第50話 冬音の夢。

日影一太郎はおもむろに前に出ると夢野勇太の胸ぐらを掴んで「お前達はいつもそうだ!」と怒鳴った。


「花子を殺した時も仕方ないと言った!花子の死で父さんと母さんが心を病んで自ら死んでしまった時もお前らは仕方ないと言った!今も自由を求めた人に発砲して冬音君の自由を奪い、それも仕方がないと言った!許さない!お前達を僕は許さない!」


日影一太郎は夢野勇太から手を離して楠木恋の横に立つと「恋さん、僕の願いを聞き入れてくれますか?」と言う。


「当たり前だ一太郎。お前の怒りと悲しみを知る私が拒む訳はない。2人で冬音を思い、我慢したがやろう」


楠木恋と日影一太郎は周りを無視してキスを交わすと日影一太郎が「冬音君、君は僕の英雄だ。君は僕が守る。新しい時代を小夏さんと生きて皆を導いてくれるよね?」と言い、楠木恋が「悪いがその業を抱えてくれ。私達も全身全霊でお前を助ける」と続けた。


嫌な気配に俺が「何を!?」と聞くと楠木恋が「誘発剤…。我々の車に積んでおいたのだ」と言った。


「仮に東京に行った僕達3人に何かあった時のためにね。誘発剤を積んだ車は栃木を抜け埼玉を越えて東京に持ち込まれた。通り道はできている」

それはこの辺りの化け物達が大挙して東京を目指す事になる。


「バカ!やめろって!」

「ダメだよ冬音君」

「コイツらは救いようがない」


楠木恋がポケットからスマホを出す。

アレが起動キーか?

俺が重力制御で楠木恋を止めたが「くっ…。だが遅い。もう起動済みだ。一太郎が夢野勇太の胸ぐらを掴んだ時に発動した。栃木と埼玉の化け物達は東京を目指す」と言って涙を流した。


「楠木ババア?」

「私と一太郎だって人を殺したい訳でも東京を破壊したい訳でもない。だがこうするしか能力者達を守る手立てはないから選んだ道だ」



「バカヤロウ!コイツら腐ってるから能力者を盾にして生き延びようとするし逃げるだろ?よく考えろよ!」


俺は声を張り上げながら日影一太郎と楠木恋にはきっとその考えはあったと思った。

だが日影一太郎は妹を使い捨て殺した日本に、そして楠木恋は成長の止まった自分の身体を弄んだ日本に何かがしたかったのだろう。



不穏な空気が流れる中、俺は覚悟を決める。


「楠木ババア!化け物の行動開始までの時間と規模は?」

「な…何を?」


「いいから言えって演算しろってば!」

「行動開始は40分前後、規模は栃木と埼玉の魔物達が向かう」

あっという間に計算を終える楠木恋。

やっぱりホンモノは違う。


時間と規模がわかった。

やるしかない。


「日影さん!宅配イーツ!ありったけの飯をお願い!母さん!力を貸して!トンカツさん!銘菓君も!後は火使いと…おにぎり君もだな」


皆が俺を見ている中、俺は大神茜に「大神さんは夢野勇太を借りるから現場指揮!自衛隊使って人の避難と人を守らせて!」と言い、副総裁のおじさんには「副総裁のおじさんはヘリでさっさと東京戻って陣頭指揮!バカな真似した2人を全国放送でぶん殴る!」と言う。


困惑する皆に「皆!ハリーハリー!」と発破をかけてから小夏の前に行って「ごめん。予定前倒しand結局やる事になっちゃった」と言うと小夏は首を横に振って「私の好きな顔してるよ冬音。私もやるからね」と言ってくれる。


「ばか、秋斗が居るだろ?」

「やだよ。冬音が行くなら私も行く。私が行けば秋斗は独りぼっちだもん。だから連れて行く。早く終わらせて煮込みラーメン食べようよ」


「着ぐるみは?」

「森を見たから熊かな?」


「当たり。デザートはアイスクリーム乗せたハニートーストにしようぜ」

「うん」




ある程度の作戦を立てる。

誘発剤を載せた至上委員会の車が走った後を化け物達が追う形で東京の議員会館に停められた車を目指す。

そして車を破壊した化け物達はそのまま東京で大暴れするのが楠木恋と日影一太郎の考えていた計画だった。


俺達は大急ぎで国道を走らせて魔物を待ち伏せして倒す事にした。



夢野勇太は俺の作戦に「倒すと言っても何千もの魔物です」と異論を唱えてくるので「あ、夢野さんは諦めて死ぬ?母さんはヤレるよね?」と少し離れた所に座る母さんに声をかけると「愚問よ。任せなさい。煮込みラーメンは母さんも食べたいからさっさと終わらせるわよ」と返してくれる。


バスの中で作戦会議をしながら日影一太郎には「到着地点をパーティー会場にしてよね」と指示を出すと「わかったよ。お手柔らかにね」と言いながら頼める限りのご馳走を頼んでくれる。


俺の横に座る小夏はモジモジと「冬音、どうしよう?あーちゃんに頼むしかないかな?」と聞いてくる。


「小夏?」

「秋斗を産んでから訓練してないから何キロも走り切る自信無いよぉ」


「ああ、それは楠木ババアの力を借りて解決済み。ただ腹が減るから小夏がいつも通り飯係してくれた方が助かるから居てくれよ」

「うん…いいよ」


俺は「よろしくな」と言いながら後部座席を見て、おばちゃんと危ないからと野良村から連れてきた連中の中にいる世奈ちゃんに「おばちゃん、世奈ちゃんと秋斗をよろしくね。逃す時間無い代わりに守るからね」と言うと秋斗は世奈ちゃんといられてご機嫌だし、おばちゃんは「冬音君なら余裕だものね。安心して孫係をやるわね」と言ってくれる。



ここでトンカツさんが「日向、なにやるの?」と聞く。


「簡単に言えば誘発剤の感じがわかったからフルパワーで俺が誘発剤になって化け物達を俺の元に集めてぶっ倒して東京やら人里は襲わせなくして、後は俺の夢を叶えるんだよ」

皆が俺を見て俺の説明を聞く。


「化け物を集める?」

「まあお試しでここの所アレコレやった時は出来たからいけるって。ただ夢野勇太じゃないけど俺は本質を理解していない能力者だからモグラ退治にはトンカツさんが必要だし、氷なんかはおにぎり君って感じで皆の協力が欲しいんだよね」


銘菓君が「それをやりきれるのかい?後夢って何?」と聞いてくる。

勿論、カメラの存在を忘れている俺はドヤ顔で話してしまう。


「化け物を起こした楠木ババアと日影さんの奢り飯でフルパワー全開の俺ならやり切れるって」


この言葉に楠木恋は「また奢りか!?お前は高くつき過ぎる!」と泣き言を言い、日影一太郎は「ええ…至上委員会や政府から出ないのかい?」と困り顔になっている。


俺はそれを無視して「そんで俺の夢は人と人の距離を適切にすること。この国の汚染地域を除染して化け物を排除して人の住める土地を増やして旧人類と能力者が争わない、どちらかがどちらかを差別したりしない世界を作りたいんだ」と言った。



バスの中がシーンとしてしまい、母さんと小夏の嬉しそうに「ふふふ」と言っているのが聞こえてくる。


「日向…それって」

「夢物語だよ」


「はあ?やれるって。旧人類が嫌いな能力者は能力者の街に住めばいいし、それでも旧人類がやってくれてた仕事なんかはやらなきゃいけないからそれがやれるなら能力者の街に住めばいいし、野良村の人達みたいに自由が欲しい人も野良村作って好きに暮らせばいいの」


唖然とする皆を見て「とにかく俺は秋斗を差別とか偏見のない所で育てたいんだよ。能力が強いからって偉いとか旧人類だから人を導くとかやなの!だから俺はとりあえずやるだけやる。今日は楠木ババアの奢り飯で、たまたま化け物が総動員されるから全滅させてその辺りを全除染して夢の第一歩を歩むんだよ!」と言い切ると「な?小夏」と言い、小夏も「うん。頑張ろうね冬音!」と言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る