第88話 茜差す部屋で語られる真実とは(7)
その段階では先生もエリナが何故転落したか理由は分かっていなかった筈だ。ただ、スマホが警察に回収されれば内容から自分たちの関係が知られてしまうという頭はあった。エリナの今後を考えてもまずは隠すのが先決だと考えた。
「確かに彼女がスマホを持っていたとしたらそれを自然に回収できるのは熊谷先生ということになるわね。でも、その後先生は二見さんが犯行を企てた事に気づいたのかしら」
「はい。気づいたと思います。というより、エリナは殺人計画を練るに当たって何らかの形でそれをまとめて残したんではないでしょうか。例えばスマホのメモ機能などの中です」
熊谷先生もスマホの中身を確認してその後にすぐ気づいた。言うまでもなく先生はエリナがフル先を殺そうとしたその理由を誰より良く理解している。すぐに何が起きたか察したに違いない。
「降矢先生が狙われた上に二見さんが返り討ちにあった。つまり犯人は降矢先生だとわかっていたという事ね。でも、何故熊谷先生はそれを警察に伝えなかったのかしら」
「それを伝えたらエリナが人殺しを画策していた事が知られてしまう。彼女の名誉を守るためにもそれを公表したくなかったんでしょう」
フル先も熊谷先生がそれを隠したいことはわかっていた。だから、彼女が自分の事を警察に告発する可能性は低いと踏んだのだろう。そして確かに熊谷先生は確かにその様に行動した。が、それにプラスしてある感情が湧き上がっていたのだ。
自分が愛した女の子を殺した相手。いや、そもそも彼女との仲を引き裂いた卑劣な脅迫犯でもあるフル先。彼に対する殺意が膨れ上がったとしても当然の流れだろう。気持ちとしてはエリナが遂げられなかった殺人を完遂するという使命感の様なものも感じたのかもしれない。
「……つまり、私が降矢先生を殺したと言いたい訳ね? でも、校長先生が彼を殺したって言う話になってるんじゃないの?」
私の思考を読み取ったのか、熊谷先生は早々とそんな反論の言葉を口にする。
「私はそれも貴方がその様に見せかけるために仕組んだトリックだと思っています」
「へえ。面白そうな考えじゃない。降矢先生はここのベランダで校長に首を吊られて殺された。そして、その真下に居た校長が下敷きになって死んだ。そう聞いているけど?」
「いえ。違います。私は貴方が全て行った事だと思っています」
「全部って流石にそれは無茶苦茶じゃない? 私一人でそんな大それたこと出来ると想うの?」
挑戦する様な顔を向けて言う先生。でも、私も怯むつもりはなかった。
「簡単ではないでしょうね。でも、やってやれないことはない筈ですよ。今から説明します」
「そう。じゃあ、説明してもらいましょうか」
ここからが言わば第二ラウンド。いや、寧ろ彼女自身にぶつけるべき話としてはここからが本チャンか。
「はい、わかりました。滝田さん、月曜日に職員会議がありましたね。その時に降矢先生と熊谷先生が最後に会ったのはいつか警察は把握してますか」
私の急な質問に滝田さんは手に持った端末を操作しながら答える。
「えっと待ってね。警察の記録だと、二人は一緒に駐車場に行って車に乗った時点で別れたという話だったわ。そうでしたわね?」
「どうですか? 熊谷先生? それに間違いありませんか」
「うん、それは間違いないよ。そんな嘘をついても仕方がないしね」
熊谷先生もそこについてはあっさりと認めてくれた。話が早くてありがたい。
「ありがとうございます。熊谷先生。私はその時に先生が降矢先生にあるものを渡したと考えています」
「ある物? また回りくどい言い方をするのね。さっきも言った通り言いたいことがあるならストレートに言ったらどう?」
声には芯からの苛立ちが垣間見えた。それが回りくどい言い回しについてなのか、これからする筈の話題による心理的影響なのかは測れない。
「では言いますね。それは保健室の冷蔵庫に入っていた降矢先生の缶コーヒーです」
正確に言うとえりなが睡眠薬を仕込んだボトル缶コーヒーだ。
「なるほど、犯行に使おうと想っていたコーヒーはまだ残っていたんだものね。それを渡したって事か」
「そうです。そして渡す際に【貴方のコーヒーが保健室の冷蔵庫に残ったままだったよ。間違ってボトルの蓋を開けてしまったから早めに飲んだ方が良いんじゃない】とか何とか言って渡したんです」
言われた降矢先生はその場か車の中でコーヒーを飲んだ。
「という事は、帰りついた後に薬が効き始めて家でぐっすりって感じじゃない? でも、その後彼は家を出て学校までやって来てるわよね」
滝田さんの言う通りフル先は恐らく家に帰りついて程なく眠りについた。熊谷先生もそれを当て込んで行動した筈だ。
「はい、その点については今から説明します。問題は熊谷先生のその後の行動です。先生はエリナの家に立ち寄りましたね。その時の事をエリナのお母さんに聞いたんです。先生は暫くエリナの部屋に一人で居させて欲しいと言ってこもったそうですね。間違いありませんか?」
「ええ。あの子の想い出に浸りたかったからね。それに何か問題があるの?」
「いえ。それだけなら特に問題ありませんよ。私もそうしましたから。ただ、先生。貴方、エリナの部屋からある物を持ち出しましたよね。これも回りくどい言い方は止めましょうか。それはエリナの制服です」
あのクローゼットにかかっていた白いブレザーの制服。先生はそれを持ち出したのだ。そして、
「ああ、なるほど。そういう事ね」
私の言葉に滝田さんが感心したような言葉を発した。説明するよりも前に彼女は気が付いた様だ。
「そうです。犯行当日、降矢先生のマンションのカメラに写っていた制服姿の女性。それはエリナの制服を着た熊谷先生。貴方だったんです」
有吉刑事から見せられたカメラの映像。それを私は一瞬エリナと見間違えた。でも、それも無理ない事だったのかもしれない。先生とエリナの背格好も髪型も似ていたし実際に着ていたのはエリナのものだったのだから。
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