第3話 出会い

新島は、数時間の取り調べ後、警察署から解放された。


あの後、太った警察官は渡辺と名乗り、警察署の中でかなり親切にしてくれた。その男が言うには、両親はあの建物の中から焼死体で発見されたらしい。


犯人は黒崎という人物。現行犯で逮捕された。


動機は、ある人を救うためという謎の犯行。放火は証拠隠滅のため行ったと供述している。その事実を太った警察官から淡々と聞かされた新島は、感情がゆれることもなく平常心だった。

実の両親が死んだというのに、全く知らない赤の他人が勝手に消えたような、新島には全くどうでもいいような話だった。


解放されてから、数時間。


当てのない道をしばらく歩く。


通り慣れた通学路。だが、通ったことのない道。新鮮な感覚というか、普段は見つからない新しいことが次々と発見する。


こんなに楽しく歩いたのは久しぶりだ。


こんなに清々しい気分は初めてだ。


今日はどこに行こうか。幸い、どんなに遠くに行っても邪魔するものはない。


昼過ぎの時間帯。


誰もが世界の荒波に飲まれていく中、新島だけは、朝日が昇り始めたばかりの早朝の神秘さのように、心の中の泉がよく透き通っていた。


新島はふと、いつもは見向きもしない公園を見る。


さすがに、小学生のような子供たちはまだいない。


いるのは、ベンチで腰を掛けているオールバックの男と、元気に公園を動き回っている老人。


そのうちの一人である、ベンチで腰を掛ける男とバッタリ目が合った。

やせ細った男の目は、狼のように鋭い。

新島はこの男の目をどこかで見たことがあった。そう、それは確かあの……


そう思った瞬間、新島の全身に鳥肌が立つ。


新島はそれが何かわからない。味わったことのないくらい足が笑い、体も強張る。怖いのにその場から動けない。

緊張による汗なのか、恐怖による冷や汗なのか、全身の毛穴から汗が噴出してくる。


男はニコッと子供のように笑った。そして、固まって動けない新島に「君は、もう僕らの仲間だ」と、ベンチで座ったまま言い放つ。


新島は、疑問に思う。


ここからのベンチの距離はかなり遠い。しかし、耳元で囁かれているかのような大きな声量。


――なんでだ。


 新島は、先ほどから起きている、謎の現象に頭を悩ませる。


男はベンチから立ち上がり、少しずつこちらに近づいて来る。

歩みを新島の目の前で止め、肩に手をポンっと置いた。そして、何も言わず、何事もなく去っていった。


 束の間の唖然。


先程まで騒がしかった心臓が止まったかのように、静けさを取り戻す。新島は顔に溜まった汗を服の袖で拭きとった。

少しずつだが、五感も正しく機能を始め、周りの音を拾い出す。しかし、新島にとってそんなことはどうでも良く……


「な……なんだったんだ! 今のは」


恐怖心などで埋め尽くされた心の中は、徐々に興奮へと変わっていた。

 

第三者に心を掴まれたかのような感覚。


新島は、男が去っていった方向を見る。しかし、もう既に男はいない。それどころか、公園で歩いていた老人すらも消えていた。


今まで起きていた状況を理解しようにも、頭の整理が追い付かない。自分自身を納得するほどの知識が見つからない新島は、ただその場で唖然と立ち尽くすだけだった。そして、そのうち、考えるのを放棄し、男が去った方に走り出す。


新島は、遅い足で走る


何故、あの男は新島を見て「仲間だ」と言ったのか。そして、何故初対面の新島に笑みを浮かべたのか。訳が分からなくて、その理由を聞きたくて、あてもなく新島は走り出す。「写真の男だ!」と、警察に通報することもなく、ただひたすらに、新島は走り出す。


普段なら、絶対に足を踏み入れないところまでどんどん進んで行く。だけど、男は見つからない。新島の走るスピードが遅いのか、男が行くスピードが速いのか。ただ、あの男と話がしたく、ここまで走ったが……


「ハァッハァ……どうやら、無駄足だったか」


新島は、他人から見てもわかるように、落胆し、肩を落とす。

(しかしなぜ、俺はあの見知らぬ男を追いかけようとしたのか)

突如、疑問符が頭を埋め尽くす。そして、自分の行動に理由を見つけられないまま、元来た道を戻ろうと上を見た時。


少し遠くにある、橋の欄干に一人の少女が立っていた。両手を開き、どうやら風に身を任せている。


知っている。


新島は、その少女をよく知っていた。


八方美人で、常に人に囲まれている。誰もが羨ましがるほどの美貌で、スポーツ万能で、頭もよくて。誰にでもへだてが無く優しく、あいそうばかりを振りまく美人。様々な人を魅了する新島のクラスメイト「小鳥遊理沙」


人気者である彼女がなぜこんな場所に一人でいるのか。そのことが頭一杯で、なぜ彼女が両足で欄干の上に立っているのか、そこまで考えが回らなかった。


 考える新島と、ゆらゆらと旗のように体をなびかせている小鳥遊。彼女はそのままためらうことなく、上半身から入るように真っ逆さまに落下し始めた。


驚きの行動。

新島の体は考えるよりも先に、動いていた。


自然と、いつもよりも速く走りだし、落ちていく彼女を、半分身を出しながら、両手で片足を掴む。腹に金属の棒で殴られたかのような感触が伝わるが、痛みに決して負けず、全身に全力で力を入れ、何とか持ち上げることに成功。


