第36話 日影一太郎の根回し。

公園で幸せな家族を見ていて普段なら落ち着くはずなのに今日の俺たちはおさまるものもおさまらずに悶々としている。小夏は汗ばんだ手で俺の手を握って「冬音…本当に我慢するの?」と聞いてくる。


「…すげえ辛い」

「…冬音のお義母さんからは冬音が子供の事で環境を気にして我慢してたら冬音の思い通りの世界にすればいいのよって言ってくれてたよ?」


「………なにそれ?」

「この前、お義母さんが常備薬の補充に来た人が帰った後でウチに来て、避妊具とか減ってないけどって聞かれたから…2人で18歳まで我慢してるって言ったら…」


まあ母さんなら理由がそれ以外にもあることは見抜いて居るだろう。


だからと言ってそれを小夏に言うかね?


「あれか、俺と小夏の計画は聞かないし口を挟まないけど、2人で夢見た世界があるのならその我慢をやめて、我慢に使っていた労力で目指した世界を実現すれば良いって言われたのか?」

「うん……。だめかな?」


話しながら小夏の手はどんどん熱くなってくるし汗ばんでいる。

きっと俺の手も熱いし汗ばんでいる。

2人の汗が手の中で混ざると思うだけでおかしくなりそうだった。


「…ダメとかないけど流されて俺たちの夢の世界が無くなるのはやだなぁ」

「どっちも…とか出来ない?」


少し俯いて唸った俺は「小夏が可愛すぎるんだよなぁ」と言う。


「え?」

「だから小夏が可愛すぎて絶対に溺れる自信あるんだよ。七夕の話知らね?アレだってラブラブカップルになって働かなくなってあんな目に遭ったんだろ?俺も小夏が大好き過ぎてそうなる自信あるし」


これには照れて終わるはずの小夏が珍しく「溺れちゃダメなの?ここで生きる道もあるよね?お母さんも友達できたしあーちゃん達も皆冬音に感謝してるよ」と俺の目を覗き込んで強く言ってくる。


うっわくそ、溺れたい。


それを見越したように「やあ、奇遇だね」と現れる日影一太郎。


「日影さんだ。どうしたの?」

「いやいや、やはり僕としては末永く君達にはここにいて欲しいんだよね」


この目だ。

この日影一太郎の目を見ると何か企んでいるのが俺にだってわかる。


「なにそれ?」

「ほら、冬音君はハイペースandハイテンションが売りだからね。そろそろ今の生活に飽きて新しい事を始められちゃうと困るんだよね。これは平定総統も心配していたよ」


「それで?」

「だから僕も小夏さんやお肉屋さんに賛成。小夏さん抜きで任務に出ても山田君や萩月君が代わりのサポートが出来るよね?良いじゃないかい。妊活。きっと楽しいよ?この穏やかな公園で親子3人が仲睦まじく遊ぶ姿、誕生日を小夏さんのお母様や総統とお祝いをする。子供の成長を見守る。今ならその幸せを享受出来るよ?」


妊娠した小夏を人質にして何もさせないつもりか…。

平定と日影一太郎。

日影一太郎と総統は見てる景色が違う気がするが俺の足止めはやりたい訳だ。


「それにいざ欲しいと思っても授かれない夫婦もいる。それで不仲になる事もある。だから授かりものだから無理なんてしないでキチンと流れに沿った方がいいと思うよ」


日影一太郎はそういうと紙袋を小夏にあげて「代わりに貰うね」と言ってチキンステーキを持ってしまう。


「このチキンステーキを貰ったおかげで何故か隣の部屋の小夏さんのお母様は僕達に誘われてお茶会からの食事会に行ってしまうから来訪なんて気にしないで平気だよ。僕から連絡不要と言っておくよ。じゃあね冬音君。小夏さんを寂しがらせちゃダメだよ」


ガンガンと外堀を埋めていく日影一太郎は「…小夏さん、紙袋の中身は家で冬音君より先に見てね☆」と言うと「じゃあまたね〜」と言って去って行く。


もう買い物どころではなくなり小夏と帰る事にした帰り道、おばちゃんからは「なんかお茶会行ってくるわ。冬音君のお母様達に誘ってもらえて、冬音君の事とかもっと教えてって言われたのよ」と呑気な電話がかかってくる。


そう、日影一太郎を危険視しているのは俺だけで母さんは日影一太郎を有能な子と評価している。


そんな事を考えている横で小夏は熱を出したみたいに真っ赤で息遣いも荒くなっている。

電話越しに聞こえてしまいそうなため息の後で「うん。楽しんできてね」と言った。

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