第81話 舞い落ちた彼女の部屋で想う事は
エリナのお母さんは笑顔で迎え入れてくれた。とても愛想よく「来てくれてありがとう。あの娘もきっと喜んでるわ。それから他のみなさんにもお葬式お呼び出来なくてごめんなさいとお伝えください」と丁寧に挨拶される。
そしてお花を渡すと「とっても綺麗ね。すぐに飾らせてもらうわ」と笑顔で言ってくれた。
でも、顔色はとても優れているとは言えない。その様子に胸が詰まりそうになりながらも、こちらからもどうにか挨拶をこなす。
案内されてリビングルームに入ると小さな台の様なものが設えてあり、その上に彼女の遺影、その後ろに遺骨。その前には線香立てが置いてあるので手を合わさせてもらう。
その後お母さんと少し話をさせて貰った。話題は主にエリナの学校での様子や友達付き合いの事など。日奈達と揉めたという話は知らないようだったので、こちらもそれには触れずに受け答えをした。そして、その後あるお願いをする。
「あの、すみません。エリナさんのお部屋見させて貰ってもいいでしょうか」
一度彼女の住んでいた部屋を見て見たかったのだ。
「ああ、構わないわよ」
お母さんは言うと彼女の部屋の前まで案内してくれる。そして優斗君もやってきてくれた。が、私はそこでお母さんにあるお願いをしてみた。
「ごめんなさい。ちょっと、一人で居させてもらっていいですか」
図々しいお願いだと想った、ひょっとしたら断られるかもと想った。が、
「そう。良いわ。どうぞ見て言ってちょうだい」
「うん、僕もこの間お邪魔した時はそうしちゃったし、姉ちゃんもそうしてたっていうしね。気持ちは分かるよ」
「ああ、そうだったわね。しおちゃんも、お別れの時にお部屋に暫くいてくれたんだったわね」
しおちゃんとは熊谷しおり先生の事だろう。確か月曜日にここへ来たんだったか。
「それ月曜日の夜の事ですよね。熊谷先生がここへ来たのって」
「ええ。あの二人、本当に仲が良かったから色々想う所があったんじゃないかしら……。さあ、どうぞごゆっくって言うのも変だけど。遠慮せずにお入りなさい」
私が気を使うと想ったのだろう。二人は廊下を離れていった。
少しドキドキしながら私は扉を開ける。部屋の中は白を基調としたシンプルかつとても清潔感にあふれたものだった。彼女のイメージ通りといったところか。
奥にはゆったりとしたベッド。片側の壁際には本棚と小物が入った棚が並んでおり、一番上には大きめのネコのぬいぐるみが二つ置いてある。そしてもう片側の壁際には二人掛けのソファその正面にテレビが設えてあった。
更に奥にはクローゼットがあり、その中には見覚えのある白いブレザーの制服が掛かっていた。恐らく警察から戻って来てすぐにクリーニングに出したのだろう。綺麗なものだった。あの惨劇を物語る痕跡は見られない。
更に脇に置いてある勉強机。その上にいくつか物が置いてあった。
内一つは薬の袋。恐らく病院に通院した際に処方された物だろう。やはり病院にかかっていたのは事実だったのだ。
そしてもう一つ目に付いたものがある。一瞬見た時は特に何とも思わずそのままスルーしそうになった。が、すぐに違和感に気づき、
「え? なんで?」と声を上げてしまった。
それはエメラルドグリーンのスマフォカバーを付けたスマートフォンだったのだ。当然エリナの私物と想われる。
でも、おかしい。
金曜日に教室で会った時、彼女が取り出したスマートフォン。それはピンク色だった筈だ。間違いない。【しおちゃんとお揃いなの】といって見せてくれた。白のハートマークがついていた。そして同じハートが付いているスマフォカバーを熊谷先生は持っていたじゃないか。
でも、このスマートフォンのカバーは明らかに色が違う。ハートマークもついていない。例えば地面に落ちた時に破損してしまったからかけ替えたのか。
いや、違うそんな筈はない。スマートフォンは屋上に置きっぱなしだった筈じゃないか。なら、やはりこれは彼女の持っていたそのままのものなんだろう。
思考がもの凄い勢いで回りだすのを感じる。違和感はこれだけじゃない。今までの事件に纏わる謎。腑に落ちない点。それらをつなぎ合わせる線があるんじゃないか。
私は今一度部屋を見回す。そして今日一日の事、これまで聞いてきた話を想い返していく。
結果頭に浮かんだ一つの結論。
「そういう事……なの?」
誰もいない部屋。既に主を失ったこの部屋で私はその主だった少女に問いかける様に一人ごちる。そのまま沈思黙考。そして私がなすべきことは何かを考えた。
暫くして部屋を出た。私は自分の考えたことはおくびにもださず、何食わぬ顔をして二人に声を掛けた。
「すみません。ありがとうございました。今日はそろそろお暇します」
「そう。こちらこそ本当にありがとうね。皆さんによろしくお伝えください」
エリナのお母さんは私をどんな思いで迎えたのだろう。娘と同じ年代の私をみて寂しさが強まったりしていたら申し訳ないなと思っていたが彼女の顔は晴れやかに見えた。
「ああ、東雲さん。帰るなら送ろうか?」
隣にいた優斗君もそう言ってくれた。が、
「うんん。大丈夫。ここからなら別に帰るルートがあるからそっちから帰るよ」
これは事実と言えば事実だ。来るときは駅を経由してこなければならなかったが、ここから家へ直帰することを考えるともう少しストレートに帰れるルートがある。
ただ、それとは別に一人になりたい理由もあるのだが。
「わかった。じゃあ、又来週。僕からも礼を言うよ。来てくれてありがとうね」
優斗君は特に気にした様子もなく屈託なく返事をしてくれた。
「こちらこそ。案内してくれてありがとう、またね」
頭を下げて玄関へ向かおうとするとお母さんが声を掛けてきた。
「あ、ねえ。こんなこと言ってはなんだけど。もし、あの娘の部屋にあるもので要るものがあったら持って行ってくれないかしら」
唐突な申し出に一瞬戸惑う。彼女の物を持って行って欲しいというのはつまり形見分けみたいなことだろうか。
「え? エリナの物をですか」
「勿論、全部遺しておきたいのは山々だけど、そうも行かないでしょ。暫くしたら選んで処分しなければならないのよ。だから欲しい人に持っていってもらった方が良いかなって思うの」
ここで申し出に乗るのも図々しいかと想ったが、理由を聞いたら何か貰った方が寧ろ喜ばれるかもしれないと想った。そこで、
「じゃあ。すみません。一つ頂いていっていいですか」
と言って私はある物を貰っていく事にする。
それから改めて挨拶を交わし頭を下げ外へ出て暫く歩く。その後私は一旦立ち止まりスマートフォンを取り出した。そして、鞄の中から名刺を取り出すとそこに記載されている番号に電話をする。
スリーコールですぐに相手は出た。
「……はい。こちら月ヶ瀬警察署捜査課です」
「あの、すみません。私、月ヶ瀬高校の生徒の東雲塔子と申します。滝田巡査部長さんいらっしゃいますか」
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