 息を切らしながらも、彼女に近づく新島だったが、彼女の予想外の一言にたじろいだ。


「なんで! なんで止めるのよ!」


美しい彼女の目には、涙が溜まっていた。何があったのだろうか。普段の様子からは想像ができないほど彼女は乱れていた。声を荒げながら、新島の体をグーで弱く叩くクラスメイト。この時の新島は、人の感情を読み取る能力に欠けていたが、彼女は相当何かに苦しんでいることが読み取れる。


彼女の気を少しでも紛らわすように話しかけようとするが、苦しそうにしている彼女に掛ける言葉が見つからず、黙りだす新島。その間も小鳥遊は殴ることを止めず、ずっと小言で新島を責め続けていた。


彼女の友達では無い新島でさえも、外から見ていれば、彼女の人生は順風満帆だった。周りには人がいて、先生からも、いや、誰からも信頼されていると聞く。


なのに……


新島は素直な疑問を小鳥遊にぶつける。


「あの、小鳥遊さん。どうしたの? 何かあった?」


そう言い終えると、彼女は殴り続けていた拳を突如止める。だが、それ以降は彼女に返事はない。顔を下げたままだ。


新島は、自分の行動がとてもまずいことをしてしまったのではないかと焦りだす。「人の人生に勝手に踏み込むべきではない」そう誰かが言っていたことを思い出し、顔をいっこうに上げない彼女に、自分が軽はずみな行動をとったことに謝ることにした。


「その……綺麗ごとを言うつもりはないけれどその……、偶然見つけて……まさか小鳥遊さんが自殺するなんて思っていなかったから思わず体が動いて……ごめん。余計な手を出してしまって」


 必死に語りかけても相変わらず、彼女からの言葉が返ってこない。しかし、動きはあった。微かにだが首を横に二回振ったのだ。


新島は内心ホッとした。彼女の口から直接は聞いてはいないが、彼女の人生に他人がズカズカと勝手に入り込み、彼女が望んでもいない行動を取っていないことに。


顔は上げないが鼻をすする彼女に、優しく肩に触れる新島。今度は彼女を落ち着かせようとリズムよく両肩をポンッポンッと叩いた。そして、低くもなく、高くもない。だが彼女を少しでも安心させるように優しい声を発しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「何があったかよくわからないけれど、俺はいつでも君の味方だよ」


そういった直後、自分から話したにもかかわらず、新島の顔は少し赤い。でも、これは新島の本音であり、誰にでも優しい彼女の為ならば何でもしてあげたいと思っていた。だから、この言葉が口から自然と出てきたのだ。なのに、新島の顔はみるみる赤くなり、話さなければよかったと、心の中で深く後悔する。


お互いが黙り始めてからしばらくの時間が経ち、小鳥遊は涙が溜まった目をこすり始める。そして、顔を上げた彼女の口から「……なんか、キモイ」という予想外の言葉が飛び出してきたのだ。


外野からの突然の攻撃のように、無防備な心に直接ストレートで殴られた新島のダメージは大きい。それも「少し気になっていた人物に」だ。今まで浴びたことが無い率直な言葉に、新島はこの世の終わりのような顔をして唖然としている。その顔を見た小鳥遊はクスっと笑い辛辣なことを発した口で、続きを話し始める。


「でも、ちょっとうちにはその言葉、嬉しかったかも」


 恥ずかしそうに、照れくさそうに笑うその顔は、いつも愛想ばかり振りまく仮面の笑顔ではなく、初めて見る「小鳥遊理沙」の笑顔だった。


 その瞬間、新島は彼女の顔から眼が離せなくなり、同時に自分の胸の辺りにドクンと跳ねる感覚を覚える。


(なんか、胸が苦しい)


何かに胸を締め付けるほどの苦しみを味わうが、どうしても彼女から目が離せない。あまり人の顔をジロジロと見続けるべきではないが、脳が思考を停止してしまっている。


(……困った)


感じたことのない気持ちに焦りを覚えるも、そんなことなど知らない彼女は、新島へ質問をした。

「君さ。突然、親が悪魔のようになったらどうする」


「えっ?」


突如、不可解で変な質問を投げかけてくる彼女。だが、その目は、真剣で、ふざけているようには思えない。


新島は質問の内容をかみ砕きながら考える。

 

悪魔。

神話やファンタジーで出てくる化け物だ。実在する生物ではなく、空想上の生物。現実では早々聞く言葉ではない。しかし、真面目で明るく、その類の話を人生で一回もしてこなかったであろう彼女の口からその言葉を聞くことになるとは。


もしかすると……


「小鳥遊さんは中二病なの?」


「ちげぇーし! うち、真剣に話してるつもりだけど!」


小鳥遊は、苦り切った表情をして、不満をあらわにする。そして、「ごめん。説明が足りなかった」と謝り、少しずつだが、新島に詳細を話し始めた。


だが、それと同時に、新島と彼女の人生は、遠くで嘲笑うあの男の企みで大きく崩されることになるが、この時の二人はまだ何も知らない。



――数日後


「続いてのニュースです。昨夜十時ごろ、○○地区の木造二階建て住宅で火事があり、男性一人、女性一人の死亡が確認されました。警察によりますと、犯人と思われる人物をその場で取り押さえ、現行犯で逮捕したとのことです。動機などは今もまだ分かっておらず、更なる調べをしていくということです。また警察と消防は、出火の原因なども詳しく調べています」


                 ~終わり~


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家を燃やす豚 村野ケイ @murano_noname1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