第5話 心の行方

「あ。こいつだな」


 岸辺がモニターを指差した。確かに賽河の横で黄門〇ゃまのドリンクホルダーに紙コップを置く人物が在った。身長は賽河くらいかスラリと華奢な体躯だ。8月の真夏日だというのにクーラーに弱いからなのか分からないが、少し上着を着込んでいるのに対して、下はクルブシまであるオレンジ色のスカートを履いている。そして、スポーツシューズを履いている。キャップを被り、そこから溢れふんわりとウエーブを巻いた赤い髪は肩まであり揺らいでいる。首にはスカーフが巻かれていた。

「女か。ははん、さては別れ話の縺れか。はたまたと二股交際でもバレちまったのか。若者の股間はだらしないからこうなんの。もう少し、上手く立ち回らないと殺されかねないんだからさ」

「オレは『お前が言うな』とツッコめばいいのか? ダリぃなぁ」

「僕は怨みを買わないのが得意なんだよ。どんな形にしろ円満に別れているし、こうして生きて国家権力の犬として――この話しは今は止そう。それで、この女はどこに行った? 外に逃走でもしたとか監視カメラなんかで分かるか?」

 岸辺の問いかけに五十嵐もしどろもどろにテンパってしまい無言になる様子に「普通の犯人ならとっとと出て証拠なんか消す為に出るっすよ」根岸が腕を組みうんうんと顔を縦に動かす。


「泥船が沈む様を確認したくて現場に犯人は残る。その心も置いてだ」


 賽河が強い口調で言い放つ。

 岸辺が彼の言葉に反応し噛みつく。

「しかしなぁ。防犯カメラなんざ沢山設置されていて、それを全て確認なんざ、到底無理な話しだ。分析なんざは警察の鑑識連中に任せる他ねぇ……誰かさんの力で即、分かるってんなら。有難てぇけどよぉう」

 演技じみた態度と言葉。明らかに賽河を煽り、動かすことが目的だ。事前に現生札束を渡したのも、彼が引き下がらないようにする為の策略ワイロだった。パトロンは飼う犬の働かせ方はお手の物。賽河も諦めた表情を浮かべた。ポケットに突っ込まれた札束は惜しい。否応がなしに依頼と腹を括ることにした。

「現状はあのままだろうし、一旦、あそこに戻るぞ」

「ああ。鑑識アイツらも来るから怒られる前に好きにしてやっちゃって」

 岸辺は賽河の肩に肘を置いた。重い腕を振り落として賽河も岸辺を睨みつけると歩行補助のT字杖をついてホールへと戻った。


 辺りは騒然としていた。殺人現場である為、当然のことだ。


「何か。コッチでしなきゃいけないことなどは」

「ないよ」

「はぁ」五十嵐も困惑するしかない。一体、探偵は何をし始める気なのかと。いつまでもこのままではもっと野次馬が集まり売り上げどころではなくなると。もう閉店にするしかないのかと、本社に伝えるべきかと本気に頭痛が起こり始める。


「それで今回は何をする気っすか?」


「死んだ魂は脆いため今は話しは出来ないが。床に落ちている紙コップに残る犯人の残滓の心を使う」


 腰ポケットからベルを取り出す。


「生霊をか?」


 岸辺が聞いた言葉に「正解」と短く賽河も応えた。


「魂が本体へと導くだろうよ」

「どうして、ですか?」確信に強い言葉を吐く賽河に五十嵐も疑問が抑えきれずに聞いてしまう。

「殺意や依存にしろ。人間にゃあ執着がある。本来のところに戻りたいってのは当然じゃねぇの?」

 

 右手の人差し指と中指の間で上を挟み、ちりん、ちりりん……と数回鳴らした。何かを唱え始めた賽河を全員が固唾を飲んで魅入っている。そして、片膝を床につつけ紙コップに息を吹きかけるとカタカタ! と紙コップが大きく動き始めた。飛び散った中身が立体的に天井へと伸びたかと思えば人間の容姿に変わった。つまりは犯人だ。監視カメラに映し出されたままの容姿で、それは動き出した。


「行くぞ」

 

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