第54話 最後の力。
やば。
限界だった俺は気付くと倒れていた。
手足に命令しても動かない。まだ前方に火を放って化け物を倒す事は出来たが前も見えない。
風で感じることしかできなかった。
これが能力を使い過ぎた限界。
小夏はこんな中何日も蓄電池に向かわされて居たのか。
あんなボロボロにされて聖ジジイには心底ムカついた。
だがジジイはやな奴では無かった。
ジジイとの出会いが俺を変えた。
ジジイを見ていたから能力者と旧人類には適切な距離感さえあればやっていけると思えた。
…まだだ。
まだ俺はやり切ってない。
小夏と秋斗が平和に暮らせる世界の為にやり切るんだ。
「土壁!火炎竜巻!」
そう言って能力を使った気で居たが呂律の回らない俺は「つぃかへ!かへんふぁつまひ!」になっていた。
だが知らない。土壁は強固にしたから前面からの突破はあり得ない。
そして前から俺に近寄る奴は皆焼き払う。
そして、このままのたれ死んだとしても最後の力でこの世界を浄化してやる。
それで化け物達が立ち往生で死ねば俺の勝ちだ。
能力限界なのに腹が減らない。
もうきっと終わりが近い。
でもやるしかない。
父さんと母さんはそんな気持ちで俺を残してしまったのだろう。
父さんと母さんは凄い。英雄だな。
まあ…俺は英雄じゃない。
後先考えない子供だ。
小夏
秋斗
今やるからな。お前たちは安心して生きられるようにしてやるし、トンカツさん達がきっと見放したりしない。
日影一太郎達も居てくれる。
なんか虫に刺されたのか腕に痛みを感じた時「冬音!!起きて冬音!!」と小夏の声が聞こえてきた。
限界過ぎて幻聴とか情けない。
まあそれだけ小夏が好き過ぎるんだから仕方ない。
思い出の小夏。
なんか昔から飯の心配してくれて、タピオカミルクティーに負けて腹減ったり、弁当持ってきてくれて、告白してくれて…。
無理矢理結婚させられて…。
楽しかった結婚生活。
無理をして我慢して、一度したら止まらなくなって秋斗が産まれてくれて…。
「小夏……会いたい…もう一度…」
俺は言葉が出ていた。
驚きながら「なら…最後の力…」と言ったところで頬に痛みが走った。
目を開けるとそこには小夏がいた。
小夏は目に涙を溜めて物凄く怖い顔で震えていた。
「小夏?」
「バカ!何が最後の力よ!何しようとしてたの!?」
「本物?」
「お義母さんが食が細くて能力限界でもカロリー使うならって点滴持たせてくれたの!良くわかんないけど腕に刺して頬を殴ったら冬音が目覚めたの!」
「化け物は?」
「冬音の壁の向こうだよ!」
俺は改めて起きるとかまくらくらいの壁をイメージしていたのに倉庫くらいの大きさの壁が出来ていた。
今も壁の向こうから化け物たちが壁に体当たりをする音なんかが聞こえてくる。
「小夏…時間は?」
「あれから28分」
「まずい……やんなきゃ」
俺はここで初めて小夏の背後に秋斗が括り付けられている事に気付く。
秋斗は世奈ちゃんと遊び疲れて眠っていた。
「秋斗?」
「私は秋斗を独りぼっちにしない!冬音も独りぼっちにしないの!家族3人だよ!」
涙目の小夏を見て、改めて自分のことばかりだったが小夏のオヤジさんも若くして死んでいる。残される気持ちを知っている小夏が残される道を選ぶはずが無かった。
「……ばか、こんな危ない所まで来てさ」
「いいの!私は冬音といるの!秋斗だっているの!」
「ありがとう。すっげぇ嬉しい。最後の力でここを浄化して化け物達を立ち往生させる。明日にしたかったけど仕方ないんだ」
「うん。わかった。これ、日影さんが胃の薬をくれたよ」
胃薬?
俺に不要なもんだと思ってた。
人生初めての胃薬、液体の薬はそれはもう不味くて堪らなかったが飲んだら胃が動いて食べた物が消化を始めた気がした。
「まっず」
「だよね。さあ!やっちゃってよ!帰ろう!」
俺は小夏の笑顔を見ながら「あれ?小夏はどうやって来たの?」と聞くと、小夏は後ろに乗り捨てられた原付を指差して「大神さんから原付バイク借りて追いかけたんだよ!無免許ノーヘル秋斗付き!」と言った。
「危ねえ」
「必死だったの!全部冬音のせいだよ!」
俺は素直に謝って小夏の顔を見る。
「冬音?」
「最後って言ったら怒られそうだけどさ、小夏にキスをしながら最後の力を使いたいって言っていい?」
小夏は頷いてから怖い顔に近い呆れ顔で「死んだら許さない。でもキスはする!」と言って目を瞑って俺を待つ。俺は「ありがとう。じゃあやるわ…浄化能力最大出力!土壌、大気、水質を一気に浄化する!」と言って力を使いながら小夏にキスをした。
すぐに俺はまたフラついた。
それを小夏が抱きかかえてくれているのが分かって申し訳なくなる。
だがそのまま力を使っていく。
遠のく意識。
壁の向こうの化け物達の絶叫。
俺を呼ぶ小夏の声。
それら全てがまるで子守唄のようで俺は眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます