急展開。

第45話 春を待つ小夏。

人の噂も75日だの、人の口に戸は立てられぬだのとよく言うがまったくその通りだと思った。


母さんが映像の拡散を抑制してくれたが、それでも外部に俺が母さん達を治した映像は出回った。

これが新たなトラブルの種になった。


今回ばかりは日影一太郎もこちら側で外部からの圧力と戦ってくれた。

そして楠木恋も能力相性とコストパフォーマンスの面を強調してデータを用意して牽制をしてくれた。


ハッキリ言って俺が治る見込みのない治療をするよりも発電所に行って蓄電池に力を使う方のが確実に多くの人が救われる。


だが権力者や金持ちは財力や権力を使って頼み込み脅してくる。


初めは俺を守る為に頑張ってくれた日影一太郎と楠木恋はしつこい連中にブチギレてこんな旧人類は滅びるべきだ、誘発剤を東京にばら撒こうと言い出し始めた。


平定は政府や金持ち達との交渉の場を編集せずに垂れ流す。

そこには平定が「日向 冬音の治療能力には相性がある事は説明した通りです。確証のないモノに力を使うより汚染地域の除染や蓄電池への充電を行うべきです」と説明し、病気のジジイが「金なら払うと言っているんだ!そんな物より私の命だ!」と言ったり、別のジジイは「お前達のような反社が市民権を得られているのは我々の温情なんだぞ!それを失いたいか!」と恫喝してくるクズも居た。


その全てをノーカットで垂れ流した結果暴動が起きて社会は混乱した。


望んでない流れに俺はガッカリする。

そして守るべき約束として誰の命も救わない事を命じられて厳重体制で発電所に向かったりした。


だがやはり至上委員会の方からいくら言っても治せた事が話題に上ったりして居心地が悪くなる。


いつの頃からか俺は口数が減ってしまう。

それは至上委員会の街でも同じで仲間なのだから助けてくれないかといつ言われるのかと思うと不安でたまらなくなっていた。



俺の不調をよくわかってくれるのは小夏と秋斗で、何も言わずに…でも必ず側に居てくれた。


今まではずっと1人で悩んで居たからこれはありがたい。



俺は休みの日に母さんの家に行き「母さん」と話しかけると母さんは「何?言いなさい」と言ってくれたので、俺はリビングのソファに座りながら「俺は1人が長すぎたのかな?」と言って母さんを見た。


「全部1人で決めてしまう事?」

「うん。今回も母さんや楠木恋を治すときに声をかければよかったのかな」


落ち込む俺に母さんは「ふふ。多分止められたわよ」と言う。


「母さん?」

「私だって腐っても総統の1人よ?未知の行為には危険が伴うのだから平定も恋も正式に稟議申請をされていたら止めたわよ。恋に会う話はまた別だけど、総統の事に関しては3人の中で1人でも異論を唱えたらダメなのよ。確証があっても恋は許しても平定が認めないわよ」


母さんは仮面を取って俺をみて「私は冬音に感謝してる。ありがとう」と言うと手を取って微笑んでくれた。


「それに1人が長すぎるってなるとやはり私が早くに迎えに行かなかった事が問題だもの。私こそごめんなさい」


母さんに逆に謝られた俺は慌ててそんな事ないと言って家に戻る。



そんな俺を見て母さんと楠木恋は何かを決めてくれた。


それが判明したのは1週間後の事だった。

人前に出ない2人が堂々と総統として日影一太郎達を引き連れて都へ何かを…俺は文句だと思っていて文句を言いに行ってくれた。



この日の俺は相変わらず蓄電池の為に発電所に向かう。

小夏は秋斗の事があるので俺の事はトンカツさん達に任せる。


この日の出がけは小夏が俺の準備をしながら「冬音、あーちゃんのチョイスに文句言っちゃダメだよ」と言ってくるので、俺は甘ったれるように「わかってるけどさぁ」と返す。


「しょっぱい奴と甘いやつくらいは良くない?」

「ダメだよぉ。それは私だけがわかれば良いんだよ」


たしかに言われてみるとそんな気がしてしまう。


黙る俺に小夏が手を伸ばして「冬音?今辛いよね?もう無理しないでいいよ?ここで生きよう?秋斗は大丈夫だよ。私と冬音と2人のお婆ちゃんでキチンと育てようよ。冬音が苦しむのはいやだよ」と言う。


俺は驚いて「小夏…」と言って小夏を見た。

小夏はキチンと俺の事を考えてくれていて嬉しくなった。


「私、秋斗が2つになったら春にも来てほしいよ?」

「春…」

それは第二子の話をしている。


「そうだよ。男の子でも女の子でも春の名前つけてあげて家族で春夏秋冬しようよ!」

「それだと俺がビリッケツだな」


「えぇ?冬音ってそんなの気にしたっけ?」

「しないよ。言いたかっただけ。なんか負けを認めるみたいで格好悪いけど…ここで生きて死んでいくのも良いのかもな」


「うん。お義母さんも言ってたよ。2歳以降も秋斗の成長が見たいって。家族で暮らしていきたいって」

「…そうだよな。俺は秋斗と小夏ファーストにして…」


「そうだよ。冬音の味わった孤独を秋斗にしちゃダメだよ」


この言葉は小夏がよく言う。


「冬音はお義父さんとお義母さんの仲良いとこを覚えてないんだよね?だから私と冬音がもっとイチャイチャラブラブ仲良くして秋斗に「パパとママは仲良し」って言うまで見せつけようね」

「何歳になっても3人でお風呂入ろうね!」

これには「え…2人で…」って言ったら「ふふふ、夜中にこっそり入ろうよ」と言われて今晩からそうする話にした。


「そうだな。母さん達が戻ったら話をして、それからは本気で腰を据えて…骨を埋めるつもりで行くかな」


俺はそう言って発電所の仕事に向かった。


「日向?アンタどうしたの?」

「え?」


「なんか顔が穏やかだよ。小夏と仲直りしたの?」

「小夏とはいつも仲良しだって、喧嘩なんてしないよ」


「ふーん、じゃあ便秘でも治った?アンタ食い過ぎだから便秘は辛いよね」

「…快食快便がモットーだよ」


このやり取りの最後にトンカツさんは「なんでも良いや、日向は笑顔でいなよ。暗いと皆が暗くなるからさ」と言って笑っていた。



俺はそれを聞いて朝より更に少しだけ気分が上向いて、明るい気分で家に帰ると家は荒らされていた。

家を見たが小夏と秋斗、それとおばちゃんが居なくなっていてテーブルには「連絡するから騒ぐな、家族は無事だ」と書かれていた。



激怒した俺は風を吹かして小夏と秋斗、おばちゃんを探す。

誘拐されたのが何時間前かわからない。

下手をしたら俺の検知範囲外まで逃げられたかもしれない。


だが関係なかった。

俺は必死だった。

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