第28話 スパイ。

俺達は東京の家に戻って10日が過ぎた。

任務に出られない以上、飼い殺しの状態が続く。

だが至上委員会に逃げ出し始めた能力者の穴埋めに奔走していて忙しい事は忙しい。


夢野勇太の許可をとって小夏も現場に連れて行く。今分断されるのはゴメンだし日影さんが何をしてくるか怪しい。


今日は土壌除染の日なのでトンカツさんとコロッケくんに会う。


作業を済ませた俺はオム焼きそばでエネルギー補給をしながら小夏とトンカツさんの会話を聞く。


「小夏は至上委員会のアジトから帰ってきたんだよね?」

「うん」


「どんな所だった?」

「んー…、アーケードの商店街みたいな感じだけど半分地下って感じで外は見えないけど空は見えて街は普通だったよ」


小夏らしいコメントだがそれは完璧じゃない。

俺は「旧人類の人が虐められてたよ。今までの仕返しだって言っていた。多分連れて行きたい人間を連れていけるって言葉に問題があるんだ。仕返しをしたい奴を連れて行って逃げられなくして虐め返してるやつがいる」と口を挟んだ。


俺の言葉にトンカツさんが困り顔をするとコロッケくんも俺を見て「じゃあうちの親とか連れて行ったらどうなるかな?」と不安げに聞くので俺が「あれか?家族に万一に備えて聞いてこいって言われたか?」と聞くとコロッケくんは頷いた。



「コロッケくんはそこそこ幸せなんじゃね?能力次第だから新人類の中でどこら辺になれるかはわからないけど旧人類よりは偉くなれる。だが俺が心配なのは守られる家族の守られる部分だ」


連日の報道の中で度々出てくる「旧人類のご家族もお守りします」の言葉がどうにも引っかかっていた。


俺達は向こうに行く選択肢も残している。

ジジイの事は許してないが意固地になっていい問題ではない。


「日向?」

「仮に能力者の奴がコロッケくんの父ちゃんを憎らしいって思ったら殺してもOKな気がするし、コロッケくんの母ちゃんが好みなら父ちゃんから奪っても許される気がする。それがアイツらの危ない所だ」


そう。あの街の雰囲気と熱気。

口振りなんかを見た時に旧人類はあくまで旧人類で一個人と言うより連れてきた能力者のおまけとしてしか見られない気がしていた。


この言葉に少しイメージをしたのだろう。

トンカツさんは「じゃあ小夏のお母さんとか…」と聞いてきて俺が頷くと「日向の家族でもそれじゃあウチなんて…」と言う。



嫌な沈黙と空気の中、小夏が「んー…聞いてみようか?」と言った。


何を言い出したか理解できなかった俺が「は?小夏?」と言う横で小夏はスマホを取り出すとメッセージアプリを立ち上げて何処かに通話をする。


少しして「あら、小夏さん。そっちはどう?」と聞こえてくる。


その声はどう聞いても母さんだ。


「え?嘘…小夏?」

「ビックリしたよ。帰ってきてスマホを見たらフレンド申請来てたんだ。それでよく見てみたらお義母さんだったんだよ」


俺は小夏からスマホを借りると「あー…もしもし?」と呼びかけると電話先からは「ふふふ。息子と初通話ね」という嬉しそうな母さんの声。


「俺じゃなくて小夏にした理由は?」

「柔軟な思考を持ってるのは小夏さんだもの。冬音は私に似て頭が硬いのよね」


「あー…そうですか。とりあえずジジイの事もあって脱出させて貰ったから」

「残念だったけど仕方ないわね。平定には文句を言っておいたわ。また帰ってきたくなったらいつでも言いなさい」


その後で母さんは何の用事と聞いてきたので小夏に代わると「お義母さん。今は能力者の友達と話しててそっちについて聞きたいんですけどいいですか?」と言う。

その横で総統に聞くか?と言う顔の俺にトンカツさんが「お母さんって?」と聞いてくるので「行方不明の俺の母さん、死んだと思っていたら至上委員会に保護されてた」と返す。


