第27話 南へ走れ

 カレンさんのメモによると、手紙を渡す相手はカリーナさんという錬金術師。

 元々は格闘家だったけれど転職してギルド認定錬金術師(特級)まで取ったそうだ。


 現在はメリティイースの森で一人暮らしをしていて、森の薬草等から作った治療薬ポーション等を錬金術ギルドや薬店に卸して生活をしているらしい。


 彼女が住んでいるというメリティイースの森南部まではおよそ20km。

 普通はケルキラから行く場合はモライティカの街までゴーレム馬車で行って、そこから西へ1時間歩くらしい。

 ただしカレンさんのメモにはこう書いてあった。


『ミヤちゃんとラッキーちゃんなら走って行った方が速いし楽しいと思うわよ。体力的には全く問題無いから。そうすれば途中で魔物や魔獣を狩ることが出来るし、薬草を見つけたりする事も出来るしね』


 走って行く場合のお勧めルートなんて地図まである。

 人をどれだけ脳筋だと思っているのだろう。

 全くもってその通りなのだけれど。


 他に特にやる事も無いし、頼まれた事はさっさとやっておいた方が気分が楽。

 だからカレンさんから手紙を受け取った翌日の朝食後、晴れていたのでラッキー君に聞いてみる。


「天気が良さそうだから、手紙を渡して来ちゃおうか?」 

 

 ラッキー君は尻尾を振って玄関の方を見た。

 これは行くという事だな。

 そう勝手に解釈して、出かける事に決定。


 家具類を除くほとんどの私物はアイテムボックスに入れっぱなし。

 食事だって予備を含め20食分以上は持っている。

 だから思い立ってすぐ出かけても全く問題は無い。 


 遠くへお出かけと言っても途中まではいつもと全く同じ。

 戸締まりをしてラッキー君と家を出て、南西の街門を出るところまでは全く一緒。


 門の外へ出て、そしてラッキー君に声をかける。


「さて、今日は少し遠くへ行くから走るよ」


 ラッキー君は『?』という表情。

 でも走ればすぐにわかるだろう。

 そう思って走り始める。


 ラッキー君、すぐについてきた。

 流石に犬だけあって私の小走りくらいは余裕という感じ。


 道は石畳だけれど、履いている靴のおかげか割と走りやすい。

 ハイカットだから走りにくいのかと思ったが、そういう事はないようだ。

 革が柔らかくて底がほどよく分厚くクッションがきいている。

 そして朝の空気が気持ちいい。


 現実でもこれくらい走れる体力があればなあ。

 そう思いつつ気持ちよく走って行く。


 ガウガウ。 

 ラッキー君が敵がいる時の吠え方をした。

 走りながらだといつもの斧は邪魔だよな。

 そう思って短剣ショートソードを右手に出す。


 道の脇から出てきたのは青紫色のスライムだ。

 面倒なので一撃で。


『剣技:エア・スラッシュ!』


『スライムを倒した。経験値5を獲得』


『スライムの魔石入手可能です。収納しますか?』 


 走りながら全てを確認して魔石も収納。

 この程度なら小走りしながらでも処理出来る。

 足を止める必要はない。


『魔魂草を発見しました。採取しますか?』


 これも走りながら採取・収納だ。

 この辺りは最近の薬草採取兼魔物・魔獣狩りで慣れた作業。

 勿論対象の魔物がエア・スラッシュで倒せる雑魚なら、だけれども。


 ◇◇◇


 1時間ちょっと走って、ちょうど座るのに良さそうな岩が道ばたにあったので小休止。

 身体的には全く疲れを感じていない。

 少し汗をかいたけれど、それも心地いいかな位だ。


 とりあえず水を飲み、ラッキー君にも食器を出して水を入れてやる。

 1時間走ったせいか小腹が空いた感じがした。

 確かおやつ用にルクマデスを何箱か買っていたよな。

 アイテムボックスからたこ焼き6個入りサイズくらいの小箱を取り出す。


 ルクマデスとはたこ焼きよりやや小さめサイズの揚げドーナツ。

 噛みつくとシナモンの香りが広がり、ジュワッとシロップが染み出てくる。


 小箱にはルクマデス10個がぎちぎちに入っていた

 さっそく1個、口の中へほうり込んで噛み噛み。

 うん、この甘さが疲れに効きそうな感じがする。

 まだ全然疲れてはいないけれど。


 ラッキー君が私の膝にくっつきそうなくらい目の前近くでお座りする。

 何を訴えているのかは明らかだ。


「ラッキー、すぐ食べちゃうから勿体ないんだよなあ」


 そう言いつつも1個やる。

 案の定瞬時に飲み込んで、『まだ足りませんよ』という表情。


「それじゃ私が食べてからね」


 意味がわからない、もっと寄こせという表情をする。

 しかし騙されてはいけない。

 犬、少なくともしっかり可愛がられて育った犬は飼い主がいわんとしている事をほぼ理解出来る。

 犬にとって都合が悪いから、わかりませんという顔をしているだけだ。


 だから私はラッキー君を無視してルクマデスを頂く。

 1個食べる毎にラッキー君の顔が近づく。

 よだれがつきそうな程ラッキー君の顔が近づいてきて邪魔だ。

 しかしここで負けてはいけない。


 それでも6個目を食べたところでそろそろ限界。

 これ以上近づかれると食べるのも困難だ。

 仕方ない。

 私は立ち上がって、ラッキー君に指示。


「お座り!」


 ラッキー君、ここぞとばかりにびしっとお座りポーズを取る。

 まだ一週間程度しか一緒に暮らしていないけれど、こういった指示はひととおり出来るのだ。

 おそらくは昔、人に飼われていたのだろう。

 だからこそ私に簡単に懐いたのだろうし。


 それではいい子でお座りできたラッキー君に、褒美をやるとしよう。

 ただ甘いドーナツというのは犬には良くない気がする。

 いくら『現実の犬と異なり、人間が食べるものなら何でも与えて大丈夫です』とあってもだ。


 だからラッキー君用に買っておいたものがある。

 スブラキという、肉を串に刺して焼いたものだ。

 焼き鳥と同じようなものだと思えば間違いない。

 今回の場合、肉は豚肉だけれども。


 食器をもう1個出して、串を外した肉を入れる。

 細切れ肉5個分、食事では無くおやつだからこれで充分だろう。


「はい、どーぞ」


 食器を置くと同時にラッキー君、がっついた。

 1秒も持たないのは予想の範囲内。

 でも残りのルクマデスは渡さないぞ。

 私はゆっくりと7個目を味わった。


※ ルクマデス

  たこ焼き、あるいはそれ以下サイズの球形揚げドーナツ。本来は揚げたてにハチミツとシナモンをかけるのが定番。

  今回は店のオリジナルで、シロップを染みこませたタイプ。


※ スプラギ

  小さく切った肉を串焼きにしたもの。肉は豚、鶏、マトンと色々。現地ではギロスと同じ意味だったりするけれど、このお話では、

 ○ ギロス:ギロピタのこと。つまりピタパンにはさまったもの

 ○ スプラギ:串にささった状態のもの

という方針で。

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