第7話 ポイズン2

 ブロンズは事の顛末を手短に、要所だけをまとめて語っていく。


 最初こそは軽く相槌を打つ程度だったが、話が進むにつれてポイズンの顔は真剣で硬い表情に変化していった。



「つまり、お前らは村を何者かに襲われて、ここまで逃げてきたところってわけか?」

「そうです」

「そうか……大変だったな」

「この近くでぼくたちを追っていたはずのゴーストが一匹、木の上で、し、死んでたんだ。首が真っ二つになってて……」



 思い出しただけで吐き気がこみ上げてくる。しかし、胃の中にはもう何も残っていなかったのか、軽くえずいただけで済んだ。


 顔色を悪くしたちびの代わりにブロンズが問う。



「その死体に心当たりってありますか? さっき説明したゴーストの特徴にも当てはまらないようなドラゴンが殺しているのを見たとか」

「あー、あっちだろ?」



 そう言ってポイズンは例の死体がある方角を指差した。



「俺が殺った。急に襲いかかってきたもんだからな」

「え……?」

「…………」



 固まったちびとブロンズに、ポイズンは怪訝な表情を浮かべる。


 なにか喋ろうとしたが、言葉が出ない。


 あれほど強かったゴーストを倒してしまったことに驚愕し、同時に自分たちが避け、逃げ続けてきた ”殺し” のことをさらりと言いのけてしまう彼に多少なりとも畏怖の念を覚えた。



「なんだよ? そんなに殺しが珍しいか?」

「はい、まあ……」



 今の今まで平和に暮らしてきたため、そんな物騒なものに慣れているわけがなかった。



「ドラゴン同士が殺し合うなんて珍しい話じゃないぞ? 《マスター》同士の縄張り争いなんてしょうっちゅうあるし、小さな喧嘩がヒートアップして死体が出た、なんてこともある。ドラゴンは最強の種族なんだからお互いが本気でぶつかったらそりゃ大惨事になる。殺し合いなんて日常茶飯事だぜ」

「じゃあ、今回の村の襲撃は僕らの土地を奪おうとしたどこかの《マスター》が起こしたってことですね?」

「……まーな。それが一番の有力候補」



 いきなりブロンズが核心めいたことを言い、驚くちび。ポイズンさえも一瞬、目を丸くした。



「お前らが見たゴーストってのはその《マスター》の下っ端ってところだろうな。にしても様子がおかしかったが」

「おかしい?」

「ああ。俺は頭が悪いーー簡単に言えば馬鹿で話が通じない、ってやつは何度も見たことがあるが、ここまで知性がないドラゴンは初めて見た。殺す前に話しかけてみたが、唸ってるだけでまるで言葉も理解しねえ。何しても獣みたいに攻撃してくるから仕方なく殺ったが……あれは操られてるみたいだった」