「それなのにこっちに帰ってきたの?」

「小夏のおばちゃんも居るし、皆もいるからな」


俺は言ってて恥ずかしくて耳まで真っ赤になっていた。


小夏と母さんの話は案外時間がかかったが「貴重な意見をありがとう。そうよね。心配よね。すぐに話をまとめて世間に言うわね」と言われて通話は終わった。

母さんは声が大きいな。


「お義母さんは出来るだけ何とかしてくれるって。能力者の家族と、別の能力者の立場とかの線引きとかルールとかちゃんと発表してくれるって」


「無敵だな小夏」

俺の言葉に小夏は「そうかな?」と言って笑っていた。


だがそれが悪手の一因になった。

悪意なく報告したトンカツさんやコロッケくんの話を聞いた2人の両親は心配する旧人類の友達に能力者至上委員会の話をした結果、出戻った俺はスパイだと思われ始めた。


そして世の中は一変する。

至上委員会に取り入りたい奴は俺や小夏におべっかを使ってくる。

あの担任の爺さん先生までウチに来て「日向はいつ至上委員会に行くんだ?いつまでに荷造りを済ませればいい?」と言い出した。


逆に、周りに旧人類しか居ない連中は徹底して俺達の排除に乗り出してきた。


酷いもので小夏のおばちゃんまで石を投げられた。

そして手厚く助けてきたのは至上委員会に取り入りたい連中で俺は一連の全てに吐き気を催した。


日影さんの代わりに俺の監視・護衛・連絡役になった坂佐間舞とかいうお姉さんに「これ、なんとかなります?」と聞いたが提示された改善策は「街を捨てて駐屯地で仮住まいしていただくしか」と言われて即却下をした。


一応家族向けの物件もあるにはあるらしいが何で俺たちが街を捨てる必要がある?


そう思った自分を恥じた。


3日後、俺たちの留守中。

俺と小夏は発電所、おばちゃんは怪我の治療で通院している時に家が焼き討ちされた。


半焼で済んだがこれが警告や見せしめなのは明らかだ。


俺は坂佐間さんに文句を言おうとしたが彼女はあくまで俺たちを監視していてウチを監視していない。


俺は諦めて小夏にスマホを借りると母さんに連絡をした。


「あら、大丈夫?」

「知ってるの?」


「ええ、日本中に仲間はいるもの」

「ならその仲間に頼める?」


「保護なら決まったらこっちから連絡するわ」

「違うよ」


「え?」

「父さんの遺品とか位牌とか、母さんの写真とか、まだ無事だけどいつやられるかわからないから全部母さんにあげるよ」


「…ありがとう冬音。でもそこに政府の奴らが居て逮捕なんてごめんよ?」

「ふふ。やらないって」


少し参っている俺はそれだけで明るい気分になってしまう。


「冬音、辛かったら帰っていらっしゃい。あなたはこっち側なのよ?旧人類の醜さは見たでしょ?」

「…ありがとう母さん。でもそれは嫌かな。新人類も汚かった。そっちの街で旧人類を虐めた奴、聖ジジイの遺体をいたぶった奴。ジジイが無事であんな事もなく日影さんが迎えに来てくれてたら行ってたかも」


俺の言葉に母さんは「気が変わったらいつでも言って。私達は待ってる。冬音と母さんの目指す世界はきっと一緒よ」と言って電話を切った。


その夜、俺の家から思い出達はゴッソリと消えてなくなった。

そして母さんからは写真なんかはすぐにデジタルデータになって届き、思い出の品達も写真になって後から届いた。

メッセージには「冬音のお陰で久しぶりに豊さんの写真が見られたわ」と書かれていた。


後、偶然と思いたかったがおばちゃんに石を投げた奴らとおそらくウチに火を放った奴が大怪我をしていた。

やっぱり能力者達も醜い。


どうせなら争いの起きない世界で別々で暮らせばいいのにと俺は思い始めていた。

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