朝食を食べるには

 あの後、声にならない悲鳴を上げながらがばり、と掛け布団を被ったエティは、数秒もしないうちに掛け布団から出てきた。


「ぅ、ぁあ……お、見苦しいものを……見せてしまって……すみっ……ません……」


 真っ赤な顔に涙目でしどろもどろになりながら謝罪する彼女は、全裸ではなく昨日着ていたものと同じ服を纏っていた。


 というか見苦しいものを見せてたのはどっちかって言うと俺というか…………


『その……ます……よ?』


 ふと、ついさっきエティに掛けられた言葉がフラッシュバックする。


 まじで……女の子に何言わせんだ俺……

 それに、寝起きのせいで思考が回らなかったが、さっきまでの状況もよく考えると……やばくないか?

 ほぼ裸の男と全裸の女の子が同じベッドで寝てるってこれ…………いや、また変な空気になるのもあれだし、これは飲み込んでおこう。


 差し出された制服を着ながら話を聞くと、どうやらエティの纏っている衣服は彼女の魔法によって形作られているものらしい。それが、寝てしまったことによって解けてしまった、ということなのだとか。

 多分、弁当を食べる時に箸を造り出したのと同じ魔法なんだろうな。

 なるほど、なんで裸でいたのかについては理解できた。

 できたんだけど……


「……それはそうとさ、なんで俺と一緒に寝てたんだ?」


 そう、これだ。どうしてあんな密着するような状態で添い寝なんてしていたのか、気にするななんて言われても流石に無理だ。


「っ!?」


 俺の言葉にエティは、頭からぶしゅうと煙が出たように見えるほど、先程までとは比べものにならないくらいに顔を紅潮させた。


「……ぁ……はは、それは、その……すみません、やっぱり言えない……です」

「え、でもさっきは何か言おうとしてたような」

「それはその……さっきまでは頭がぼーっとしてて……その、やっぱり言えないです、ごめんなさい」

「そ、そっか……」


 耳まで真っ赤にして服の裾をギュッと掴んでいる彼女の姿を見て、これ以上は聞くのはやめる事にした。

 もじもじとしているエティは見ていて可愛らしいが、これ以上問い詰めるとなんか破裂とかしちゃいそうだし。






 様々な種類の店が立ち並ぶケイルの大通り。宿から出た後もずっと恥ずかしそうにしているエティと一緒に、そこを宛もなく歩く。


 羽を時折震わせながらふよふよと俺の横で浮かぶエティを見て、ふと思う。


 羽、元通りになったな、と。

 昨日魔法を発動したことによって黒くなっていた羽は、見事に翡翠の輝きを取り戻していた。


 そんな彼女はというと、宿から出ても先程の事を思い出しては謝るということを繰り返している。


「あの、その……本当に……すみませんでした……」

「いや、その話はもういいから……な?」

「でも……私の裸なんか視界に入れてしまって……本当に……お見苦しいものを……」

「いや、見苦しいとかは思ってないから……」


 そう言えるほどまじまじと見たりはしていない。見たと言っても、うん、そう、背後だけだ。

 いや、というか冷静に考えてエティが謝る必要がない気がする。むしろ、裸を見てごめんって俺が謝るべきなんじゃないかな……

 と、そんなことを考えていると。


 ぐうぅぅぅぅ、と。


 俺の腹から盛大な音が鳴った。

 腹の虫の鳴き声はどうやらエティにも聞こえていたみたいで、さっきまで真っ赤に染まって恥ずかしそうにしていた顔に笑みが浮かんでいだ。


「……腹、減ったな」

「昨日は何も食べないで寝ちゃいましたもんね」

「そうだな……とりあえず、飯が食べたい」

「そうですね……」


 俺の言葉に少しだけ思案するような素振りを見せてから、はっとしたようにしてエティは提案してきた。


「冒険者ギルドとか、どうですか?」




 円をかたどっているらしい海上都市ケイル。その中心地区にそれはあった。

 両開きの戸を押し開けると、まだ昼前だというのに喧騒が耳に流れ込んでくる。


「ここが冒険者ギルド……」


 吹き抜けの建物の中を見回すと、今俺たちがいる1階には多くのテーブルと椅子が並んでいて、厨房のような場所が存在しているのが確認できる。

 2階より上は……ここからだとどうなってるかわからないな。


「ここで朝飯を食べるってことだよな?」

「はい。ただ、ここを利用するには冒険者ギルドに登録を行わないといけないんです」

「え、そうなの?」

