど、あれは本心じゃないから気にしないでくれるかな……?」


「えっと……それってどういうことですか?」


「ほら、俺たちってまだ付き合ってないしさ、それなのにいきなり付き合うっていうのはさすがに違うかなって思っちゃったんだよね」


「……つまり、私が嫌いになったわけじゃないってことですか?」


「うん、そうだよ」


 その瞬間――不意に後輩ちゃんの目から涙が零れ落ちてきた。


 予想外の出来事に驚きを隠せない俺だったが、どうにか彼女を落ち着かせようと試みる。


 しかし、いくら宥めても泣き止む気配がなかったので、結局俺が折れる形になってしまった。


 それからしばらくの間、後輩ちゃんが落ち着くのを待つことになったのだが――その間もずっと彼女は泣き続け、やがて落ち着いた頃にはすっかり目元が赤くなってしまっていた。


 ようやく落ち着きを取り戻した彼女を前にして、ほっと安堵の息を吐く俺。


 それと同時にあることに気づく。


 あれ……?


 これって、もしかしてチャンスなんじゃ……!?


 思い立ったら即行動ということで、俺はすぐさま口を開いた。


「あのさ、実は俺、後輩ちゃんに話があるんだけど……」


 それを聞いた瞬間、ビクッと体を震わせる後輩ちゃん。


 そんな彼女に向け、俺は言うことにした。


「俺も君の気持ちに応えたいと思う」


 その言葉を聞いた途端、彼女の目が驚いたように見開かれた。


 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


 そして、次の瞬間にはその瞳から再び涙が溢れ出していた。


 それを見て慌てた様子を見せる俺。


 どうしよう……やっぱり今のなしとか言うべきなのか?


 いやでも今さらそんなこと言えないしなぁ……あぁ、もう!


 こうなったら腹を括ってやるしかないか!


 そんな決意を固めた後、俺はゆっくりと言葉を続けた。


「だから、その……俺と付き合ってくれませんか?」


 その言葉を言い終えた直後、俺の胸に勢いよく飛び込んでくる後輩ちゃん。


「はいっ! よろしくお願いします……先輩!」


 そう言って満面の笑みを浮かべる彼女に対し、俺は優しく微笑み返すのだった。


 その後、俺たちは二人で一緒に帰路についた。


 とはいえ、お互いに手を繋いでいるわけではなく、単に隣を歩いているだけである。


 というのも、先程までは互いに無言だったのだが、流石にいつまでも黙ったままでは気まずいと思ったのか、不意に彼女が声をかけてきたのだ。


「あの、先輩」


 その声に反応して顔を向ける俺。


 すると、彼女はどこか恥ずかしそうな表情を浮かべながらこんなことを言ってきた。


「今日は本当にありがとうございました」


「ん? なんのこと?」


「いえ、いろいろとお気遣いをしてくださったみたいなので……嬉しかったです」


 そこで一度言葉を切ると、今度は照れ笑いを浮かべながら続ける後輩ちゃん。


「それと……これからもよろしくお願いしますね♪」


「こちらこそ、よろしくね」


 こうして俺たちの新たな関係が始まったのだった。




  *




 翌日の放課後――俺は、いつものように部室へと向かっていた。


 昨日のことについては一応、部長に報告しておいたのだが、どうやら上手くいったらしい。


 これでひとまず一件落着だな。


 そんな風に考えているうちに、気づけばあっという間に部室の前に到着していた。


 そして、扉に手をかけようとしたところで気づく。


 あれ?


 鍵がかかってないじゃん。


 珍しいこともあるもんだと思いながら扉を開ける俺。


 そこには既に先客がいた。


 俺の恋人である後輩ちゃんだ。


「あっ、こんにちは、先輩」


 こちらに気づいた後輩ちゃんが挨拶をしてくる。


 それに対して俺も挨拶を返すことにした。


「こんにちは、後輩ちゃん」


 そう口にした後で室内を見渡す俺。


 見たところ、ほかに人はいないようだ。


 ということは二人きりってことか……なんだか妙に緊張してきたな……。


 そんなことを考えている間に後輩ちゃんも席に着いたらしく、鞄から文庫本を取り出して読み始めていた。


 そんな彼女の姿を横目に見ながら自分の席に座った後、何気なくスマホを弄り始める俺。


 そのまましばらく経った頃、不意に声をかけられた。


「あ、あの……!」


 声のした方に目を向けると、そこにはこちらをじっと見つめている後輩ちゃんの姿があった。


 どうやら彼女も読書に集中していたわけではないらしい。


 一体何の用だろうか?


 不思議に思いながら返事をしようとしたところで、不意に彼女が先に口を開いてきた。


「先輩は私のこと、どう思ってますか!?」


「えっ……?」


 質問の意図がよく分からず困惑する俺。


 だが、そんな俺のことなどお構いなしといった様子で彼女はさらに言葉を続ける。


「私は先輩のことが大好きですよ! 愛してます!」


 そう言うと同時に俺の元まで近づいてくる後輩ちゃん。


 そして、そのまま――チュッ♪


 突然、頬にキスをされたことで頭が真っ白になる俺。


 えっ……?


 今、何が起こったんだ!?


 あまりにも予想外な展開だったため思考が追いつかない俺だったが、そんな中で彼女はなおも追撃の手を緩めてはくれなかった。


「次は、ここにキスしますね♪」


 そう言いながら顔を近づけてくる後輩ちゃん。


 そして――チュウッ♡


 唇と唇が触れ合う感触と共に思わず目を見開く俺。


 それは、まるで時間が止まったかのような感覚だった。


 数秒ほど唇を重ねた後、そっと顔を離す後輩ちゃん。


 その顔は真っ赤に染まっていたものの、それ以上に幸せそうな表情をしていたのだった。


 そんな彼女の姿を見て、改めて自分の気持ちを自覚する俺。


 そっか……俺も、いつの間にか、この子のことが好きになっていたんだな……。


 そのことを認識した瞬間、急に気恥ずかしさが込み上げてきた俺は慌てて顔を背けてしまった。


 すると、その直後、背後からクスクスという笑い声が聞こえてくる。


 おそらく後輩ちゃんが笑っているのだろう。


 そう思うと余計に恥ずかしくなってしまったわけだが――不思議と嫌な気分にはならなかった。


 むしろ、もっと聞いていたいと思ってしまうくらいだった。


 それからしばらくの間、俺たちは二人っきりの時間を楽しんでいたのだが、やがてどちらからともなく手を離すと、それぞれ元の場所へと戻っていった。


 そして、何事もなかったかのように各々の時間を過ごしていく俺たち。


 ちなみに余談ではあるが、この日を境に俺たちの距離はさらに縮まったような気がする。


 まぁ、それも当然と言えば当然のことなのかもしれないけどな。


 恋人同士になったわけだしさ。


 そんなことを考えつつ、俺は隣に座る後輩ちゃんのことを見つめた後、心の中でこう呟くのだった。


(後輩ちゃん、愛してるよ)


 これは俺と後輩ちゃんの二人が恋人になるまでの物語である。

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文芸部の後輩との恋愛事情~この恋を始めても大丈夫ですか?〜 三浦るぴん @miura_lupin

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