第41話 冬の日の誕生。

日々除染や蓄電をしていれば忙しい。

冬場は蓄電池の消耗も激しく、関東と東北の境目に居れば雪も積もるので除雪作業も出てくるし、タチが悪いのは雪まで汚染物質なので早急になんとかする必要が出てきて俺は忙しい。

まあ雪に関しては熱波を吹かせて溶かしてしまえばいそれで何とかなるので可能な範囲で溶かしてしまう。


そんな忙しい冬の日に俺に息子が生まれた。

なんだ?父ちゃんを追い込んで楽しいかい?

そう言いたくなったが顔を見たら軽口なんてあっという間に吹き飛んだ。


尊い。

尊すぎる。


無茶をした事は否めなかったが連絡を貰った瞬間にクソ寒い冬空にトンカツさんを抱きかかえて「飯係して!」と俺は叫んだ。


「はぁ?日向?ここから帰るの?車のが早いよ!?」

「俺のが早い!本気の奴だ!重力操作!風能力で追い風!」

除染先の山で少し早い小夏の陣痛を聞いた俺はトンカツさんの言葉を無視して駆け出した。

除染の仕事は終わっていたが撤収作業をしてから車を飛ばしたとしてもまだ2時間はかかる。


俺は2時間も待っていられる訳もなくトンカツさんを片手に走り出した。


本気の俺は車なんかに負けない。

だがどうしても焦りからか消耗が激しい。


消耗が激しい俺を見てトンカツさんが「バカ!日向!追い風やめなよ!それに風能力なら私以外に頼めば吹かせて貰えたんだよ!?」と心配をしてくれるが正直そんな気のない俺は「誰だそいつ。名前覚えてないから頼みにくいし小夏が頼んでない奴は抱えたら小夏に悪いだろ?小夏なら「ごめんね冬音。仕事の日に帰ってくるまで赤ちゃん待てないで」って言うぜ?」と言って更に力を籠める。


