帰還・脱走。
第26話 脱走。
部屋の外は半分地下に埋まっていて、まるで秘密結社の地下施設みたいだった。
まあ秘密結社なんだけど。
映画なんかで見たレジスタンスの施設とかそんな感じもする。だが皆武装しているわけでもなく、ただ、旧世界のアーケード街が地盤沈下で半分地下に埋まっていて、木々やアーケードの名残が覆っている感じで空からは見つけにくい感じになっていると思った。
一つの町くらいの大きさで会う人たちは「よう!早く仲間になってくれよな」なんて挨拶をしてくるし「ニッポンを救うのは変わらないから怖くないって」とか言う奴や小夏に「戦わなくていいのよ?彼を救って支えてあげるのよ」なんて言ってくる奴もいる。
福島の街に近い感じで、あの東京と比べたら雲泥の差で俺の心は大きく揺らいだ。
確かに化け物制御の能力者が居て化け物が街なんかを襲わなくできて俺が除染に力を入れれば人はもっと多くの土地を取り戻せて豊かになる。
少し歩いてみて街の連中は明るく優しい連中だったが食べ物屋達は「ごめんな、売れないんだよ」と言って売ってくれなかった。
まあカロリー摂取させられないから致し方無しか。
「残念。でもその牛タンは仙台と一緒?」
「ああ、勿論だ」
この言葉でいまだ東北にいる事がわかった。
近くの母子連れにここは何処かと聞いたら教えられないと言われたので聞き方を変える。
「この地下で俺たちの家はどこら辺に該当するの?」
「ああ、そう言うことね。貴方達の家は南端よ」
そうなると出口は北か?
こういう場合は出口から離した所に住まわせるはずだ。
「散歩できるのなら中央まで行けば巨大テレビがあるわよ」
「ありがとうございます。お姉さんとお子さんは…」
俺の質問の意図を察してくれて「私は旧人類。主人が新人類だからここに住まわせて貰ってるのよ。私はここに来られて良かったわ。主人は土能力者。土壌汚染を除去する仕事で蝕まれて居たけど今は元気なのよ」と言って嬉しそうに笑うと子供がグズりだしたので「またね」と言って帰って行ってしまった。
この言葉にまた俺の心は揺らいでしまった。
小夏は聞くまでもない。
もうズタボロだ。東京に名残があるのはトンカツさんやおばちゃんが居るからで居なかったらここに住みたいと言い出す顔をしている。
中央まで歩くと何となく町の作りが理解できた。
大通りで区切られて居て大通りは商店街になっている。
どうやってこんなに日用品とかがあるのかはわからないがかなりの人間が賑わっていた。
中央に設置された巨大テレビではニュースが映されていて、俺たちが任務中に行方不明になった事で持ちきりで戦地には関東、中部、東北の自衛官達が捜索活動をしていた。
この時覚えた言いようのない違和感。
この町の連中は俺たちを保護したと言った。
俺達は脅されて連れてこられただけだ。
俺と小夏は混乱しながら部屋に戻ると抱き合って少し眠った。
これが揺さぶりだと分かっていてもかなりキツい。
夕方になって暗い部屋で目覚めた俺達は見つめ合う。
「小夏、どうしよう?」
「最後は冬音に任せるけど一度帰りたい。お母さん達に無事を知らせたい」
それはそうだ。
生存が絶望なんて言われて小夏の母さんは生きた心地がしないだろう。
俺は強く頷いた。
「きっとこの部屋は監視されてるから言えないけど隠し球を使うかも」
「前に言ってたやつだよね。大丈夫。私も頑張るよ」
俺は感謝と共に小夏を抱きしめてもう一度ベッドで抱きしめ合う。
「ありがとう。小夏が俺と居てくれて救われてる」
「私こそ冬音といられて助かってるよ」
翌日、脱出に躊躇した自分を恥じた。
翌朝も朝食後に様子見の探索をする為に外に出る。
大通りなんかでは明るい町だったが一本外れると新人類が旧人類を虐げていた。
慌てて止めに入ると旧人類はここに連れてこられた人で新人類は外の世界ではこの旧人類の人に虐げられていた人だった。
結局この町も狂っている。
脱出を前提とした探索で歩いていると中央の広場ではとんでもないものが巨大テレビに映し出されていた。
それはまさに広場の状況で、テレビからは「犯行声明です!これは今中継で映像が届いています!」と聞こえてくる。
そして1人の男が「我々は能力者至上委員会!先の化け物達の大量発生も我々が引き起こした!」と宣言をした。
呼応するように周りの連中は声援を送る。
