8.投了
最初の方に、僕が最近没頭している、将棋のことについて書こうと思う。今日は、王将戦第五局の二日目だった。このタイトル戦はお互いの持ち時間がそれぞれ8時間である。それを2日に分けて行う。現在王将位を保持しているのは藤井聡太さん。(他に竜王、王位、叡王、棋聖も保持している。)そして、挑戦者は羽生善治九段。言わずとしれた、大棋士だ。。羽生先生は今回の王将戦が約2年ぶりのタイトル挑戦で、しばらく不調でタイトルからは遠ざかっていましたが、ここ2年で復調されている。すでに終えている王将戦の第四局まで、それぞれ先手番が勝っており、2勝ずつ星を分けている。将棋とは、先手のほうが後手より一手先に進めるため、先手番が有利だと言われている。ちなみに、藤井竜王(格の高いタイトルをひとつ名前の後につけることが多い。)は先手番で26連勝という記録である。(今現在)今回も、序盤は藤井王将(〇〇戦のときはそのタイトルを名前の後につける)が有利に進めていた。一手、羽生九段が有利になる変化もあったが、それは逃された。そして、今日も評価値でいうと80%くらい藤井王将に傾いていたが、羽生九段の決死の粘りにより、逆転をした。ただ、唯一解を見つけることができずに、藤井王将にさらなる逆転を許してしまう。そして、先ほど羽生九段が投了し、藤井王将が防衛に王手をかけた形となる。将棋について書き始めると、相当長くなりそうだが、ひとつだけ紹介して終わろう。将棋には「投了」というものがある。サッカーなど、時間によって勝負が終わらせられるわけではない。もちろん、将棋にも持ち時間というものがあるが。
将棋では、自ら負けを宣言しないといけないのだ。自分の玉がどこにも動けず、助からなくなったことを「詰み」という。その状態になり、もしくはそうなることを読み切ったら「負けました」と自ら負けを宣告し、頭を下げ、そして相手も「ありがとうございました」と頭を下げて勝敗が決する。なんと美しいことではないか。投了というのは、敗者に残された最後の権利である。最後の最後まで粘り、足掻く人もいれば、後世に美しい棋譜を残そうと「形作り」という手を指し、相手に下駄を預ける人もいる。これが、なんとも耐えられないものだ、指す方からしたら。自ら「負けました」と言わなければいけないのはどんなに辛いことか。自玉が詰んだとしても、別の手を指して「王手無視の反則」で負けるほうが気分的には楽かもしれないとすら思うことがある。今まで数時間も戦ってきて、最終的には自分の負けを認めなければならない。美しく、辛いことだ。投了する前に、水を飲む人が多い。これは掠れた声で投了するのは失礼だと考え、相手にも聞こえる声で宣告するためだという。また、投了前にはお手拭きで顔を綺麗にしたり、リップクリームを塗る人だっている。棋士の先生には、それぞれ神が降り立っている、神々しさを感じるのだ。
僕が今これを書いているのは、大好きな羽生先生の負けにショックが大きすぎてなにも手につかず、それを昇華しようと思ったからだ。先日、第四局を羽生九段が勝ちきったときは3日くらい、得も言われぬ余韻に浸ったものだ。いけない、このままだと向こう一週間は僕は落ち込むことになる!と予感したのだ。だいたい、今回は羽生さんは不利と言われる後手番だった。にもかかわらず、一時は逆転して優位に立っていたのだ。最初から最後まで一貫して不利だったのであれば、ここまで僕は落ち込んでいないのかもしれない。そもそも、僕はこんなことを言う資格はないのだけれど。何より今、羽生先生が一番悔しいはず。僕が友達と持ち時間五分くらいの将棋で負けたときに投了もなかなか心が決まらず、盤をひっくり返したいと思うくらいなのだから。二日間もかけて戦い、一時は優位に立ち、自らの失着で負けを宣告しなければならない。どんなにも酷なことか、とは思う。今の将棋中継にはAIによる「評価値」というのが必ずといっていいほどついてくる。どちらが有利かとかいうのが一目でわかるようになり、初心者とかには(僕もそうだけれど)わかりやすくなったのかもしれない。ただ、コメントを見ていると、評価値が下がるような手を指した棋士の先生に対して「間違えたか」そんな失礼なコメントが非常に多い。数字で可視化されわかりやすくなったとはいえ、そこだけを見て一喜一憂をするのはどうなのだろうか。見ているのは、コンピュータ同士の対決ではなく、人間同士の対局なのだ。ミスも必ず生まれる。今回だって、両棋士の先生の手に対して「間違えた」とか「俺でもわかるわ」みたいな意味わからないことを言う人がたくさんいたことに対して怒りを感じえない。ただ、将棋はあまりにも複雑なのでパット見てどちらが優勢かということを判断することは難しい。評価値というのがありがたい存在ということは間違いないのだが、それを盲信して自分が棋士より優れた手を見つけたというふうに錯覚する人が増えるのは嘆かわしいことである。
なんとなく将棋に興味がある方は、将棋が舞台の異色のライトノベル『りゅうおうのおしごと!』(白鳥士郎さん作)や漫画『3月のライオン』(羽海野チカさん作)などを読むことをおすすめする。そして指したくなったら、『羽生善治のこども将棋』(序盤、中盤、終盤それぞれがある。)で基本を学び、ネットなど対局を重ねていくと自然と強くなると思う。将棋には定跡というものが存在する。これを覚えると、一定の強さまでは行ける。あとは天性のセンスなど、いろいろと不可抗力があるけれど。将棋の競技人口が増えることを願っている。
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