馬車に揺られて
「いやぁ、助かったぜ。ありがとな、兄ちゃんたち」
おおらかに笑いながら俺たちに向かって感謝を述べる眼の前の男。
さっきエティが言っていた、馬を宥めていた人だ。
「正直あんまり役に立てたかはわかんないですけど」
「そんなこたぁねぇぞ? あんた達が手伝ってくれたおかげでこいつらの機嫌を損ねずに済んだんだ。こいつら、あんまり放置するとすぐ拗ねちまうからな」
俺の言葉に、「なぁ?」と話しかけるように言いながら、男は草原の草を食べている2頭の馬を撫でる。
この馬車が止まっていた理由は、横転しそうになって運んでた木箱が散ってしまったというものだったらしい。
だから手伝った、とは言っても散らばってしまったそれを集めただけの話で、そこまで感謝される謂れがあるかは疑問に感じてしまう。
……まあ、でも本人が助かったって言ってくれてるし、それでいいのかな。
「いやまぁ、最初はびっくりしたけどな。いきなり血塗れの人間に声掛けられて、しかも心配までされちまってなぁ」
「す、すみません。洗い流す暇がなくて……」
エティが申し訳無さそうに言うと、男は朗らかに笑って首を振った。
「いやいや、別に珍しいもんでもねぇさ。怪我負った冒険者とか、見ないわけじゃねぇからな。ただなんというか……特に兄ちゃんはあんま見ない格好だったからな」
『うわぁっ!? 何だお前ら!』
あの、大丈夫ですか? と声を掛けた際の彼の返答がこれだった。
いや、うん。やっぱり血塗れだったし、仕方ないとは思うんだけど、正直傷つきました。
「それに、嬢ちゃんも妖精にしては大きかったし、新手の魔物かと思っちまってなぁ……」
「うぅ……すみません……」
言われて身体を縮こまらせるエティ。羽も心なしかしなしなになっているように見える。
「あぁ、いや。別に責めてるつもりじゃあなくてだな……まあ、なんだ。とにかく助かったのは事実だからよ。ケイルまではきちんと送ってくぜ」
エティの様子を見て少しばつが悪そうにしながらも御者台に乗った男は、俺たちに向かって馬車に乗るように手振りで促してきた。
「よろしくお願いします」
俺はそう言って、馬車の空いているスペースに座る。エティは俺の横にそっと座った。
「おう、任せとけ」
男は俺にそう応えて、馬車を走らせた。
先程、木箱の荷積み作業を行いながら俺達の素性や、目的地については話していた。
そして、この人も目的地はケイルであったらしく、助けてくれたお礼ということで、大変ありがたいことに馬車で送ってもらえることになっていた。
「それにしても、兄ちゃんも最難だったなぁ。異世界から飛ばされてきていきなり死にかけるなんてなぁ……」
「はは、そうですね……」
ガタガタと体に伝わる振動を感じながら、男から掛けられた言葉に曖昧な返答する。
俺に対して同情してくれているのだろう。男の声は柔らかく、俺を労ってくれているように感じた。
そういえば、素性について話した時に「異世界から来た」と言って信じてくれるとは思っていなかった……のだが、当然のように納得していた男の様子を見る限り、多分異世界人というのはそんなに珍しい存在ではないんだろうな。
「まあ、でも生きてるだけでも儲けもんってもんさ。それに、妖精っていう神様からの贈り物もあるし、兄ちゃんは運がいい方だと思うぜ」
男はそう言いながら、振り返ってエティに視線を向ける。その視線に、彼女は少しだけ恥ずかしそうにしながら頷いた。
今の言い方……まるで妖精自体が珍しいものであるような……
感じたことをそのまま聞いてみることにする。
「……もしかして妖精って、珍しかったりします?」
「まあそうそうお目にかかれねぇな。偶に冒険者になってる変わり者の妖精もいるらしいけど、それも数は少ないらしい」
「……基本的に、妖精は人前には出てきません。出てくるとしたら、自分の直上の神の指令で人のサポートを行うとか、彼が言ったように変わり者の妖精が現れる、といったような感じだと思います」