「我々新人類が旧人類の支配を受ける時は終わりを迎える!」
まあ要約すれば優れたものが支配する世の中で新人類はこの世界に対応した人間で旧人類より優れているから適していると言う話を延々としていた。
恨みが積もり積もっているのだろう。
話は長かった。
会話の終わり際、俺の血は一瞬で沸騰した。
広場に持ってこられたのは聖ジジイだった。
俺の氷は溶けておらずに聖ジジイの棺になっている。
「見たか!これは我々能力者の怨敵!聖 善人!何人の能力者がコイツの手で過労死に追い込まれたかわからない!」
この言葉、そして沸き上がる能力者達を見てブチギレた俺は小夏に「隠し球だ。付き合ってくれ」と言うと小夏はゆっくりと頷いて「うん。お義母さんと3人の暮らしも楽しかった。でもここは違うのかもね。考える時間も欲しいから帰ろう冬音」と言って俺を見た。
「我々はお前達の切り札を保護した!そして我々には化け物を操れる能力者もいる!我らに従い生き延びるべきだ!民衆は何も恐れる事は何もない!国のトップが変わるだけ、支配者が能力者になるだけで何も変わらない!」
俺はお守りに潜ませた空腹を紛らわせるハイカロリーのタブレット菓子を一気に食べると「ジジイの亡骸を弄ぶんじゃねえ!」と叫んで隠し球を使う。
左腕に小夏を抱き抱えて一気に広場に飛び込む。
そして「邪魔するなら攻撃するよ」と言いながら右腕でジジイの亡骸を抱えるとさらに飛び上がる。
これが俺の隠し球。
重力制御。
物の重さを軽くして風を吹かせて飛び上がり、対象を軽くして弾き飛ばす。
目指すのは北。出口があるはずだ。風を吹かせて出口を探す。
走っている俺に小夏が「冬音!端を走って!」と言うので言われた通りにする。
後ろからは能力者達が「戻れ!」「騙されている!」「攻撃させないでくれ!」と言って追いかけてくるが俺には到底追いつけない。
敵意は感じない。
必死に俺の目を覚まさせようとする意志すら感じてしまう。
後味悪い。
だが俺の目的は決まった。
ひとまず東京に帰る。
そしてジジイの葬式をやってやる。
走っていると急に眩暈がする。
まだ早い。
「うっ…」
「冬音!?」
「予定だと後10分は動けるのに…。重力制御は無理があるのか?」
「風を使ってるからかも…。とりあえず食べて!」
そう言って小夏が出したのはポテチとたこ焼きとリンゴだった。
「小夏!?どこから?」
「今の端を走って貰った時に露店から拝借したんだよ。これで何分持つ?」
「多分10分。追手を振り切るぞ!」
俺はポテチを食べてたこ焼きを食べ終わる頃には外に出られていた。
「リンゴは!?」
「隠し球にする。大きな通りで保護をしてもらう!また危なくなったら芯も種も食べる!」
こうして俺達は至上委員会のアジトから逃げ出した。
日向冬音の脱走は全てモニターされていた。
暗い部屋でモニターを見ているのは冬音の母、青梅夢、そして総統の1人である平定、後は日影一太郎だった。
平定が先程聖の亡骸を抱えて飛ぶ冬音の映像を観て「おやおや、月面に居るみたいだ。…重力制御ですね」と言っていると青梅夢が「あーあ、せっかく会えたのに寂しいわ」 と言う。
平定が「そう怒らないでくださいよ。多数決で夢さんも納得したじゃないですか」と言って許しを請おうとすると呆れるように「それはそうよ。可愛い子には旅をさせろって言うじゃない。きっとあの子の道のりは過酷だわ。だからこそ真実が見えるもの」と青梅夢が答える。
「酷いお母さんですね?」
「あら、そう?でも冬音は豊さんの息子。きっと負けたりなんてしないわ」
何処か嬉しそうに語る青梅夢だったが「まあでも…」と怖い声で続けて黙り込む。
「夢さん?」
「わざと冬音の前で旧人類を虐めてみたり聖を晒したのは許せないわ」
その言い方は本当に怖く、平定の後ろに立っていた日影一太郎が「申し訳ありません」とすぐに謝った。
冬音が脱走するのは既定路線だった。
無理に繋ぎとめるよりも一度返して現実を見て戻ってきて貰おうという話になり、冬音が帰りたくなるように日影の提案で禁止していた旧人類への虐待を認めていた。
結果、冬音は出て行ったが色々と面白くない青梅夢は「一太郎は優秀だけどそこら辺が甘いのよね」と言ってため息をついていた。
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