「はい。それに冒険者ギルドに登録しておくことで身分の証明もできるようになるので、損はないですから。登録は2階で出来るはずなので、行きましょう」

「ほぉん、了解」


 エティの案内に従って壁沿いにある階段を登る。2階に上がって最初に視界に入ってきたのは、受付のように見える場所だった。

 そこには多くの冒険者達が幾本もの列を成しており、それぞれの先頭では職員が様々な手続きのようなものを行っているのが見えた。


 登録するってことは、この列のどれかに並ばないといけないってことなんだろうか。


「……ん?」


 受付を遠目で観察していると、ふと端の方にいる女の人と目が合う。薄桃色の髪の彼女はこちらに顔を向けて様子を窺うようにした後、気の抜けた笑顔を浮かべて手招きしてきた。


「……とりあえず行ってみようか」

「え? あっ、待ってください!」




「冒険者登録、かなぁ?」


 歩き出した俺に少し焦るようにしてついてくるエティと共に彼女の前着くと、柔らかな声音でそう尋ねられる。


「はい。下の食堂を利用させていただきたくて……」

「なるほどねぇ〜。ちょっと、待っててね〜?」


 エティの答えを聞くと、女性はカウンターの下に消える。


「う〜ん……あれぇ〜?」


 何かを探しているのか、がさごそと音を立てていた彼女は、


「あった〜」


 と言って、カウンターの下から生えてきた。

 そんな彼女の手には、なにやら四角形の薄く白いプレートが2つ。


「さて、それじゃあ〜。個人情報の記入をお願いします〜」


 促す言葉とともに、彼女はペンを差し出してきた。


 え、これでプレートに書いてくってことか?


 言いながら差し出してきたペンを受け取って、カウンターに置かれたプレートに触れてみる。


 なんだか金属のようなひんやりした感触がする。爪先で一度叩いてみると小気味よい音が響いた。

 うん、まあ紙なんかではないよな、これ。


 こんなペンなんかで書けるのか疑問であるが、とりあえず記入のためにプレートにペンを近づけると……


「うぉっと」


 小さな音と共にプレートの表面に青白いウィンドウみたいなものが浮かび上がる。

 よく見ると記入欄のような四角形が並んでいて、その横には文字のようなものがあるが……


「えっと……読めない……」

「あははぁ。大丈夫〜、ちょっと目を凝らしてて〜」

「は、はあ……」


 言われた通り少しの間じっとプレートを見つめていると、文字が段々と形を変えていく。

 何が起きてるのか分からずに目を見開きながらそれを眺めていると、それは俺のわかる言語に姿を変えていった。


「……すごいな」


 思わずそう呟きながら、改めて書こうとして……また手が止まった。


 えっと、氏名に出身地……氏名って、漢字とかで書かないほうがいいか?

 出身地は………えっと、日本?


「大丈夫ですか?」


 横から俺のプレートを覗き見てくるエティ。横目で彼女のプレートを見ると、俺には読めない字で色々と書いてあるのが確認できる。


「どう書こうかと思って。出身地とか」

「あぁ〜、それなら異世界って書いてくれればいいよぉ〜。あと、名前は漢字でもひらがなでもカタカナでも、好きにしていいよ〜」


 俺の疑問に変わらずゆったりとした口調で答えたのは、受付の人だ。


「なるほど、ありがとうございます…………ん?」


 あれ? 俺異世界から来たとかって話、したっけ?

 思わず顔を上げると、そこには変わらず柔らかな笑みを浮かべている女性が。


「あの……なんで俺が異世界から来たと?」


 というか、漢字とかひらがなとか言ってた気もするし……

 もしかして、この世界にも漢字とかがある?

 まあ寿司とかもあるらしいし、可能性としてはなくもない……? いやでも……


「え……だって、日本人だよね〜? プレートが変換したの、日本語みたいだし〜」

「そ、それは……そうですけど」

「……あ、そっか」


 困惑する俺をよそに一人頷いた彼女は、薄紫の目をこちらに合わせて、口を開く。


「ごめんね、まだ自己紹介してなかったね〜。私の名前は在真一華あるまいちか。れっきとした、日本人なんだ〜」

「……え」


 それはつまり、俺の同郷。

 そして、同じくこの世界に転移した存在。

 つまりは……


「色々な意味で、君の先輩になるかなぁ〜」

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