第82話 茜差す部屋で語られる真実とは(1)
週開けて月曜日。前週と変わらず学校は陰鬱な空気に彩られていた。皆精神的に相当参っているのが分かる。
迷ったが仕方がない。自分がするべきことどうか迷った。が、やはり早く終わらせてしまわなければならないのだろうと覚悟を決める。
放課後の十六時三十分。ここは理科準備室、今日この時間は誰も使わないことを確認済みだった。既に日は大分傾いており、あの日の教室の様にベランダから赤味が指した光が舞い込んでいる。その中を私は一人佇んでいた。
が、そこへふいに扉を開ける音が耳に飛び込んでくる。
「あれ、東雲さん? あなた一人」
言いながら入って来たのは熊谷しおり先生だった。
「はい。私だけです」
「あら、そうなの。貴方が来る前に誰かここに居なかった?」
「いえ。そんな人はいませんし、その人を探す必要もありません。何故なら貴方をここに呼んだのは私ですから」
「なんですって?」
私の言葉に日頃冷静沈着に振舞っている彼女の顔に微かな動揺の色が見えた。
「先生にお話があるから呼んだんです。どんな内容かは想像出来るんじゃないですか」
「さあてね。さっぱり分からないな」
感情を押し殺しながら言葉を発する私にに対して彼女の表情からは敵意といっていい感情が読み取れる。やはりストレートにはいかないようだ。仕方がない。
「事件の事ですよ」
「へえ? 事件ってどれの事をいうのかな?」
確かにこの学校周りでは色々な事が起きすぎた。他の人だったら一口に事件と言ってもどれと迷う事態かもしれない。でも、彼女は違う筈だ。
「それは……」
私が話を続けようとした時、扉が開く音がしてもうお馴染みの声が耳に飛び込んで来た。
「あら、東雲さんと熊谷先生。こんな所にいたんですか。ちょっとお話を伺いたいと思ってたんですけど」
声の主はそちらに顔を向けるまでもない。滝田巡査部長と品川刑事だ。
「こちらの話が片付くまで待っててもらえませんか」
私は固い口調を崩さずに言う。
「話ね~。良いわよ。その変わり私もここで聞かせて貰っていいかしら」
彼女はいつものニヤケた表情のまま扉近くにあった椅子にどっかと座りこむ。
対して品川刑事は扉を塞ぐように腕組みをして仁王立ちだ。私はそれに無言でうなずきながら熊谷先生に向き直った。
「先生。警察の方もいます。本当の事を話すつもりはありませんか?」
私は一瞬彼女の方に目を向けながらいった。が、
「だから何の事だか分からないだっていってるでしょ」
返って来た言葉はにべもない。
「では、仕方ありません。熊谷先生。そもそも貴方は何故ここに来たんですか」
私は手を緩めようとせずに更なる言葉を浴びせかける。
「聞くまでもないでしょ。貴方が呼び出したってそういったんじゃないの」
「そうですね。私が保健室に置いたメモを見てここへ来たんですよね」
「ええ。どういう意味か今一掴めなかったけどね、それを確かめるためにも足を運んだの」
そう。休み時間の保健室に誰もいない時を見計らって私はメモを書いて置いたのだ。
「そのメモの内容はこれですね【貴方と二見エリナの関係についてお話があります。放課後十六時三十分、理科準備室に来てください】」
「ええ。誰が何の目的でこんな事を書いたのか知りたかったんですもの」
「そうですか、わかりました。では私も周りくどい言い方はしませんので単刀直入に聞きます。貴方と二見えりなは恋人同士だったんですね」
これ自体は別に意外な考えでもないと想う。私も何度かそうじゃないかと想う局面に出会った。子供の頃から憧れのお姉さん。女性として尊敬できる人。自分を導いてくれた恩人。まるで本当の姉妹の様にずっと離れず過ごしてきたという二人の事だ。
それだけの長い積み上げてきた時間が二人を結び付けたとしてもあっておかしくはない話だろう。
「へえ? 面白い意見ね。でも根拠があっていってるわけ?」
熊谷先生はそれに対して否定も肯定もしない。でも、私は確信した。
「私は彼女が転落する直前に話をしました。そして彼女は言いました。自分には好きな人がいると、そしてそれは明らかに恋愛感情を伴った相手だと感じる物でした」
彼女はまず私に聞いたのだ。【好きな人がいる?】と。それは明らかに私が恋をしている相手がいるかという意味にしかとれない。そして次に彼女は言ったのだ。自分には大好きな人がいると。確かにそう言った。つまり大好きな人とは親兄弟への愛情でも、友人としての愛情でもない。恋をしている相手という意味に他ならないじゃないか。
でも、私が知る限り一人を除いて彼女が誰か特定の相手に対して親しくしていたり、好意を寄せている素振りを見せたことはなかった。そして、警察もその様な相手は見つけられなかったという。
ではその一人とは誰か。言うまでもない。熊谷しおり先生を置いて他にいないじゃないか。
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