トンカツさんは呆れ顔で「バカップル!ほら!カレーパン食べな!」と言ってカレーパンを出してくれる。

俺は口を出して食べて「あんがと」と言ってからちょっとコレジャナイ感に「……んー…」と言ってしまう。


「なに?」

「いや、やっぱり俺好みのチョイスは小夏だなぁって…、今は栗饅頭の気分」


トンカツさんは呆れるように食べ物リュックを見ながら「だろうね!我慢しなよ!」と言い、俺は「我慢しとくわ」と言った。


軽口を叩く俺の元に着信が来る。

相手は母さんだった。



「もしもし!小夏は無事!?」

「あなた萩月から連絡来たけど花畑さんを抱えて走り出したの?」


「おう!小夏に安心して待ってろって言っといて」

「言うわよ。それに何?流石に車には勝てないでしょ?」


「甘い。もう下山したし国道まで出たから後は一気に走るよ」

「凄いわね。本当に車より速そうね」


驚く母さんに「んじゃ、そう言う事で」と言うと母さんが「待ちなさい。精神力は使うけど疲労は軽減されるわ」と言った。


何を言われたかと想いながら「母さん?」と聞き返すと母さんが「合わせなさい冬音。国道からならなんとかしてあげるわ」と言ってくれる。


この時背中を押す風は俺のものではない事がわかった。


「母さん?」

「来たわね。走りなさい」


俺はありがとうと言って電話を切ると重力操作のみに切り替えて走る。

更に加速した俺にトンカツさんが「日向!」と声をかけてくる。


「何?」

「雪道で転ばないでよ!」


俺は「余裕!」と言って駆けて小夏の待つ病院に辿り着いた訳だがリュックは空で力尽きかけてヘトヘトだった。


病院で待つ至上委員会の人に「ごめんなさい、トンカツさんをお願い。後はエネルギー切れ寸前。飯頼めます?」と言って小夏を探すとタッチの差で赤ん坊は産まれていた。


「冬音君!」

「あ、おばちゃんだ。小夏をありがとね」


「夢さんから連絡を貰って冬音君が走ってくるって聞いたから慌てて肉まん買ってきたわよ」

「マジで!?助かる〜」


俺は肉まんを食べてからなんて軽口を叩こうかと思って部屋に入るとボロボロになっているのにキラキラとした小夏と赤ん坊が俺を待っていた。


あまりの尊さに看護師の「奥様はお元気ですよ」とか「男の子ですよ」「おめでとうございます」なんてものはキチンと耳に届かずに反射的に「ども」と返しただけで小夏を見ると小夏は俺を見て涙を浮かべて「冬音…」と俺の名を呼んだ後で「赤ちゃん、男の子だよ。ごめんね。忙しい仕事の日だったよ。お母さん達に聞いたけどあーちゃん抱えて走ってきてくれたの?」と話しかけてくれたが「ああ…」とか「うん」しかいえなかった。


「冬音?」

「小夏、ありがとう」


「冬音、泣いてるよ?」

「泣いてる?」


俺は自分が泣いてる事に今気付いた。


「あ…本当だ。小夏が心配で…、いや…勿論赤ん坊も心配で…、小夏が俺が帰ってくるまで我慢とか…言われたら困るから頑張って走ってきて……さっきまでなんてバカ話しようかとか、赤ん坊に俺を追い込んで楽しいかいとか言おうと思ったのに2人を見たら吹き飛んだ」

「ありがとう。嬉しいよ。手を洗ってきなよ。抱いてあげてよ」


「小夏は抱いたのか?」

「私はママだよ?最初に抱かせて貰ったよ」


俺は慌てて手を洗おうと手洗い場を探した時に後ろから「ちゃんと水を使うんだよ。自分の能力はダメだよ」と小夏の声が聞こえてきた。


周りも見ずに手を洗って病室に戻って抱いた赤ん坊は赤ん坊だった。

温もりと儚さが確かにここに命があると俺に教えてくれた。


「冬音、嬉しい?」

「嬉しい」


「冬音、可愛い?」

「可愛い」


赤ん坊は俺の為に皆が無理をして連れてきてくれていて、もう新生児室に帰ると言うので少しだけ待ってもらうと病室の外に母さんとおばちゃんが居た。


おばちゃんはやはり俺に気を遣って子供を抱かないで待っていた。


俺は「俺と小夏の子。抱いてくれるかな?」と言うと母さんとおばちゃんは譲り合いながら母さんが先に抱いて泣いていた。

おばちゃんも抱いて泣いてくれた。


よく見るとトンカツさんも居たので「抱く?」と聞いたら抱いてくれた。


赤ん坊が新生児室に帰ってから少しだけ小夏にお疲れとかを皆で言った。


トンカツさんは「小夏!おめでとう!」と言った後で俺を見て「日向をなんとかしてよね」と言う。


「なんとか?」

「日向の奴は小夏の事しか考えてないからクソ寒いのに全力ダッシュするから私の顔凍ったんだよ!あったかタオルで暖めたけどさ!エネルギー補給もいちいち小夏ならって文句タラタラだしさ」


これに小夏は嬉しそうに笑って「もう、冬音ってば。あーちゃんにゴメンねしてね」と言った。


俺がトンカツさんに謝ると小夏が「冬音、名前どうする?」と聞いてきた。

俺は「男の子なら小夏の案にするけどやはりとの字は変えようよ」と返す。

俺達は名前を決めていた。後は発表をするだけだった。


「えぇ?」

「読めない字は可哀想だよ」


「うぅ…じゃあ北斗のとでいいよ。本当は冬音の音の字でとにしたかったんだからね」

「それはやめてやろうよ」


このやり取りに母さんとおばちゃんが「あら、もう名前決めてあるの?」「教えて」と聞いてくる。


俺が言うのではなく小夏に言って貰いたくて「小夏」と言うと小夏は「うん。私と冬音の赤ちゃんは日向 秋斗。夏と冬の子供だから秋を使ったの。女の子なら春を使うつもりだったんだよ」と言った。


「秋に斗でアキトね。いい名前だわ」


これにはトンカツさんが「小夏のあーちゃんが私か秋斗君か見極める練習しなきゃ」と言っていて小夏は「大丈夫だよぉ」と笑っていた。

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