第83話 茜差す部屋で語られる真実とは(2)

「エリナの携帯やメッセージ。私的なメールのやりとりなんかをみても親しい男性の物は見られなかったんですよね」

 黙っている熊谷先生を後目に私は滝田さんに尋ねてみた。

「警察が把握している限りではなかったわ。でもね、それを言うなら、二見さんのやりとりの中にも熊谷先生とそんな関係を思わせる内容は見つけられなかったわよ。流石に恋人同士ならそれっぽい内容があってもおかしくないんじゃないかしら」

「そこは私も重要な部分だと思います」滝田さんへ返事をした後私は先生に目を向け直して言った。

「先生、前に伺いました。エリナとクリスマスにプレゼント交換をしたという話がありましたね。彼女はスマホカバーを貴方に贈った。そして彼女も同じハートマークのお揃いの物をはめていた」

 ピンク色のスマホカバー。この目で見たのだから間違いない。

「ええ。その通りよ。それは嘘じゃないわ。別に隠すことでもないしね」

「では、これに見覚えがありますか?」

 言って私はエメラルドグリーンのスマホカバーを持って彼女の目の前に突き出して見せた。あの時エリナの自宅でお母さんに頼んで貰った彼女の遺品だ。

「そ、それは……」

 流石にこれを私が持っていると想わなかったのか、先生は言葉を詰まらせてしまう。

「先週、私は彼女の自宅へ訪れました。これはその時に机の上においてあったスマホに嵌めてあったものです。滝田さん、スマホは遺体と一緒に返されたものですよね?」

「ええ。その通りよ。来ていた着衣とスマートフォンは一緒にお返しした筈よ」

「となるとおかしいですよね。事件当日にはピンク色のカバーだったものが翌週家に戻ってきたらグリーンに変わっていた。これはどういうことでしょう」

 まるで手品の早替えだ。でも、これは手品などではない。

「さあ、でもそれが本当なら不思議な事よね」

 私の問いに熊谷先生は飽くまでとぼけるつもりの様だった。でも、逃がさない。

「はい、でもその謎を解くカギがあります」

「私が転落の後にあの子のスマホカバーをわざわざかけ替えて戻したとかって言いたい訳? 何の為に? そんな事するわけないじゃない」

 彼女は笑みを浮かべながら言ったが目だけは笑っていない。

「そんな事が言いたいんじゃありません。それに私はスマホカバーがかけ替えられたな何て言ってません」

「あれ? そういう話じゃなかったっけ?」

 この期に及んで見苦しいと想う反面、彼女の胸の内を想うと心が痛む部分もあった。ここでやめてしまえばどれだけ気が楽か。でも、決めたんだ。前に進むしかない。

 私は一呼吸置くと頭の中の情報を整理しながら言葉を紡ぐ。

「先生。去年、貴方は彼女からクリスマスプレゼントでお揃いのスマホカバーを貰った。では、貴方は彼女に何を上げたんでしょう」

「それは秘密にしたいって言わなかったっけ」

 あの日の帰りの車の中、私は彼女に同じ質問をぶつけた。そして確かに言われた。秘密にしたいと。でも、

「なぜですか?」

「それは、プレゼント交換ていうプライベートな場での事だし、言う必要ないでしょ」

 一見正当な理由だ。が、こればかりは受け入れられない。

「でも、彼女は自分が贈った物を言ってましたよ。先生だって自分が貰ったものは言ってたじゃないですか。何故自分が贈った物は言えないんですか」

 追い込む私。対して先生は未だはぐらかす様な答えを返す。

「そもそもそれが一体何だって言うの? 事件の事に関係ないでしょ」

「あるから言ってるんです」

 やや険しい顔つきをこちらに向けていう彼女に私は冷静に答えた。すると、

「いいたいことがあるなら言ったらどう? 回りくどい話は嫌いなの」

 とうとうしびれを切らしたかそんなセリフが飛び出した。

「わかりました。先生、去年のクリスマス頃にエリナと二人で街に行ったの覚えてますか」

「クリスマス? 何度かあの子と街でショッピングに行ったりはしてるよ。そういう事もあったかもしれないね。否定はしないよ」

