第4話 業界あるあると業の闇

  記者A)毒殺事件が起こったとき、元店長である五十嵐さんは正直なところ


「ヤバいことが起こったなぁ」


 程度だったのでしょうか? その後にスピード逮捕のときは、どういった心境だったのでしょうか? 教えていただいてもよろしいでしょうか。


 後に毒殺事件が起こったパチンコ屋の元店長、現・介護職の五十嵐成貞イガラシナリサダが新聞紙と週刊誌の取材にこう応えている。


「事件の一報を聞いたときは、こういう業界ですからまたか、とか、なんでうちなんかで起こしたのかって、正直言って苛立ちました。自殺なんか有り金や訳アリを掏ったなりで、そこそこ色んな事情や状況なんかであれ、日常茶飯事にありますからね。新聞紙にも載るか載らないかでざらですよ。ぶっちゃけ」


 五十嵐は遠い目をして、さらに話しを続けた。


「でも。毒殺なんて事件は私も初めてです。私立探偵って人にも、初めて会いました。ミステリー作家の横溝の金田一やコナン・ドイルのホームズ。もっと人間臭いとか、色々と想像した私立探偵とは別格。人間離れした人間嫌いの怪異専が、生きた人間の事件に巻き込まれたなんて、……それでもきちんと解決するなんて思いませんよね? 今、思い出しても、…怖いですね」


 ◆


 あの日。あの毒殺事件。


 店長だった五十嵐は、賽河と根岸も一緒にバックルームで録画画像を確認した。


「へぇ。パチ屋の裏側なんか初めて見た。正直、感動的だぁ……五十嵐店長に、お聞きしたいのですがね」

「はい。何でしょうか?」

「噂の遠隔なんてのは、本当にないんですか?」


 辺りを見渡して賽河は目を輝かせて聞いた。そんな場合ではないのだが、賽河には関係がない。


 今の質問はなんのつもりなのか、と五十嵐も目を白黒させ「き、ぎょうひみつでして」と片言で、言い返してしまう。



「五十嵐店長。あのコーナー付近のカメラの他録画を見せてもらってもいいっすか?」



 根岸が五十嵐に指示をする。と、そこへ。


「失礼するね」

「殺人課のお出ましか」

「よぉう。湊ぅ」


 捜査一課の岸辺伯雄キシベノリオ


 彼は賽河の同期であった男だ。事件の情報を横流し、解決の手伝いを依頼までしてくれて、金も支払ってくれる、いいパトロンでもある。


 生活の大事な収入源だ。ご機嫌損なわれないように、彼と会うときは、若干と賽河も襟足を意識的に整える。



「よく協力する気になったもんだね。誰かに脅されでもしたの? ざまぁねぇな、親が強々つよつよだと面子も立たないとくる。笑えるったら」



 図星に賽河も、バツの悪そうな表情に変わる。



「スロットで遊んでただけで、えらい目に遭ってるお前さんに先払いだ」


 胸ポケットから無造作に二つ折りされダブルクリップで留められた札束を賽河の腰ポケットへとねじ込むと、尻をゆっくりと撫ぜた。



「いいおケツちゃんだ」

「誰が触っていいと言った? 別料金だ。ばかたれ」

「解決したら美味しい店に、助手ちゃんも一緒に行こうじゃないの」

「分かった。なんか触られ損な気もするが、それで手を打とう」



 百七十センチの賽河と百九十センチの岸辺のやり取りを別次元の何か見てはいけないもののように、五十嵐はあえて見なかったことにした。




 記者B)警官と私立探偵の方たちと録画を見ていて、そこで紙コップを置いた人物を確認出来たと聞いていますが。どうにも、その後が信じ難い状況で現実の話しとは思えないと、誰もが、SNSなんかで書いていましたが。その場にいて、解決の場にもいらっしゃった、五十嵐店長はどう思いましたか?


「『泥船が沈む様を確認したくて現場に犯人は残る。その心も置いて』探偵の言葉です。この言葉通り彼は、蜘蛛の糸を垂らして、見つけました。この目で見て、あの業界で、改めて思い知らされましたよ、生きた人間は怖いと」


 五十嵐の目が細められ、あの日を思い出していた。

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