第2話 18時半の女神。

18時半。


本来なら寝るには早い時刻。

空腹を知らせる腹の虫がうるさい。


鳴らなくても空腹なのは知っている。


一番悪いのは自分自身。

一度知ってしまうと淡い期待を抱いてしまう。

甘えたくなる。


何度玄関を見ながらため息をついた事だろう。


どうせ今日も来ない。


そう思って諦めていると玄関の扉は開く。

この時間だけ玄関の鍵は開けてあっていつでも来てもらえるようにしている。



「来たよ!冬音!お待たせ〜!」


そう言って部屋に飛び込んできてくれたのは幼馴染の小夏だった。

俺はソファから飛び降りて「小夏!マジ女神!」と言うと小夏は「あはは、毎日来れなくてごめんね」と言って笑いながらカバンから弁当箱を出してくれる。



「今日の小夏弁当は何!?」

もうお預けをくらった犬より酷い自信はあるがそんな事は言っていられない。


俺の生命線と言っても過言ではない小夏の弁当。

弁当箱からは香辛料の匂いがしてきていて、もうその匂いだけで暴走寸前になってしまう。


「冬音はそんなに嬉しい?」

「嬉しい!待ちきれない!」


俺の言葉に小夏は少し頬を赤くして嬉しそうに笑うと「簡単に説明するとカレー粉をまぶした鶏肉を焼くのをタンドリーチキンって言うんだって、それを真似してみてカレー粉をかけたカレー味のチキンをサンドウィッチにしてみたのとポテトサラダだよ」と言ってくれた。


もう、小夏の言葉は脳には届かない。

脳は必死に食べたいと言う本能と小夏の「召し上がれ」まで待つ理性とのせめぎ合いでそれどころではなかった。


「あー…、聞けなくなってるよね?冬音、召し上がれ」


俺はこの言葉と同時に小夏の弁当箱に飛びついて居た。


蓋を開くと匂いが鼻に届く。

それだけで涙が出てきた。


俺は全身全霊で小夏弁当に向かいひと口食べると旨さに気が遠くなる。


俺は「美味しい?」と聞かれて首を縦に振る。

嬉しそうに「ふふふ」と笑った小夏は「ありがとう冬音。美味しいって言ってくれるのは冬音だけなんだよねぇ」と言う。


食べながら俺は心の中で小夏に謝る。


「空腹は最高のスパイス」


この言葉は本当だろう。

多分満腹の奴らが小夏の弁当を食べてもそんなに喜ばない。



小夏の家だけは幼馴染という事もあり、俺を見捨てずに居てくれる。

でも周囲の目があって「英雄様の息子になんてものを食べさせるんだ」と言われるようになると表立って支援出来ず、周りの目があるから小夏が俺に恋をして居てお小遣いの残りでお弁当を作っている設定にしてくれている。

設定というか真面目な小夏の親は本当に小夏の小遣いでしか弁当を作らせない。

小夏は優しい幼馴染だがいくらなんでも付き合いはあるし買うものもある。

来ない時は本当に来ない。


「英雄様の息子」の俺が学校でたかるわけにも行かないらしいので俺はただただ待つしか出来ない。下手にたかる姿を見られると小夏一家が迷惑をする。


本当に英雄ってなんだソレ?


そんな訳で俺の生殺与奪は小夏が握っていることになる。


食後、ようやく人の尊厳を取り戻した俺は小夏と少しだけ話をする。

これもアリバイ工作らしく弁当を届けに行ってすぐに戻るなんてまさか好きなんて言い訳なのか?とならなくしてるらしい。


小夏は水筒からお茶をコップに淹れて渡してくれながら「能力検査怖いよね」と話してくる。水以外の飲み物も久しぶりで嬉しくなる。

俺は大切に飲みながら「まあ。それで一生決まっちまうからな」と答える。

やはり大昔にあった受験戦争とかいうのも困るが能力検査で一生が決まるのも喜べない。


「うん。きっと冬音は新人類だよね。何能力者かな?」

「俺は旧人類になるさ」

俺の言葉に小夏が「え?」と聞き返す。


「小夏は新人類になりたい?」

「んー…、なってお父さんが死んじゃってお母さんが大変だから楽はさせてあげたいかな。でもお父さんは弱い草タイプの能力者だったし、お母さんは旧人類だから私は旧人類じゃないかな?」


小夏の父親は草タイプの能力者で、土タイプと一緒に汚染地域を除染してくる仕事をしていた。

それのおかげで俺達は野菜が食えている。

…否、俺以外は野菜が食えている。


能力者は高給取りだがそれは損耗率が高いからで、高給取りと言っても言い方は悪いが平均的な生涯年収を耐用年数で割ったに過ぎない。


旧人類が年収500万で仮に20から60まで40年働いたとする。

そうすると生涯年収は2億になる。それを小夏の父さんは耐用年数15年の草能力者で10年目に亡くなったからざっと1億3000万の稼ぎがあった事になる。

結局、小夏の父さんは危険な街の端ではなく中央に家を買ったから残された小夏の生活はカツカツになっているはずだ。


俺は目の前の小夏も旧人類ならいいなと想いながら「旧人類が幸せだよ。新人類の年収が高い仕事はそれだけ危険なんだ」と説明すると小夏は頷いて「…うん。そうだよね。冬音がいつも教えてくれてるよね」と答える。


「だから新人類なんかになろうとか思わない事、なんか発生条件が曖昧で「なりたい」とか思うとなった人の話とかあるから気をつけろよな」


本当に能力者の発生状況がわからない。

生まれた時に決まっているのか、それとも成長途中で決まるのか、願ったらなるのかわからない。

小夏には可能性の全てを潰してもらって能力検査に向かって貰いたい。


「うん。ありがとう冬音。所で冬音の旧人類になるってどういう話?」

「まあ隠し球だよ。俺は父さんや母さんみたいに新人類になって使い潰されない為にも旧人類になったら料理人になって腹一杯飯が食える生活をするだけさ」


小夏は不思議そうに俺を見て「2人して旧人類だったら同じ学校だね」と言うと笑い、そろそろ帰らないとと言って帰って行った。


俺は満腹で幸福を感じながら眠りについた。

今日は朝までぐっすり眠れて給食まで耐えられそうだ。

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