「《マスター》が操っていると?」

「たぶんな。ま、その《マスター》が侵攻してきた説すら確証もないけどな」



 ポイズンは大きな音を立てて水から上がった。翼をはためかせ、自身についた水分を散らす。



「追われてるんだろ? ならこっちだ」



 池から離れ、木々の中を歩いていくポイズンの大きな背中をブロンズと共に追う。



「お前らが越えてきたのとは別に、もう一つ崖がある」

「え!? まだあるの!?」



 滝から飛び降りたときを思い出して身震いする。どうにもあの落下中の浮遊感は好きになれそうにない。水面に飛び込んだあとの苦しさも鮮明に覚えている。



「確か、あっちの崖は飛び降りてきたんだろ? でも今回は大丈夫だ、俺がいるからな」



 翼を大きく広げ、誇らしげに胸を張るポイズン。ちびは目を輝かせた。



「わあ! もしかして運んでくれるの?」

「任せな! 安全飛行のポイズン様とは俺のことよ! って、あ、ちび」



 びちゃっと何か水っぽいものを踏み、ちびは足元に目を向ける。



「すまん。お前のゲロ、ここに置いといたの忘れてた」



 申し訳無さそうに頭を掻くポイズン。


 ちびは思わず顔をしかめた。



「最悪だ……」

「どうやってここまで運んできたんです?」

「ちょっと! 少しはぼくの心配もしてよ!」

「あはは、ごめんごめん。それで、運搬の仕組みは?」

「もう!」



 仲が良いなあ、とこぼしながらポイズンは説明を始める。



「俺は水が操れるからな、流れてきたゲロごと操って遠くにポイ捨てしたんだ。単純だろ?」

「…………」



 ブロンズはまた、あの鋭い眼光に戻っていた。返事が返ってこないことを不思議に思ったのか、草をかき分けていたポイズンは肩越しに振り返った。その際にブロンズと目が合う。



「一つ、いいですか」

「お、おう」



 100年以上生きてきたドラゴンが、たった生まれて数年のドラゴンに冷や汗を流したのがわかった。



「嘘ですよね、その、水が操れるということ」

「……はあ? お前らも見ただろ? そこのちびが炎を吐いて、俺が水の障壁で防いだだろ?」

「正しくは『毒が混ざった水の障壁』ですよね?」

「……なぜ毒?」



 気がつくと、自然と歩みは止まっていた。半身になって振り返るポイズンと、双眸を光らせて真っ直ぐ彼を見据えるブロンズ。


 木陰のせいであたりは薄暗く、ちらちらとうろつく木漏れ日が地面を照らしては消えていった。


 ちびはごくりと生唾を飲み込んだ。まるで入る隙がない。


 「憶測ですが」と前置きをしてからブロンズは語りだす。



「あなたが障壁を作ったとき、その障壁は紫色に薄汚れていました。それに対して、足元の水面はきれいな透明だった。さっきあなたは『この池はお前らにとっては有毒なんだわ』と言いましたよね? でも、おかしい。上流は綺麗な水だったのに、この池だけ毒がある」



 ブロンズは息を吸い、続ける。ポイズンの表情はピクリともしない。



「あなたは水浴びをしている、とも言ってましたがそれはなぜか。答えは簡単、自身の体表から毒が生み出されるから。定期的に洗い流さなければ日常的に支障をきたすとしたら。中々水から上がらずにいたのもただの水浴びではなかった、と考えると納得できます」



 憶測と言った割には自信に満ち溢れた口調で、まるで用意した台本を読んでいるかのようにすらすら言葉を繋いでいく。



「そして、冒頭に戻りますが、障壁と池の色がまるで違った理由は、障壁には毒が含まれていたから。水ではなく、毒を操れるんですよね? ちびからの攻撃に慌てたあなたは咄嗟に池の毒全てを操って障壁を作った。だから色が綺麗さっぱり分かれていたんです。違いますか?」

「……すげえな、ご明察だよ。俺から説明することは何もないくらいにな」



 彼は感心した様子で言葉を続けた。



「で、それが分かったところでどうするつもりだ? 俺のことは信用できないと?」

「いえ。少し恥をかかせたかったので」

「うわ、可愛くねえ」

「もしあなたが敵なら、僕たちはいつ殺されていてもおかしくないですからね。まあ、あとは信用できるかの最終確認みたいなものです。嘘を暴かれても僕たちを襲ってこないかどうか知りたかったので」

「俺がもし襲ってたらそこで終わりだろ……」

「そのときはそのときで戦いますよ」

「ははは! なかなか肝が据わってるじゃねえか、面白い」



 二匹は笑い合っていた。なんだかよく分からないが、解決したということで良いのだろうか。



「えっと……仲直り?」

「喧嘩なんてしてねえよ、ちょっと言い合っただけだ」

「それを喧嘩と言うんじゃ……?」



 ポイズンは笑いながら前へ向き直った。長く伸び切った草を踏み潰すと、途端に薄暗かった森に光が差し込んだ。前方に空が見える。



「さあ、着いたぜ。俺の背中に乗りな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る