第55話 (最終話) 英雄なんかじゃない。

起きた俺は病室に居た。

個室の部屋で、ベッドサイドには小夏が居て、疲れからか眠っている。


小夏を呼ぼうとしたが声が出なかった。

起きあがろうとしたら身体が動かなかった。

仕方ないのでまだ動く手でナースコールを押したらすぐに看護師達が駆け込んできた。


これで目覚めた小夏が「冬音!聞こえる?生きてる?私のことわかる?」と言って泣いていた。


小夏が何であんなに泣いているのかと思いながら医師の話を聞いて驚いたが俺は半月ほど眠っていたらしい。ようやく少しだけ出せたかすれ声で「マジで?」と聞き返して見せてもらったスマホの待ち受け画面はしっかりと月をまたいで翌月になっていた。


母さんと楠木恋の見解では限界を超えて能力を使った結果で、この病院は副総裁のおじさんが手配してくれた病院だった。


あの日、壁の向こうで浄化された化け物達はすぐに倒れて片付き、ヘリで母さん達が俺を助けに来た時には俺は真っ白で冷たくて息も弱かったらしい。


それはハッキリ言って食い過ぎによる胃腸の不調からくるカロリー摂取が出来ない状況で、能力が命を削って何とかしようとしているのだろうという見立てで母さんは薬漬けでも構わないから何とかすると言って点滴をバカみたいに打ってくれていた。



そしてこの病院に着くと俺は起きることなく昏睡していた。


肉体的には疲労と飢餓状態がヤバかったらしいが点滴でなんとか命を食い繋いでいたのと、現金な話だが小夏が近くにいると俺のバイタルは安定していたらしく、小夏は病院暮らしをしていた。


そして起きない中で様々な話が出てしまっていた。それはこのまま俺が植物人間になるケースから飢餓状態のせいで記憶を失うまで様々だった。


それでも小夏は俺を世話してくれていた。

感謝しかない。



だが一つだけ違いがあった。



俺は能力を失っていた。


起き上がれるようになってすぐに小夏は「冬音!ご飯食べる?」と言ってくれたが、腹は空かなかった。


いつまで経っても空腹を訴えない俺を不思議がった母さん達が能力をつかって見るように促したが何をやってもダメだった。


これは恐らく能力限界の先まで力を使い、本来なら死んでもおかしくない状態だったからだと思うと言われた。


まあ、無いならないで構わない。

別に不便も何もない。


それよりもとんでもない話はあの日の全てが撮影されていて放送されていた事だった。

俺は3時間に編集された戦いを見て恥ずかしかったし最後の前後不覚になっている時…、楠木恋に言わせるとハンガーノックらしい。


ハンガーノックで倒れた俺は土壁と火炎竜巻が言えずにヘロヘロで情けない姿を晒して小夏にぶん殴られていた。


そしてキスをしながら力を使って世界を浄化した俺は満ち足りた顔?で倒れて場面は暗転して半月後の文字の後で起きた俺に能力が無くなっていたが生きていたと字幕が入り、英雄は国民を救ったと言う最後で締め括られていた。


まあ今回の事で年金だか生活の保障が手に入ったので後はやりたい事をやって、旧人類と至上委員会が上手くいかずに困った時だけ調停者として顔を出すことになった。


今回の事で旧人類側はダメな総裁と幹事長が追い出されて副総裁のおじさんが偉くなってくれた。至上委員会は母さんが一線を退き、楠木恋はあわや大惨事のきっかけになりかけたと言って責任を取って退陣した。


これにより漁夫の利の平定が至上委員会のトップとして話が通じるようになった旧人類と交渉している。


野良村はそのまま残されたが世奈ちゃん一家は秋斗の為に至上委員会の街に引っ越して来た。



俺は少食になってしまい退屈な日々になる。


三大欲求の食欲が無くなった俺は小夏とよりラブラブになっていて春の訪れはきっともう間も無くだろう。


母さんはそれを察してなのか総統をやめて相談役になって暇だからか秋斗を連れて行ってしまうので俺はコレでもかと小夏としている。


今もベッドルームで俺の腕枕で横になる小夏、もう俺達が秋斗を帰してよと言うまで母さんもおばちゃんも邪魔をしないので裸で過ごしてムラムラきたら再開するようになっている。


今はテレビニュースを見ていて液晶の向こうでは副総裁のおじさんが平定と協力体制のモデルケースになる街づくりを俺が除染した土地で始めるとか言っていて、それを聞いた街の人の声とか言って東京の街を移すとお祭り騒ぎの連中が「日向様ぁぁっ!ありがとうございますぅぅっ!」と血走った目で感謝していて怖い。

他にも皆して日向冬音様再臨希望とか書かれたプラカードを持っていたりして気持ち悪い。


「ふわぁ、やっぱり冬音人気が凄いねえ」

「やだよ。もう目立ちたくない」


「ふふ。良く言うよぉ。本土全域を浄化して人の住める土地を増やしちゃったんだよ?」

「あの状況でそこまで出来れば上等だよな?」


俺の腕の中にいる小夏が「うん。でもさ、北海道の人とか九州の人とか外国の人も冬音を待ってたのに残念だね」と言ってくるので俺は「残念?仕方ねえって。能力無くなったんだもん」と返して笑う。


ここで小夏が俺の顔を見て「そうなのかなぁ…」と言った。


「小夏?」

「最近の冬音って食べる量増えて来たよね?」


「え?そう?」

「うん。お肉屋さん喜んでたよ」


気付かない間に食事が増えてきていた事に俺が「マジか」と言うと小夏は「でも太る気配も無いよね。お腹は空く?」と聞いてきた。

俺は自分の腹を手で摩りながら考えて「んー…確かに気が付けば空くかも」と言った。


「ねぇ、指先に火をつけてみてよ」

「つかねぇって」


俺は笑いながら人差し指に意識を向けると火がついた。


そして直後に腹の虫が鳴き始めた。


「マジで?」

「ふふふ、やったね冬音。今度は北海道を助けに行こうよ」


「えぇ?」

「北海道で雪うさぎが可愛いから白い着ぐるみパジャマでぎゅっとしようよ」


俺は脳内に白い着ぐるみの小夏が「ベッドの上で雪遊びぴょん」と言っているところに飛びつくことを想像したらやる気が出て来た。


「行くか?」

「行こうよ!」


俺はその気になってしまえば話は早い。

もう一度小夏とイチャラブand春を迎える用意をしてから日影一太郎に「もう少ししたら北海道行かない?ご飯奢ってよ」と電話をした。


日影一太郎は電話の内容から俺の復活を悟って「英雄のお帰りだね」と言う。


「俺は英雄なんかじゃないよ」

電話先の「まあそうしておくよ」が嫌すぎたが少し楽しくなってきた。

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