第2話 中編
*
そんなわけで移動した先は、学校から少し離れた場所にある喫茶店だった。
ちなみに、移動中も俺と後輩ちゃんの手は繋がれたままだったので、それはもう大変注目を集めてしまったわけなのだが……まぁ、そこはもう諦めることにしよう。
そうして店に入り席につくと、早速とばかりに部長が口を開いた。
「それで? あなたたち二人は一体何をしていたのかしら?」
その言葉にビクッと肩を震わせる後輩ちゃん。
だが、彼女はすぐに顔を上げると、毅然とした態度で答えた。
「私は、ただ先輩と一緒に帰ろうと思っただけです」
「へぇ? その割には随分と距離が近かったみたいだけど?」
「そ、それは……別に普通だと思います」
しかし、その様子は明らかに怪しさ満点である。
それを見た部長は小さくため息を吐くと、ジト目で俺のことを見つめながら問いかけてきた。
俺は少し考える素振りを見せた後で口を開く。
「実は俺も後輩ちゃんと同じ理由で一緒に帰ってたんですよ」
嘘ではない。
実際に途中までは同じ道を通っていたわけだしな。
もちろん理由は違うわけだが、それを正直に話すわけにもいかないので仕方ない。
というか、本当のことを言ったところで信じてもらえるかどうか怪しいしな。
「ふぅん……? そうなのね」
何やら意味ありげな表情で呟く部長。
彼女はスッと手を伸ばす。
なぜか、いきなり俺の頭を撫で始めたのだった。
「……えっ?」
いや、あの……これは一体どういう状況なんでしょうか?
なんでいきなり頭を撫でられてるの?
なんでそんなに優しい目をしてるの?
なんで慈愛に満ちた表情をしているんですか!?
いやマジで誰か説明してくれません!?
そんな混乱状態の俺をよそに、部長はさらに続ける。
「でも、あまり無理をしてはダメよ? 辛いときはちゃんと周りに頼らないとダメよ?」
その表情を見た瞬間、なぜか胸がドキッとするのを感じた。
それと同時に顔が熱くなっていくのを感じる。
って、ちょっと待てよ!?
なんかこれって傍から見ると勘違いされてもおかしくないシチュエーションじゃないか!?
やばいぞ、早くなんとかしないと……!
そう思い慌てて口を開こうとしたのだが――。
「あ、ありがとうございます……」
どういうわけかお礼を言ってしまっていた。
しかも、心なしか口調まで変わっている気がするし!
くっ!
まさかこんなことになるなんて……!
予想だにしていなかった展開に愕然としていると、不意に頭に感じていた重みがなくなった。
それに続いて聞こえてくる小さな笑い声。
見ると、いつの間にか部長の手が離れていたらしく、代わりに後輩ちゃんが俺の頭に触れていた。
「ふふっ、やっぱり先輩の頭は撫で心地が良いですね」
「それってどういう意味かな……?」
そんな彼女を見ていると、なんだか怒る気も失せてしまい、俺は苦笑しながら肩を竦めることしかできなかった。
まったく……この子は本当にしょうがないなぁ……ま、そういうところも含めて、かわいいんだけどさ。
「それより、そろそろ本題に入らないかしら?」
「あぁ、そうですね」
それからしばらくの間、俺は今回の事件についての説明を行った。
といっても、それほど複雑なことがあったわけではないのだが――。
すると、話を聞いていた二人の表情が徐々に険しいものへと変化していった。
「つまり先輩は私の告白を受け入れてくれたってことですよね?」
「いやいや、そうじゃないからね!?」
「なんでですか!? だって今の話を聞く限りだとそういうことじゃないですか!」
「違うよ! そもそも俺には恋人を作るつもりはないんだってば!」
「そんなの納得できません!」
「えぇー……そう言われても困るんだけど……」
「むぅ……!」
俺の言葉にますます不機嫌になる後輩ちゃん。
そんな彼女のことを見かねたのか、今まで黙っていた部長が口を挟んできた。
「それなら、いっそのこと……思い切って付き合うというのはどうかしら?」
「へ?」
突然の提案に目を丸くする俺。
一方、それを聞いた後輩ちゃんは目を輝かせながら部長のことを見つめた。
「本当ですか!?」
「えぇ、本当よ」
そう言って小さく笑う部長。
その笑顔からは何を考えているのかを読み取ることができない。
なので、俺は内心で警戒しながら尋ねた。
「……どうして急にそんなことを提案したんですか?」
「別に深い意味はないわよ? ただ、あなたが困っているようだったから助けてあげようと思っただけよ」
「はぁ……そうですか」
いまいち腑に落ちない部分もあるが、ここはひとまず彼女の言葉を信じることにしよう。
「とりあえず事情は理解してもらえたと思うので、これからどうするか話し合いたいんですけどいいですか?」
「そうね、そうしましょうか」
と頷いた後、不意に何かを思い出したかのように声を上げる部長。
「あっ、そうだわ。その前に一つ訊きたいことがあるのだけれどいいかしら?」
「はい、なんですか?」
聞き返す俺に向かって彼女が口にした質問とは――。
「――あなたにとって恋愛って何だと思う?」
それはあまりにも予想外な内容だった。
いや、確かに哲学的な問いではあると思うけどさ……よりにもよってこのタイミングで訊くようなことなのか?
そんな疑問を抱きつつも、俺は素直に答えを返すことにした。
「俺にとっての恋愛は……まぁ、人それぞれだと思いますけど、少なくとも今の俺にとってはただの重荷でしかないですね」
「それじゃあもう一つ訊かせてもらうけれど、もし仮にあなたに好きな人ができたとしたら、あなたはどうするのかしら?」
「多分ですけど、何もしないと思います」
「あら、そうなのね? 意外だわ」
「まぁ、自分でもらしくないとは思うんですけどね」
苦笑しつつ言葉を続ける俺。
「でも、これが一番正しい選択なんだと思いますよ」
「……それは本気で言っているのかしら?」
探るような眼差しを向けてくる部長に対して、俺ははっきりと頷いてみせる。
すると彼女は大きくため息を吐いた後で言った。
「あなたの考えはよく分かったわ。でもね、一つだけ言わせてもらえるなら――」
そのまま俺に顔を近づけてくると、耳元でそっと囁いたのだった。
「――その考え方は少し寂しいんじゃないかしら?」
突然のことに困惑する俺。
だが、そんな俺のことなどお構いなしに、彼女は続けて言う。
「きっと、いつか後悔する日が来ると思うわ」
そうして席に戻った後も、彼女は何事もなかったかのような顔でコーヒーを口にしていた。
その一方で、俺と後輩ちゃんの間には何とも言えない空気が流れていた。
その空気が流れ続けるのは嫌なので、俺は隣にいる後輩ちゃんに声をかける。
「後輩ちゃん」
「はい、なんですか?」
「ちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「いいですよ!」
元気よく返事をする後輩ちゃん。
そんな彼女の反応を見てホッと胸を撫で下ろしつつ、俺は喫茶店を後にするのだった。
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