第69話 進路指導室で開かれた捜査会議の内容は(1)

「あの……今の話ってどういう事ですか」

 私は先を歩く滝田さんに向かって話しかけた。

「聞いての通りよ。彼女は二台のスマートフォンを所持していた」

 それは確かに聞いた通りだ。問題はそれを聞く意味だ。

「それを隠してたから確認したっていう事ですか」

「ん~。隠してたっていう言い方は微妙な所なのよね。私達は金曜の捜査の時に連絡先として電話番号を聞いてたの。でも、今朝の事件の捜査で聞いた番号と照らし合わせたら違ってたのよ。別連絡先なんて通じればそれで足りるから、二台あったとしてもどっちか教えて貰えればいいんだけど」

「そうか。確かに、二台もってても普通申告したりはしないかもしれないですよね。じゃあ何でわざわざ尋ねたんですか?」

 私は当然の疑問を口にする。それに対して滝田さんは腕組みしながら考え込むように答える。

「単純にちょっと気になっただけよ。前回聞いた電話番号はね、エリナさんの転落の直前に降矢先生と話をしていた時に使われた物なの。でも彼女仕事用だっていってたわよね。しかも、生徒のプライバシーを守る必要がある為とかって」

「ええ、確かに私もそんな風に思いました」

 確かに話の流れからしてそういう性質のものだとは想像が付く。

「因みに、あなたはその熊谷先生の電話番号を聞いた事あるかしら」

「いえ。私は知りません」

 熊谷先生の電話番号どころか、多分、先生の電話なんて知っていたのはフル先くらいのものじゃないだろうか。

「あなた以外でもいいんだけど聞いたことある?熊谷先生の相談窓口の電話があるとか」

「いえ、それも聞いたことありません」

一応カウンセラーの先生は週に二回来ることになっているし、彼女に進路相談をするとも思えない。なら相談ということは病気に関してだろうか。ただ、養護教諭というのはそこまで専門的な対処をする立場にもないはず。そう想うとわざわざもう一台スマートフォンを用意する理由が腑に落ちない気もする。

「なら悩みを抱えている子に対して特別に教えていたという事かしら。でもね、それなら降矢先生との通話に利用してたのはおかしいわよね。それにもう一台はプライベートの物らしくてね、それは学校関係者にも連絡先として知らされていたものなの。だからこちらが通常時に使ってたものでしょ。婚約者の二人が話をするのに、仕事用のスマートフォンを使ってかけるかな」

「そっか、なら降矢先生と通話ならプライベートの方を使うのが普通でしょうね」

 いや、そもそも警察に連絡先として伝える方だってそちらを伝えるのが普通じゃないか。

「後ね、肝心な部分。何で同じ学校内にいるのに電話してたのかしらね」

「確かに何だか不自然な感じもしますね。でもまさか、エリナの事で熊谷先生を疑ってるんですか」

 熊谷しおり先生は確かにエリナと同じようにミステリアスな部分がある。それだけじゃない、体型も髪型も似ている。二人の関係性を考えるとエリナが先生に寄せていると考えるべきだろう。

 それは二人がどれだけ親しかったかという証左だ。でも、だからこそ熊谷先生がエリナに手を掛けるとは思えない。想いたくもない。

 私の考えている事が通じたかは分からないが滝田さんは首を振って答えた。

「ええそうよ……と言いたい所だけど、そう簡単にも行かないの。彼女にはアリバイがあったのよ。転落直後には保健室にいてね。すぐ呼び出されてエリナさんの元に向かったという証言が複数あるの」

 やっぱりそうだ。熊谷先生がえりなをどうこうする筈はないんだとちょっとほっとした。

「じゃあ、問題ないじゃないですか」

「まあね、問題ないのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私も電話の件はそこまで確かな理由があって言ってる訳じゃない。だからその上でちょっとお願いなんだけど。もし熊谷先生の電話番号を知ってるって子がいたら私に知らせる様に伝えて貰えないかしら。いたとしたらだけどね」

 意味ありげにそういうと彼女は言葉を切って立ち止まる。目の前にあるのは進路指導室。その扉をガラリと開けた。

「ここ、使っていいって言われてるの。入って」

 言って彼女は小さめの机の向かい側に座った。私もそれに倣って対面に座る。何だか、本当の取り調べみたいだ。

「聞いていいですか。そもそも、今日の事件ってエリナの事と関係あるんでしょうか」

 ただでさえ、進路指導室なんていう場所には緊張感がある。しかも、いま対峙しているのは刑事さん。なんだか飲まれそうな雰囲気を押し殺して私は言葉をかけた。

 対して滝田さんはまたいつものニヤケ笑いを浮かべながら答えてくれた。

「それはまだ分からないわ。まあ、とりあえず校長先生と降矢先生の事件は県警に捜査本部がおかれることになるみたいね。あなたも会ったでしょ、県警の山本警部。彼が指揮することになってるわ」

「ああ、あの偉そうな人ですね」

 私は先ほど図書室に呼び出されて話を聞かれた山本警部の顔を思い出しながら言った。

「エラそうな人って、あははは。あなた中々言うわね、確かにエラそうなおじさんだったでしょ」

 滝田さんは私の言葉がよっぽどおかしかったらしく声を上げて笑う。

「え。いや、そういうことじゃくって、偉い人なんじゃないかなっていう意味でいっただけです」

 私は慌ててフォローしようとしたが、滝田さんは全然気にしないようで話を続けた。

「あの人は確かに偉いっちゃあ偉いわね。県警の捜査一課主任様だからね。今回相当張り切ってるわよ。教師二人の連続死。しかも、校長の方は何だかいかがわしいことしてたみたいじゃない」

「はい。麻衣から直接聞きました」

 これについては隠すこともないだろう。そのまま素直に答える事にする。

「宮前麻衣さん。彼女も大した子よね。お話した聞いた時も相当だったけど、それ以上だったわ」

「あの……。校長って麻衣だけだったんでしょうか」

「それも含めてこれから調べる事になるんじゃないかな。そんな訳でこの件は色々デカい火種が転がってる訳よ。マスコミが食いつけば結構なスキャンダルになるかもしれない。それだけ注目を集める可能性のある事件だからね。解決できれば彼の評価も上がるって訳よ」

 何だかそういっている滝田さんの口調は他人事の様に聞こえた。

「っていう事は滝田さんの方は今日の事件の捜査とは関係ないってことなんですか」

「二見えりな変死事件は今の所、月ヶ瀬警察署の所轄で捜査は進めている。進展次第で関連が見つかれば合同捜査って事にもなるかもしれないけどね。ただね~、あの山本って人、私苦手なのよね。一緒にお仕事したいタイプじゃないわ。まあ、とはいえ必要な情報の共有はしてるわよ」

 彼女がそう言ったと同時くらいに丁度「失礼します」と言って品川刑事が部屋に入って来た。

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