 嘘はつかない上手い交わし方。だが、私の追撃はこれで終わらない。

「間違いないと思いますよ。実は、本宿さんが見てたんですよ。二人が携帯ショップから紙袋を持って出てくる所をね」

「本宿さんってお花屋さんの娘さんね。同じ学校って聞いたことあるわ。成程、見られててもおかしくは無いか」

「はい。そしてその話を聞いて何だか少し引っ掛かったんです。エリナが手にした紙袋。それは先ほど言ったクリスマスプレゼントのスマホカバーだったんじゃないか。携帯ショップで購入したんでしょう。でも、本宿さんの話では先生も紙袋を持っていたらしいじゃないですか。という事は先生も何かを買ったということになりますよね」

「ああ、充電器かなんかを確かかったかもしれないな」

 普通に考えればおかしくもなんともない答えだ。でも、恐らく違う。

「なるほど。良く覚えていないと……。ところで先生。先生はスマートフォンを二台お持ちですよね」

 話の方向を変えた……訳ではない。これこそが重要な話。それについて先生は素直にうなずく。

「ええ。プライベート用と仕事用にね」

 それを聞いて私は滝田さんの方に向かって声を掛けた。

「滝田さん、お尋ねしたいのですが」

「あら突然のご指名ね。私で答えられる事なら答えるわよ。何かしら?」

 彼女は突然話しかけられたにも関わらず慌てる様子を見せず答えてくれる。

「熊谷先生がお持ちになっている二台目のスマートフォンの契約年月日はいつだかわかりますか」

 この質問は既に彼女へ調べて貰う様に頼んでいたものだった。だから当然すぐに答えが返ってくる。

「ああ、はいはい。えっとね……去年の十二月二十三日。でしたわよね? ごめんなさいね、ちょっと調べさせて貰いましたわ」

 滝田さんはニヘラと笑いながら先生に目を向けて言った。対して熊谷先生は面白くもなさそうな表情で答える。

「去年の話ですからね。日付まできっちり覚えていませんね」

でも、私は聞き逃さない。彼女に対して疑問の言葉をぶつけてみせる。

「へえ。仕事で使う物を去年急に購入したんですか? しかも、十二月。年末ぎりぎりですよね。随分中途半端な時期じゃないですか」

「冬休み明けから必要になるかなと思って用意したの。それが何か問題あるの?」

 あるからこちらは聞いている。そして彼女も本当はそれが分かっている筈だ。

「それはいくら何でも苦しすぎだと思いますよ。因みに、その仕事用のスマートフォンですが、私達生徒の周りで番号を知っているという人は一人もいませんでした」

 あれから個人的に何人かの生徒に聞いてみた。エリナとは別の保健委員の子にも尋ねた、でも、熊谷先生の仕事用番知っているいる人はいなかった。私の言葉を受けて滝田さんも続ける。

「それに関しては他の先生方にも聞いてみたけど、そちらももう一台の番号を知っている人は居なかったわ。更に言うとね、降矢先生のスマホアドレス帳にもその番号は登録されてなかったの」

 ここまでくればもう言い逃れは出来ないだろう。つまりもう一台のスマホはビジネス用ではなかったのだ。

「やはりですね。先生、流石におかしすぎませんか。仕事用といいながら、職場である学校の生徒も教師も誰もしらない電話番号。それ実際何に使ってたんですか?」

「今まで説明した通りだとしか言えないね。それとも貴方には何か見当がついているわけ?」

「はい。今まで判明した事実を積み上げれば恐らくこういうことかなという想像は付きます」

 言って私は一瞬間を取った。でも、それに対して言葉が変えてくることなく沈黙だけが流れる。

「…………」

 ならば仕方がない。核心をつかせてもらうことにしよう。

「では言いますね。答えはクリスマスプレゼントです。それがスマートフォンだったんでしょう。貴方は自分でもう一台スマホを契約してそれを彼女に買い与えたんです」

 つまり熊谷先生の二台目のスマホは元々エリナが所持していたのだ。


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