第32話 ちょっとばかりのオーバーキル

 鎮魔樹の他にも鎮魂茸、鎮毒草、鎮育菜、鎮痛芋なんて薬草を憶え、そして採取した。

 何となく気になったのでカリーナちゃんに聞いてみる。


「ここは鎮という名前がついた薬草が多いの?」


「薬草には療、治、消、鎮、育といった効果を示す文字と聖、魔といった属性がつく場合が多いんです。そして治や療がつく薬草は基本的な薬草とされています。これは治療薬ポーションで必須の薬草だからだと思います。

 

 そして此処コルナタの森は中級相当の場所です、だから中級レベルの薬草が配置されているのだと思います」


 なるほど。


「流石特級錬金術師、詳しいね」


「設定を読むのは結構好きです」


 更に魔魂草や治覚草も採取した後、少し小高くなった見晴らしのいい場所でお昼ご飯休憩。


「ミヤさんやラッキーちゃんは昼食持ってきていますか? もし必要ならある程度は私も持っていますけれど」


「大丈夫、私分も、ラッキー君分も朝昼晩用に結構ストックしているから。

 なんなら食べる? ギロスやスブラキばかりだけれど」


 テイクアウト系は時間がある時にまとめて買っている。

 ラッキー君は結構食べるし、買っておけば料理を作らないで済むから。


「もし良ければギロスを1個いただいていいですか? 外食はあまりしないので、食べてみたいです」


 という事は作っているのだろうか、料理。

 でも人見知りなら人が多い店とか行きたくないよな。

 そう思うと納得できる。


「もちろん。野菜多めと少なめ、肉はチキンとマトンがあるけれどどんな感じがいい?」


「野菜多めのチキンで御願いします」


「わかった」


 カリーナちゃんには注文通りのギロスを紙袋に包まれた状態で渡して、私は具が4種類だけで肉がマトンのものを選択。

 そしてラッキー君はスブラキの味無し特別仕様に、ちょっとだけキャベツとトマトを食器に入れてやる。


「ラッキー、いいよ」 


 ガツガツ食べ始めたのを確認して、私達も昼食開始。


「久しぶりに食べましたけれど美味しいですね。ミヤさんは良く食べるんですか?」


「1人暮らしだし、アイテムボックス使えば腐る事がないからテイクアウトばかりかな。ギロスやスブラキの他にもスパナコピタとか、あと朝とかおやつ用にルクマデスとか」


「料理はしない主義なんですか?」


 ぎくっ。

 実は料理に限らず家事一般、私の鬼門だったりする。

 何せ長いこと実家育ちで料理をするなんて事が無かったから。


 この世界には魔法がある。

 片付けが面倒ならアイテムボックスに入れてしまえばいい。

 掃除洗濯は清浄魔法があれば必要ない。


 つまり家事のかなりの部分は便利魔法でごまかせる。

 そんな中、便利魔法でごまかせない多分唯一の家事が料理。


 そして現実の私も料理が得意ではない。

 というか思い切り苦手だ。

 袋入りラーメンにパック野菜を加える位がやっと。


 独自の味つけなんてしようものなら酷い事になる。

 だから説明書き以上の事は一切しない。

 それでもカレーですら、あまり美味しくない出来になってしまう腕前だったりする。


「ごめん、実は料理苦手。だから作らないというのもある」


「材料さえ買って貰えれば私が作りましょうか。買物は苦手ですけれど、料理を作るのは好きですから」


 それは正直助かる。

 ただ、でも……


「でも魔法を教えて貰う上に料理まで頼むのは悪いよね。それにケルキラ、テイクアウトのお店もあるし」


「いいえ、もしミヤさんが嫌じゃなければ作らせて下さい。料理を作るのは好きですから。

 ただ買い出しで人が多い市場を回るのは苦手なので、結果としてミヤさんに負担をかけてしまうかもしれません。もしそうならテイクアウトでもいいですけれど」


