第9話 便利なオートコンプリート

 入会申込書は名前と種族、年齢、錬金術経験等を書く必要がある。

 異世界言語なんて勿論書けないけれどそこはゲーム、日本語で問題無い。

 真面目に自分の手で書く必要すらなかったりする。


『オートコンプリートを使いますか?』


 ペンを握って入会申込書に向かったところで視界に半透明のメッセージが入った。

 Ex●elの便利機能かい!

 なんて思いつつ肯定すると同時に紙上に自動的に文字が浮かぶ。


 これは便利かつ楽でいい。

 現実でも是非実用化して欲しいくらいだ。

 絶対に無理だとわかってはいるけれど。


 浮かんだ文字を確認する。

 錬金術経験が白紙のところを含めて間違いない。

 自動で記入済みとなった申込書を自称カレンさんへ渡す。


「ふんふん、なるほどねえ。つまり錬金術師にはなったけれど経験はまだ無いと。

 なら一度初心者講習を受けるのはどうかしら。初歩中の初歩から最低でも初級治療薬ポーションを作れる位までは面倒見るわ。必要な材料も講習分はこっちで揃えるわよぉ」


 それはなかなか有り難い。

 なら是非、そう言いかけて気付いた。


「講習料はどれくらいかかるのでしょうか。私、まだこのゲームを始めたばかりなので……」


「そんなのいらないわよ。講習で作った治療薬ポーションや素材類をそのまま講習料金に充てるという形だからねっ。

 でも宿や食事については自分で用意してね。まあ普通は3日やれば中級治療薬ポーションまで作れるようになるから、そのくらいを目処にして。

 もしその分の蓄えがなければ、討伐とか薬草採取であらかじめ準備して頂戴っ♡」


 なら大丈夫だ。

 2泊3日と言わず、10日程度は引きこもれる程度の蓄えはある。

 ただその前にもう少し確認しておこう。

 

「お金の方は大丈夫です。ところでその初心者講習は此処でやるのでしょうか?」


「上の調合室でうちの職員のデミオ君が教えるわ。午前9時から午後4時まで、途中昼食休憩1時間という感じよぉ」


 少し意外に思ったので聞いてみる。


「カレンさんが教える訳じゃないんですね」


「私は錬金術ギルドおみせの顔だからね。ここが定位置なのよぉ」


 何故かここで完璧なウィンク。

 顔という単語には色々な意味がある。

 だからここではとやかく言わない。


「それにデミオ君の方が教えるのは適役だわ。NPCだから日や時間によって中身が変わる事が無いしねっ」


 私はNPCではないけれどフルタイムいるけれどな。

 そう思いつつ、そしてふと気付く。


「そうか、カレンさんもいない時があるんですね。当たり前ですけれど」


「いない時はAIが私の代行をしてくれるんだけれどね。どうしてもいつもと様子が違うらしいのよぉ。やはり私の繊細さはAIではカバーできないのねっ♡」


 繊細さというには外見的に厳しい気がするけれど、それはさておいて。

 ゲーム世界は現実の24倍速で動き続けている。

 食事を食べて風呂へ入って1時間なんてしたら、ゲーム内では余裕で1日が経過。

 何かあって1日ログインしなかったら、ゲーム内では24日過ぎている訳だ。


 そのようにプレイヤーがログアウトしている時、このゲーム内にいる分身アバターは、

  ① 一時的に不在という事で消えている

  ② AIにより自動的に動き、プレイヤーが動かしていたのと近い行動を取る

のどちらかを選ぶ事が出来る。

 カレンさんは②の方を使っているようだ。


 ギルド支部長マスターなんて役職持ちなら不在にも出来ないだろう。

 私の場合、睡眠時間は①を使って姿をくらますつもりだけれど。

 ゲーム内で定職を持っている訳ではないので。


 その辺はともかくとして、講習の方は問題無さそうだ。

 ならもう1つ確認をしておこう。


「あと借りられる部屋というのも見せて貰っていいですか?」


「勿論よぉ。それじゃデミオく~ん」


 奥から階段を下りるような音がした後、20代前半くらいの若い男性が姿を現した。

 大学によくいる量産型理系男子学生という感じの人だ。


「会員になってくれたミヤちゃんよ~♡。上の部屋を見てみたいというから、居室と共用部分、あと調合室を案内してあげてっ♡」


「わかりました」


 デミオくんと呼ばれた男性はカレンさんに軽く頭を下げた後、私の方を見る。


「それではこちらになります」


「あ、あと会費まだ貰っていないから徴収しておいてね。あと部屋を借りるならその料金もO・NE・GA・Iっ♡」


「わかりました」


 デミオくん、いや見た目的には今の私の分身アバターより年上だからデミオさんかな。

 その後ろについて階段を上へ。


 ◇◇◇


 案内された部屋は3階だった。

 古びてはいたがベッドや机、カーテンがあり、室内もきちんとしている。


 広さは今までの宿屋の部屋よりむしろ広いくらい。

 窓は通り側で見晴らしもいい。

 風呂・トイレは共用だけれどそれなりにきれいだ。


 この辺は使用者が清浄魔法を使えるからかなと思う。

 いずれにせよこれで宿より安いのだから文句はない。


 調合室は大部屋が2、個室タイプが3。

 大部屋の1つでは3人の錬金術師が作業をしていた。


「私や支部長マスターは他の仕事がありますので、普段はアルバイトで錬金術師を雇っています。時給は300Cカルコスで、1日6時間労働で御願いしています」


 300Cカルコスで6時間なら1,800Cカルコスか。

 だったらノロイグアナハンターの方が儲かるなと思う。

 でもまあ、600Cカルコスあれば宿を借りて3食食べられる。

 その3倍と思えば案外悪くない。


「わかりました。それでは先程の部屋を借りて、そして初心者講習も御願いしようと思います」


「わかりました。それでは部屋の借用依頼書と初心者講習の申込書です」


 勿論今回もオートコンプリートで一発だ。

 なかなか楽でいいぞ、ゲーム世界。

 これでは余計に現実に戻れなくなるかもしれないなと感じる。

 それでも別にいいのだけれど。 

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