第90話 茜差す部屋で語られる真実とは(10)

「となると、学校に着くのは十時三十五分前後になるのかしらね。その間校長先生はずっと駐車場で待ってたのかしら」

「はい。相当焦りはあったでしょうが、今更引き返すことも出来ないでしょうからね。車の中でまんじりともせずにいた筈です。そしてそれこそが熊谷先生の狙いだったんです」

 学校で校長がフル先を殺したという風に見せかける為にはいくつかハードルがある。

 一つは死亡推定時刻の問題だ。でも、例えばアリバイトリックを用いるような場合とは違う。列車を使った時刻表トリックの様にギチギチなタイムスケジュールを組む必要はない。

 監視カメラの映像により、フル先は十時十五分頃に家を出た事になっていた筈。実際に熊谷先生がフル先を吊り下げたのはその少し前くらいという事になる。ここで矛盾が起きる恐れがあるようにもみえる。

 が、首を吊っても人はすぐに即死することは無い。睡眠薬が効いているから身動きはとれないとはいえ、下に落ちてブルーシートにくるまったフル先はまだ生きていた可能性が高い。ひょっとしたら熊谷先生が運転する車の中で息を引き取ったかもしれない。つまり、実際の首吊りの時間と死亡時間にまずズレができるのだ。

 更には最近では検死解剖などの結果によってかなり正確に特定できるという話を聞いたことがあるが、それでもぴたりと当てることは不可能だろう。そう考えると死亡時刻は十時三十分から四、五十分くらいの想定で考えれば、この点に関して矛盾はそう起きない筈だ。

 ただ、これに合わせて校長自体の動きを考える必要がある。校長が睡眠薬入りのコーヒーをフル先に飲ませて首を吊らせたという状況を作り出すには当然校長とフル先が学校で出会い、ある程度のやり取りをしたという事が前提となる。

 だから、出来る限り校長には身動きさせずに他の人の目には触れさせないのが得策だ。十時から駐車場にずっといさせるのは少し長いかもしれないが、ある程度の余裕を持たせる意味でもそれくらいが丁度良かったのだろう。

「で、熊谷先生はそんな校長先生は無視してまず学校へ直行した訳よね」

「そうです。恐らく、裏口の業者搬入口に車を停めたんです。そして、降矢先生のカードキーを使い校内に入ると、台車を使って降矢先生を運び入れました」

 後は言うまでもないだろう。その後はエレベーターを使って四階に上がり理科準備室まで持っていくのは訳ない、そのまま彼の身体をベランダまで移動させる。その後、

「熊谷先生は一旦外へ出ました。そして有料駐車場で待っている校長先生の所まで行って声を掛けたんです」

「なるほど校長先生に学校の駐車場を使わせなかったのは、校内で工作している所を目撃されると不都合だったからというのもある訳ね。そしてお膳立てが済んだ後、自分で校長先生を呼びに行ったと」

 流石に刑事だけあって滝田さんは飲みこみが早かった。私が説明するべき点もするすると理解してくれる。

「そうです。そこで熊谷先生は【降矢先生から案内するように頼まれました】と言って校長先生を先導します。そして理科準備室の真下まで行くとここで待つように指示しました」

 強迫の証拠を引き取りに来るなどという後ろめたい状況だ。校長にしたって校内に入ったという記録は残さない事が望ましい筈。

 そうしておいて熊谷先生は校内へと入り、理科準備室のベランダまで行くと校長に声かける。

【校長、お金を地面に置いてください、証拠の封筒と交換します】言われた校長は慌てて地面にお金の入った封筒を置く為にその場に屈みこむ。と同時に、熊谷先生はその上にフル先の身体を投げ落とした。

「はあ。凄いわね。人間凶器って言葉はあるけど、そのまんま人間を凶器として使ったちゃった訳だ」

 妙な事に感心した様に言う滝田さん。でも、私は大まじめに返事を返す。

「その通りです。良く一人でこれだけの事をやり遂げた物だと思います。そして後は、実際に降矢先生の首を吊り上げたロープの端を理科準備室のベランダ柵に括り付ければ偽装工作完了です」

 実際に首吊りに使われたロープなのだから、切れ目はバッチリと合うという訳だ。

「その後、証拠品の封筒を地面に落として校長先生のぽっけにコーヒー缶をねじ込んだという所かしらね」

「そうでしょうね。更に最後、熊谷先生はえりなの家に行きました。再度持ち出した制服を返さなければなりませんからね」

「確か遺体を焼くときに一緒に入れて欲しい物があるって言う口実で戻ったのよね。それが目的だった訳か。上手い言い訳を考えた物ね」

「どうでしょう。それも本心ではあったのかもしれません。恋人との最後の別れの挨拶です。しかも、その仇敵を二人見事討ち取っての帰り道です。その戦果報告の意味合いもあったのかもしれませんね。違いますか? 先生?」

 この長い話もいよいよ大詰めを迎える。途中からすっかり黙りこくった先生に対して私は鋭い顔を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る