 それなら問題無い。


「なら御願い。買ってくるのは私がするから。ただ何を買えばいいのかはある程度メモでくれると助かるかな」


 私のセンスに任せて買物をすると酷い事になりそうだ。

 使える組み合わせが全然わからないから。


「勿論です。それじゃ宜しくお願いします」


「こっちこそ。本当はテイクアウト、毎日食べるには少し味が濃かったから助かる」


 そう、テイクアウト系は美味しいことは美味しい。

 でも私にはすこしばかり味が濃く感じる。

 毎日食べているとたまには薄味系の美味しいものを食べたくなるのだ。


 そう言えば味が薄いとは少し違うけれど、以前カレンさんに連れて行って貰ったあのお寿司屋さん、また行きたい。

 ラッキー君が来てからはテイクアウトばかり食べているのだ。

 お店にはラッキー君を連れて入れないから。


 あのお店は出前とかテイクアウトとか出来るだろうか。

 出来ればカリーナちゃんに食べさせたいなと思う。

 もっともカリーナちゃんは私よりこのゲームに長いし、カレンさんともずっと前から知り合いだ。

 だから知っているかもしれないけれど。


 ウウー

 ラッキー君が低くうなり声をあげた。

 見ている方向は左前側の茂み。

 魔物か魔獣かだな、きっと。


 ちょうどギロスを食べ終えたところだった。

 そしてカリーナちゃんはまだ食べている最中。


「私が対処するから、カリーナは食べていて」


 私は立ち上がっていつもの戦斧を出し、ラッキー君が見ている方向に集中。

 草や木の立てるカサカサ音でだいたいの大きさと居場所はわかった。

 私と同程度の大きさかそれ以上だな、これは。

 

 ただ敵かどうかはまだわからない。

 だからむやみに先制攻撃はしない。

 見えてから判断して攻撃だ。


 何せ今の私は脳筋系錬金術師。

 剣技や槍技もエア・スラッシュ以外に幾つか覚えている。


 ガサッ。

 黒い巨体にぶっとい腕。

 初めて見る魔獣だけれど、きっとこれが魔熊という奴だ。


 正直怖いけれど、カリーナちゃんがまだ食事中。

 それにカリーナちゃんが言っていた。

『ミヤさんの実力があれば、魔熊もそう怖い魔獣ではない筈ですけれど』

 その言葉を信じよう。

 

 魔熊、こちらに勢いをつけて襲いかかる。

 しかし大きいから狙いやすい。

 胴体目がけ、戦斧を出来る限りの速度で突き出す。


『槍技・閃空突!』


 お約束のテロップが出るけれど、これだけでは安心出来ない。

 だから一度突き出した戦斧を全力で引き戻し、そのまま後ろへ構える。


 戦斧の方が私本体より重い。

 だから反作用で私の体が前に飛び出るけれど、それも計算済み。

 間合いが縮まった魔熊めがけ、今度は全力で戦斧を振り下ろす。


『斧技・大地裂断!』


 うん、決まった。

 いや、少しだけ右に寄ってしまったか。

 魔熊の左肩から股間にかけ、ばっさりと両断。

 魔熊だったものは血を吹き出して倒れる。


「ミヤさん、ちょっとオーバーキルです。最初の突きだけで充分倒せています。それじゃ素材がとれません」


 しまった、やり過ぎたか。

 でも最初だから仕方ない。

 安全第一だし。


※ スパナコピタ

  チーズとホウレンソウのパイ。ギリシャ料理。


※ サガナキ

  ギリシャの前菜でチーズを油で泡立つまで焼いて、レモン果汁とコショウで味付けした料理。使われるチーズはとろけるタイプではなく、シャキシャキとしたそこそこ固いもの。

  なお小さなフライパンで作る料理一般をサガナキと呼ぶ事もある。小エビとかムール貝をフェタチーズとともに焼いたりするのも定番。


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