「それは……どうして?」
男の言葉を引き継ぐように話すエティに問う。
「そんなに大した理由ではないのですが……妖精は本来姿を持たないから、です」
「……もしかして物理的に人の目に見えないし干渉もできないってこと?」
「はい。妖精が姿を持つ時は、神から姿形を与えられたときか、妖精自身が人と関わりを持つために姿を創造するか、という感じです」
「ほうほう……変わり者っていうのは?」
「人と関わりを持とうとすることが、妖精としては変わってるんです。妖精が生きていくために、人への干渉は不必要ですから」
妖精について、その後もエティに質問をしていく。
この世界の妖精には役割があって、そのために存在していること。
その中でもエティのように神からの指示によって動いている個体がいること。
自分の役割以外のことにも興味を持ち、そちらを優先するような個性を持った妖精もいること。
余談だが、エティもその弟妹も個性を持った妖精という括りらしく、ほとんどの妖精は機械的な性格であることが多いらしい。
などなど、好奇心をくすぐられるような話をエティは聞かせてくれた。
――あと、エティは姿を持った妖精の中ではとても大きい方であるらしい。そのことを本人は気にしているみたいで、この話はちょっと恥ずかしそうにしながら話していた。
「なんか、悪いな。色々教えてもらっちゃって」
「いえ、気にしないでください。そういった疑問を解消するのも、私の務めですから!」
言いながら嬉しそうに微笑むエティを見て、思わず口角が上がるのを感じる。
エティ、ほんとにかわいいよねぇ――
「――かわいいよねぇ」
「……あの、漏れてます。声に」
「…………あ」
思わず手を口にやるが、もちろん効果なしだ。
「も、もぅっ! 無意識でそういうこと口に出さないでくださぃっ!」
羽をパタパタとさせて顔を赤らめているエティは、ふにゃふにゃとした声でそう言ってきた。
「ははっ! なんだ嬢ちゃん、もしかして兄ちゃんに惚れてんのか?」
「――っ!? うぁっ、いや、そのぉ……それは……」
男の指摘に、今度は顔を真っ赤にしてたじろいだエティは、いわゆる体育座りの体制になって縮こまってしまった。
……エティがあの森で言ってたこと、もしかして本当だったりするんだろうか。
「いいねぇ、妖精でも恋ってするもんなんだなぁ」
男はそんなエティを見て、笑い声を滲ませながら染み染みとしたようにそう言った。
揺れる馬車の振動で尻がやられ始めた頃、大きな欠伸が体の底から溢れ出る。それと同時に、俺は猛烈な眠気に襲われ始めた。
「……なんか、眠くなってきた」
「体力、使っちゃいましたもんね」
エティの言葉になんとか頷いて答えるも、首が座っていない赤ん坊のようにカクカクと揺れる。
あー、駄目だこれ。眠気に抗っててもそのうち寝るやつだ。
「寝ていただいても大丈夫ですよ? 着いたら起こしますから」
「あー、マジ? ならそうするわ」
エティの言葉に返すや否や、着ていたブレザーを適当に畳んで簡易枕を完成させる。
ブレザーの所々に付いてる血が乾いて、赤黒く変色しているのが目に入ったが今はそんなことどうでもいい。
「なんだ、寝るのか? それなら少し速度下げるか?」
男がこちらを気遣うようにそう尋ねてきた。
多分、馬車の揺れのことを言っているんだろうな。
ただ、舐めないでほしい。
こちとらよくわからない穴に落ちている間にも睡眠を貪ることのできる男なのだ。
こんな揺れ大したことはない――――多分。
「いや、大丈夫です。一応、どこでも寝れるのが特技なので」
男の言葉に適当に返して、仰向けに寝転がる。
うん、即席の枕だがないよりはだいぶマシだ。
「ゆっくり休んでくださいね」
微笑を浮かべるエティの言葉を聞いて、俺は目を閉じる。
ガタガタと鳴っている車輪の音は、一瞬で聞こえなくなった。
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