生きていく決意

「あの」


 俺の口から思わず言葉が漏れる。


「思ってたのと違うんですけど」


 港町だと聞いて、どんな街なのか幾らか想像はしていた。

 だけど、今目の前にあるそれは俺の想像とはだいぶ、いやとんでもなく違った。


「――これ、もはや海上都市ですよね?」




 馬車で昼寝から目覚めた俺の目に映ったのは、海に面した街どころか海に浮かぶ大都市だった。




 今俺たちがいる整備された港のような場所から、広大な幅の橋が複数伸びているのが見える。その橋の先はもちろん、海の上でありありとその存在を主張している都市――ケイルに向かっていた。


「じゃあ、俺はこっちだから兄ちゃん達とはお別れだ。達者でな!」


 馬車から降りた俺達に向かって手を振って、男は別の橋の方に向かって馬車を走らせていった。

 俺はそれに手を振り返しつつ、やや呆然気味。


 いや、マジで思ってた港街と違うんだが? てか街じゃないよあれ都市だよ。

 俺のいた世界にこんな感じの都市存在すらしてないんじゃない? え、この世界もしかしてだいぶ進んでる?


「それでは、私たちも行きましょうか」


 掛けられた言葉に意識が引き戻される。

 横を見ると、男から餞別として貰った赤い果実を両手に持ったエティがいた。

 

「あ、ああ。うん」

「……驚きました?」

「まぁ、こんな所、見るのも来るのも初めてだからな」


 少しだけ悪戯っぽそうな笑みを俺に向けるエティ。そんな彼女の顔に、思わずエニティの顔が浮かんだ。

 あいつに会って話してたときも、こんな笑い顔を向けられていたっけな。まあ目元は見えなかったんだけど。

 

「……お母さんが言ったとおりですね」

「えっ?」


 エニティのことを考えていた途端に、彼女の話題になって思わず声が上ずった。


「『何も教えずにいきなりケイルを見せたら、きっと驚いてくれるわ』って言ってたんです」

「な、なんじゃそりゃ……」


 なんだろうあの神様、俺のことそんなに驚かせたいのかな。


「えへへ」


 エティもいい笑顔しすぎだ。

 ……俺の驚いてる顔、そんなに面白いのか?


「……あ、レイジさん、これ」


 言い返す気も起きない俺に、エティは右手の果実を差し出してきた。

 とりあえず受け取って、なんだかもやついた感情に任せて一口齧ってみる。


「……りんごじゃん」


 口の中に広がったのは、よく知る果物の味だった。




 夕日に照らされた海を横目に、橋を渡りきる。

 橋には結構な人がいて、その中に頭に動物の耳が生えている人や、角が生えている人がいたり、甲冑のようなものを纏った人がチラホラと目に入っていた。


「本当に……異世界なんだよなぁ」


 思わず声に出た。

 この感覚を表すのであれば、実感というのが的確であると思う。

 まあすでに魔物と遭遇して死にかけていたりするし、何を今更という感じもするんだが。

 

 ……死にかけた、か。


 ふと、あの時の事を思い出して身震いする。

 もしエティがいなかったら、そもそも俺はあの森で死んでたんだろうか。

 あの寂れた神殿から出て、魔物に出会って、そのまま殺されたりしていたのかもしれない。


 ちらりと横を見ると、両手で持った赤い果実を小さく齧るエティが目に入った。


「……? どうかしましたか?」

「いや、何でも――」


 ない、と言いかけて考え直す。


 エニティから授けられた案内人ナビゲーター。俺の命の恩人。きっと、彼女にこれからも迷惑をかける事になっちゃうんだろうな……

 

「――これからよろしくな、エティ」

 

 これからこの世界で共に過ごす彼女に対して、自然と口が言葉を紡いだ。


「……え?」

「いや、俺から言ってなかったと思うから……」


 ……うん。思い返してみると、エティと会ってから俺から彼女に対してよろしく、といった覚えはない。

 いや、馬鹿か俺は。よろしくって言われたそのときにすぐ返しとけよ……


「…ふふっ、気にしなくてもいいのに……」


 俺の様子に小さく笑い声をあげて、彼女は俺に向き直り元気に言い放つ。


「はい! よろしくお願いしますね、レイジさん!」

「……今度は噛まなかったな」

「っ……あっあれは忘れてください…」


 俺の冗談に、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして、服の裾をギュッと掴む。


「……ほ、ほら! 行きましょう! 宿泊する場所、抑えないとなんですから!」


 あと血も落とさないと、と誤魔化すように言いながらケイルに向かってふわふわと進んでいくエティ。


 その後をついていきながら、これから先のことを少し考えてみる。


 正直、不安しかない。

 右も左もわからない異世界に飛ばされて。そんでもっていきなり死にかけたりしたんだ。これから先、どんなことが起きるかなんて、俺の貧相な想像力では思いつくことはできない。


『……頑張って。そしてまた会いましょうね、励兒くん』


 ふと、エニティの言葉が頭に浮かんだ。


 ……頑張る、か。


「……まあ、死にたいわけでもないしな」


 エニティの言葉に背を押されて、静かに決意を固める。


 これから先、どんなことがあっても。

 諦めないで、頑張ってこの世界で生きていくとしよう。



 差し当たっては、エティにたくさん頼らせてもらうことになりそうだけど、な。

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