第7話

「いや、楽しかったね!」


カラオケも終わり、誕生日を祝ってもらった私は、波音と一緒に帰り道を歩いていた。


「いや、お姉ちゃんの誕生日が今日だったなんて知らなくて、ホントにびっくりした!」

「あぁ、言うのすっかり忘れてたね……」


波音は少し落ち込んでいるようで足取りが少しだけ重い。


「まぁ、皆知らなかったんだから、セーフってことで」

「そう言えば!お兄ちゃんに『カラオケに急いで来て!』って連絡してたんだけど……」


そう言って波音は携帯を見る。


「あ、お兄ちゃんから『どうした?急ぎの用事か?』ってメール来てる」

「ほんとだ」


私は波音の携帯を覗き見る。

そこには、『どうした?急ぎの用事か?』ってメールと、『ちょっと手が離せないから本当にヤバい時はもう一回メールしてくれ』っていうメールがあった。


「もう!お兄ちゃん、せっかくお姉ちゃんの誕生日をお祝いしてたのに!」


そう言って波音は海翔に『今日、お姉ちゃんの誕生日だよ!』と送る。


……海翔まで知らないなんて、ちょっと寂しいな、なんて。


「もうそろそろ家に着くから、帰ったらどついてやらなきゃ!」


波音はフンス!と鼻息荒く言った。



家に着くと、玄関に海翔がいた。


「遅かったな?カラオケ、楽しかったか?」

「『楽しかったか?』じゃないよ!今日、何の日か知ってる?」

「?『〇日は三割引き』とかでもしてたのか?」

「そうじゃなくて……!」


波音がその言葉を言い切ることなく、海翔が扉を開ける。


「ほら、入ってくれ。ご飯が冷めるぞ」

「え?」


私が言ってなかったのが悪かったなとか、寂しいなとか、そんな考えは、一瞬にして吹き飛んでしまった。


「お父さん、お母さん?」


家の中には、私のお父さんとお母さんが待っていた。


「あら、やっと本日の主役が帰ってきたわね」

「ほら、驚いてないで。ご飯が冷めるよ。せっかく彼氏クンとお母さんが丹精込めて作ったのに」


お父さんは、ちょっと黒い笑みを浮かべている。


「な、なんで?」

「だって、誕生日だろ、あやか」


そう言われた途端、涙がぶわっとあふれてきた。


「海翔、私の誕生日、知ってたの!?」

「そりゃ、まぁ。記念日はなるべく祝ってやりたいからな。そういうの、好きだろ?」


「……好き~!!」


私は海翔に抱き着く。


「え、お兄ちゃん、お姉ちゃんの誕生日、いつから把握してたの!?」

「いや、この前、改めてあやかの家に挨拶に行ったときに教えてもらってな」


「噓でしょ……これじゃ、絶対どつけないじゃん」


波音ががっくり来ている。


「ほら、入ってくれ。今日はあやかの好きな物を色々と作ったぞ!ケーキもあるぞ!」


そう言って海翔は私を抱いた姿勢のまま家に入る。

家の中には、私の好きな唐揚げやらなんやらが皿に盛りつけられていた。

テーブルの真ん中にはケーキもある。


「もしかして、あれって……?」


私が卓上のケーキに違和感を覚えると、海翔はにっこり笑う。


「おぉ!分かるか!あれ、俺が作ったんだ!」

「やっぱり!」


若干不格好ではあるが、それでもおいしそうなケーキ。


「お兄ちゃん、こういうのできる方の男子だもんね……」


完全敗北と言った感じでがっくりと椅子に座る波音。


「それじゃあ、食べようか」

「うん!」


お父さんもお母さんも、海翔も波音も私も席について、手を合わせる。


「「「「「いただきます」」」」」




——しばらくの後、ケーキまで食べ終えた頃。

お父さんとお母さんからも誕生日プレゼントをもらい、二人は帰っていった。


海翔は「泊まっていっては?」と聞いたが、断られたそうだ。


その後。

私は海翔の部屋にいる。


海翔から、「後で部屋に来てほしい」と言われたからだ。


さっきから心臓は脈打っている。

——何かな!?やっぱり、あれかな?エッチなやつかな!?

想像するだけで、顔の温度が上がっていく。


——ガチャ。


ビクッと飛び上がってしまいそうになったが、どうにか抑える。

海翔が部屋に入ってきた。

——大きな紙袋を持って。


「……海翔、それは?」

「これ?誕生日プレゼント。せっかくだから、二人きりの時に渡したかったんだ」


——エッチなやつじゃない!恥ずかしい!

私の顔は真っ赤に染まっている。

あぁもう!こんな時間に男の人から呼び出されたら100割100分そっちしかないでしょ!


私は深呼吸してなんとかごまかそうとする。


「あやか?顔真っ赤だぞ?大丈夫?」


——ダメだった。


「そんな事より!誕生日プレゼントって!?」


私は何とか話をそらそうとする。

海翔も、これ以上触れない方がいいと分かったのか、「あぁ、えっと……」と紙袋を手渡す。

私は、紙袋から、そっと海翔の贈り物を取り出す。


——えっと、中身は……?


「バッグ……?」


透明なバッグだ。

いろんなところが透けていて、ポケットがいっぱいある。

私は海翔に尋ねる。


「これ、何?」


海翔は、指先をすり合わせながら、答える。


「えっと、何にしようか、迷ったんだけど……

手作りの物は、俺が不器用だからちょっと、と思ったし、かといってネックレスとかはなんか違うかなって思ってそれで……」


「それで?」


私はこれの正体を探るために相槌を打つ。


「あやかが自分でデコレーション出来たら素敵かなって思って……」


「このバッグを?」

「そう。痛バッグって言うらしくてさ、色々と缶バッジとかを入れて、デコレーションできるらしいんだ。いやまぁ、あやかって俺のグッズたくさん作ってたろ?それで綺麗にデコって世界に一つだけのバッグを作れたらいいんじゃないかって」


「……」

「……あやか?」

「……ありがとう!!」


私は海翔に飛びついた。

二人でベッドに倒れ込む。


「めっちゃいい!!これで世界に一つだけの海翔バッグ作るね!」

「お、おぅ!喜んでもらえてよかった!」

「さっそくデコレーションしてきていい!?」


海翔は私の嬉しそうな顔を見て、ニッと笑い、


「あぁ、気のすむまでやってくれ!!」


と言った。

よし!最高のバッグを作るぞ!!!



——翌日。


「あ、あやか、そ、それ……」


みっちゃんはものすっごい顔をしている。

顔の引きつり具合が凄まじい。


「どう!世界に一つだけの私の痛バッグ!」

「や、やばいわね」


と若干一歩引いた。


——今日は、皆と私の距離がいつもより一歩分遠かった。


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