第86話 茜差す部屋で語られる真実とは(5)
「あの子が人殺しだっていうの? そんな筈ないじゃない。だってそもそも死んだのはあの子でしょ」
激しい口調で言う熊谷先生。でも私は慌てず騒がずに言葉を返す。
「はい、その通りです。ですので、エリナは自分の計画を完遂することは出来なかったという事でしょう」
「でも、実際には降矢先生に対する殺人計画を考えて実行しようとしていたという訳ね」
滝田さんはとても冷静に答えた。後ろの品川刑事も全く表情を変えない。
でも、それは別に意外なことではなかった。そもそもエリナが転落した後、滝田さんから事情聴取を受けた際に言っていたじゃないか【彼女が殺したい程恨んでいる相手。殺意を抱いている相手って心当たりないかな】と。
つまり警察はその疑いも含めて捜査に臨んでいたという事なのだろう。そこに引っ掛かっても仕方がないので話を進める事にする。
「滝田さん。以前病院でお会いしましたよね。エリナが病院に通院していたという話でした。その時に聞いた限りでは彼女が何科にかかっていたかは教えて貰えませんでしたが、話の内容で大体想像が付きました。彼女は心療内科に通っていたんですね」
「もう、知ってるんなら隠しはしないわ。その通りよ」
精神的に極度に落ち込むことがあり、眠れないという症状を訴えて病院に通ったという話。熊谷先生からもそれは確認できたことだ。
でもそれは学校でのエリナの様子とは合致しなかった。勿論、表に出ている事がその人の精神状態の全てではないが、それにしても余りにも意外なものだった。
そしてこの間えりなの自宅に行った時に薬がおいてあるのも確認した。そこで気が付いたのだ。彼女が言っていた症状で処方してもらった薬。それは睡眠導入剤などの睡眠薬だったのではないか。そして、これを手に入れる事が彼女の目的だったのではないかと思ったのだ。何の為か。フル先を殺すのに利用する為だ。
一介の女子高校生が大人一人殺すのは簡単ではない。だから、眠らせてその隙に殺そうとしたのだろう。
又、フル先は熊谷先生に対してお酒と薬を使って眠らせて襲う事を計画した。そしてそれが理由で自分たちの関係が露見してしまった。だから、それと同じ手段で殺してやろうという意味合いもあったのかもしれない。
「つまり彼女は降矢先生に睡眠薬を飲ませて殺害しようとしていたという事? でも、そんな簡単に薬を飲ませる事なんて出来るかしら?」
「普通なら難しいと思いますが彼女には当てがあった。それは降矢先生がカフェインの離脱症状を抑えるためにノンカフェインのコーヒーを飲んでいた事。そして、それを保健室の冷蔵庫の中に保管する習慣があった事です」
「なるほど、冷蔵庫に保管されているコーヒーに睡眠薬を仕込んで飲ませるつもりだった訳ね」
滝田さんは感心した様に言っていたが、保健室の冷蔵庫の件が重要なことであるというようなことも彼女は言っていた気がする。それとなく気づいていてはいたのだろう。
「そうです。幸い、それはボトルタイプのコーヒーだったので飲み口を開けて薬を混入することも出来た訳です」
エリナは保健委員だったからフル先が保健室にコーヒーを置きに来た場合いつ取りに来るか大体知っていたのだろう。そして、フル先がコーヒーを取り出すタイミングを見計らった。
「その後の彼女の計画は恐らくこういう物です。あの日降矢先生は職員会議が終わった後一人で理科準備室にこもって仕事をする事になっていました。その前に彼はコーヒーを取りにやってくる。そう踏んだわけです」
わざわざ冷蔵庫に置いて冷やしたコーヒー缶だ。ぬるくなる前には飲んでしまうだろう。睡眠導入剤の効き目は10~30分。だから五時から五時半くらいまでの間で犯行を考えていた筈だ。
「彼女の望み通りの展開になったとして熊谷先生は理科準備室で眠ってしまう訳よね。でも彼女はわざわざ屋上に上がった。おかしくない?」
「はい。だからこそ、そこから大体彼女の考えていた計画を割り出せます。理科準備室は屋上の真下にありました。その位置関係を使って殺人工作を行おうとしたわけです。まずは現場に自分が訪れた痕跡を残さない様に注意を払いました。その為に頭に三角巾を被り、ゴム手袋をしたんです」
ゴム手袋は指紋が付かない様にするため。では三角巾はどうか。
三角巾を頭に被る理由。料理をする、給食当番の時に被る。いくつかあるだろうが、その目的は一つだ。髪の毛を落とさないようにする事。
殺人の証拠として指紋は言うに及ばず髪の毛もかなり有力な証拠になってしまうという話は知る人なら知る話だ。鑑定すれば血液型からDNAまで特定することが出来てしまうらしい。
「なるほどね。指紋を残したり髪の毛が現場に残っていたら致命的だものね」
「そうです。靴を扉前に遺したのもその為です。建屋内はホコリだらけで靴のまま屋上にあがれば跡が残ってしまう。だから、彼女は靴下で屋上にあがりました。そして、恐らく柵からロープを縛って垂らしたのです」
「ロープ? どこかで聞いた話ね」
恐らく彼女が言っているのはこの後に起こったフル先と校長の死亡事件についてだろう。が、その話題はまだ早い、まずはエリナについてだ。
「そうですね。まあ、その話はもう少し後にしましょう。まずはエリナの計画からです」
そのロープの先には輪っかがついていた。そしてそれを理科準備室のベランダの柵上辺りまで垂らす。
そして、エリナの計画ではこうなる予定だった。眠った後のフル先の首にロープを掛ける。更に彼のポケットに屋上の鍵を突っ込んだ後、ベランダからそのまま突き落とす。
状況から見たらどうだろう。彼が鍵を持ち出し自分で屋上に上がりそこから首を吊った様に見せかけられるという訳だ。
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