第89話  茜差す部屋で語られる真実とは(9)

「もう、その時点で既に降矢先生はスヤスヤお休み中だったという事かしら」

「恐らくそうでしょう。その中で部屋に侵入した熊谷先生がまずしたことは校長先生にメッセージを送る事でした」

 校長は既にフル先から脅迫を受けていた。勿論、証拠の存在も知っていた筈だ。彼にしてみればそれは喉から手が出る程欲しかっただろう、これまでに何度か引き渡しを頼んでいたのではないか。が、こんなに美味しいネタをやすやすとフル先が手放す訳はない。

 そこへ当のフル先から証拠を引き渡すと言ってきた。金額は大きいがそれは校長が望んでいた事だ呑むしかないと想っただろう。でも、それは全て熊谷先生の策略の一部だった。

「つまり百万円の脅迫メッセージは熊谷先生が送ったという事ね。一体何のためかしらね~」

 滝田さんは穏やかに先生へ目線を向けながら言った。恐らく分かっていて言っているのだろう。

「はい、その理由は言うまでもありません。校長先生を学校に誘い出して降矢先生を殺したという風に見せかける為です」

「つまり、私は降矢先生だけでなく校長も殺したといいたい訳?」

 私の言葉に対して飽くまで熊谷先生は挑戦的な表情を崩さすに言う。

「ええ。初めからそう言ってます」

 熊谷先生にしてみれば、校長はフル先に脅迫されていたとはいえ彼の卑劣な計画に手を貸した憎き相手だ。この機会を使っていっそ二人一緒に亡き者にしてしまおうと考えても自然だろう。

「まあ、考えてみれば、指示内容も込み入っていて不自然だったものね。確か十時に学校の傍にある駐車場に車を停めて待機しろとかでしょ」

 滝田さんはメッセージの内容を確認しながら言った。その内容の通り指示は大まかにこんな所だ。まず、金百万円を用意する。そして十時までに学校の近場にある駐車場に車を停めて待機せよというもの。そして実際校長はお金を用意して十時頃に駐車して待っていたのだろう。

「それは熊谷先生の計画にとって必要なことだったからです。一方、重要なのはそれと同時に行われていた熊谷先生の行動です。時間は十時十五分前後でしょうか。貴方はその場で降矢先生を殺しました」

 私が放つその言葉。それはとてもショッキングであり又重要かつこの事件の核心部分をついたものだった。一方、熊谷先生は冷静に言葉を返す。

「ちょっと話が飛び過ぎじゃない? 殺したって言うけど、場所は部屋の中なんでしょ。でも、その後降矢先生はマンションを出て行く所が監視カメラに映っているんじゃなかったっけ?」 

「確かにカメラには駐車場へ向かう降矢先生の後ろ姿が映っていたという話はありましたね。でも、それも後ろ姿です。顔が確認された訳じゃない。それも熊谷先生、貴方だったんじゃないですか? 貴方は降矢先生を殺した後に彼の服を着た。そして、男性用のウィッグを着用すると表に出たんです」

 優斗君が言っていた演劇部のウィッグが見つからないという話は恐らくここへつながる。熊谷先生が持ち出したのだろう。つまり熊谷先生は入る時、出る時と別の人物にそれぞれ成りすまして出入りしたということになる。いずれにしても彼女が出入りした痕跡は残さずにだ。

「ふーん。成程ね、私が降矢先生になりすまして表に出た。いいよ。仮にそれを認めたとしよう。でもそれだと肝心な部分が説明できないじゃない」

「肝心な部分とはどの部分ですか」

「言うまでもないでしょ。降矢先生の死体だよ。貴方の推理だと彼の死体はまだ部屋の中にあることになっちゃうよ。それをどうやって持ち出したっていうの?」

「持ち出す? そんな事をする必要はないんですよ。熊谷先生が表に出た時、降矢先生の死体は既に外に出ていたんです」

「はあ? そんな馬鹿な? 死体が勝手に表に出たというの?」

「勝手にじゃなくて貴方がそうなるように仕向けたんですよ。しかもその手段は非常にシンプルかつ簡単なものです。貴方は降矢先生の部屋のベランダに出てそこからロープをたらした。そして、降矢先生の首にそれを巻き付けて首吊り状態を作り出したんです」

 つまり、首吊りの現場はこの理科準備室じゃない。フル先の部屋のベランダだったのだ。しかも、

「更に、首吊り状態になった後、今度はロープを切って彼を下に落としたんです」

 これにより、彼の身体を監視カメラに映すことなく外に持ち出すことが出来たわけだ。勿論この時にロープを回収することは忘れてはいけない。

「一応尤もらしくは聞こえるけどね、そんな事したら、流石に後が残るんじゃないの? 真下は駐車場でしょ。彼の血とか体液が散らばってたら流石に気付かれると想うけど」

 私の言葉が効いているのかいないのか。最早判断が付かない口調と表情で、それでも熊谷先生は反論を試みた。

「はい。なので、それをカバーするためにブルーシートを下に敷いたんだと思います。そしてそのブルーシートで降矢先生の身体を包んだ。更に、降矢先生の部屋の真下には降矢先生の車が置いてあるそうですね。貴方はその中に彼の身体を放り込んだ。そして、その車で学校へ向かったんです」

 因みに、今宮先生から聞いた話。校長とフル先の死体に熊谷先生がブルーシートを持ってきて掛けたと言っていたと思うがそのブルーシートはこのフル先の身体を包んだ物だったのだろう。

 人一人を包むくらいの大振りのブルーシートだ。処分するのにも大変。とはいえ、万が一調べられたら事だ。付着した血液などを洗おうと想っても洗いきれない可能性もある。

 だから、死体に被せるという方法を使った。これならフル先の血液が付着していても怪しまれないからだ。

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