第80話 彼女の家へ行くその道中では

 駅前には既に優斗君が待っていた。

「ごめんね。待った?」

「全然。少し前についた所だよ」

 時計を見ると時間は二十五分くらいだった。丁度良い頃合いだったようだ。

「ならよかった。今日はありがとう。もう行って大丈夫なのかな」

「うん、大丈夫なはずだよ」

 優斗君は向こうだよと言って指を指しながら歩き出す。方向的には今来た繁華街とは逆方向だ。

 多少なりとも緊張気味の私を気遣ってなのか、彼の方から色々話題を振ってくれた。

 彼は演劇部所属でシナリオ等を担当しているらしいのだが、他にも細々とした役割もやっていて、道具や備品などの作成から調達係も兼ねているとの事。

 でも、備品置き場はごちゃごちゃでその都度、公演がある時には使うものを探すのに一苦労だったりするらしい。

 実際、演劇部の次の公演は文化祭なのだが、最近男性用のウィッグが見つからないという事で探し回ったが今の所出てこなくて困ってるという様な話だった。

「演劇部ってただでさえ男子は少なかったよね。そういう意味でもこき使われてそう」 

 女子の中で数少ない男子となると、力仕事など諸々任され役になるのは常だ。

「まあ、それほどでもないよ。仕事を振られた方が身の置き所もあるしね」

 言って彼は人の好さそうな笑顔で笑う。そんなやり取りをしている内に大きな通り沿いにでた。そのまま道なりに行くと交差点に差し掛かって信号で止まる。すると、

「あ、そういえば。あの向いにマンションが降矢先生の家だった所だよ」

 熊谷君が道の向い側を指して言った。

「え?そうなんだ。この辺に住んでたんだね」

 担任の連絡先は知らされている筈だが、特に興味も無かったので覚えていない。

「僕も最近姉さんから初めて聞いたんだけどね。あの駐車場に先生の車が停まってる筈だよ。丁度その真上が先生の部屋なんだって」

「えっと。ここからじゃ見えないかな。学校から車ならそれほどの距離じゃないね……あのさ」

 フル先の話が丁度出たのでこの場で思い切って私は聞きたい話をぶつけてみた。

「え? な、なんだい?」

「しおり先生から降矢先生の話って聞いたりしたの」

「うーん。あんまり無いかな。こっちからも積極的に聞こうとはしなかったしね」

「そもそもさ、二人の婚約ってどう思った? 前から聞かされてたの?」

 学校の皆は二人の婚約話を唐突に聞かされた印象があった。身内である彼はどうだったんだろう。

「いや、多分学校でみんなが知ったタイミングとほとんど変わらないと想う。僕も驚いたよ」

 つまり身内でも二人が親密になった過程については知らなかった訳だ。

「やっぱりそうだよね。私も超意外だったんだよね」

「まあ、男女の仲って分からないものかもね」

 彼は言いながらにこやかに私に向かって微笑みかけてきた。対して私も少し愛想笑いで返しながら言った。

「優斗君はどう思ったの? 二人が結婚することになったってきいて。寂しくなったりとかはしなかった?」

「ん……嫌、別に。二人の気持ちがあるならどうこう言う資格は無いでしょ」

 私の問いに対して彼は笑顔を強張らせると意外にドライな物言いで返してくる。だが、姉弟の関係性からすると普通なのかもしれない。

「そっか。じゃあ、エリナはどう思ってたのかな」

 私が聞きたいのは寧ろこの部分だった。最後に教室で話をした時、彼女はしおちゃんが幸せならそれでいいという言い方をしていた。

「エリナ?」

「うん。すっごく仲良かったんでしょ」

「ああ、まあね。姉ちゃんが家を出てからも良く遊びに行ったりしてたみたいだし。僕なんかよりも顔を合わせてたんじゃないかな」

 やはり、彼女たちは想像以上に親密な関係だったようだ。では胸の内はどうだったのだろう。

「じゃあさ。エリナは寂しくなかったのかな。二人の婚約」

「寂しさはあったかもしれないね。でも、しょうがないじゃん」

「まあ、そうだよね」

 彼が言う言葉にも一理はあるし、それが普通の感覚なのかもしれない。と想っていると、

「あ、あそこを右に折れて少し行ったらエリナの家だよ」

 優斗君が声を上げる。私は彼女の家が近づいてきたことに又緊張感がぶり返してきた。

 えっと、エリナのご家族に会ったらまず何て言えばいいんだっけ。この度はご愁傷様ですとかかな。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る