腹ごしらえ
比較的平らな岩に座って、鞄から取り出した巾着袋から、弁当箱を取り出す。そのまま二段の弁当箱の蓋をそれぞれ開けてみた。
片方はごま塩の振りかけられた白米が敷き詰められている。
そして、もう片方には。
「唐揚げ弁当、か」
3つの唐揚げに付け合わせのレタスが入っていた。
「ひとまず分けるか」
「あ、あの。私、別に食べなくても活動はできるので、食べなくても……」
「問答無用。エティにも食べてもらいます」
「え、でも」
「食べ物を食べれないわけじゃないだろ? じゃなきゃ森の中であんな歌、歌ってないだろ」
「そ、それはそうですけど……」
海鮮盛り合わせの歌を思い出したのか少し恥ずかしそうなエティ。そんな彼女をよそに、俺は膝の上で、蓋を使って白米とおかずを片方ずつの弁当箱に移し替えていく。
「ほい」
「あ、えっと。ありがとうございます」
俺の隣に座っているエティに、片方の弁当箱を渡す。彼女はそれを、戸惑いながらも小さな両手で受け取った。
「……あの、本当にいいんですか? 私も食べてしまって」
「いいに決まってるだろ?」
今日会ってから今まで、頑張ってくれてたんだ。これくらいしかできないけど、俺なりに彼女を労ってあげたかった。
まあ、弁当を作ったのは母さんではあるのだが、そこはご愛嬌ということで。
「もしかして嫌だったりするか?」
「いえ、そんなことはないんですけど、むしろ嬉しいんですけど……レイジさんが食べる分が少なくなっちゃいますし……」
「んー。なら、それは俺を助けてくれたお礼ってことでどうだ?」
俺がそう言うと、
「……わかり、ました」
エティは渋々といった表情で頷いた。
「あ、でも箸とかどうしよう」
「それなら、大丈夫です」
エティはそう言って右手を軽く開く。すると、そこに一瞬光が集まったかと思うと白い箸が一膳出現した。
「え、物も創れたりしちゃうのか」
さっきのウィンドウといい今のといい、エティって結構便利な力を持ってるのだろうか。
「私が使うものだけに限るんですけどね」
気恥ずかしそうに言うエティは、その箸を使って唐揚げを一口食べた。
「いただきます」
小さな声で呟いてから、俺もそれに倣って唐揚げを口に運ぶ。
うん、冷めてるけど衣がカリカリしてて、中の鶏肉も肉汁が溢れるほどジューシー。
母さんの作る弁当の具の中で、個人的に大当たりの1つに数えてるだけのことはある。
「美味しい……えへへっ、すっごく美味しいです!」
エティもどうやら気に入ってくれたようで、満面の笑みを浮かべていた。
「唐揚げの衣って、冷めててもこんなにカリカリなんですね」
一口齧った唐揚げを眺めながら、不思議そうに呟くエティ。
「あー、多分母さんの研究の成果ってやつだ」
「お母様の?」
「お母様って……お前……」
どんな反応したらいいかわかんなくなる呼び方やめてくれよ……
ひとまずスルーして、話を続ける。
「母さん、結構料理好きでさ。いっつもなんかアレンジしようとしたり、もっと美味く作れないか試行錯誤してたんだよ。まあ、そういうときは
「い、生贄……ですか?」
「んー、基本的には見た目が変になってても美味しいんだけど、偶にとんでもないものが出来上がったりするからなぁ」
しかもそういうものに限って見た目が美味そうだから質が悪いんだ。
「まあ、そういう平和な犠牲のお陰で、この美味しい唐揚げも作られてるってことだ」
適当にそう言って、俺は1つ目の唐揚げを平らげる。
「……お父様にも感謝しないと、ですね」
「いやだからお父様って……」
変な顔をするしかない俺を他所に、エティは唐揚げをもう一口食べていた。
その後も、適当にエティと会話しながら弁当を食べる。
エニティが実はだいぶ抜けてるだとか、俺の母さんも結構抜けてるところがあるだとか。そんなどうでもいい話をしているうちに、俺もエティもあっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした、と」
エティから空になった弁当箱を受け取って、さっさと鞄の中にしまう。
「どうだった?」
「はい、とっても美味しかったです!」
俺に笑顔を向けながらそう答えてくれたエティ。
うん、やっぱりエティは笑顔でいてくれる方がいい。
いやまじで、笑顔が眩しくて目が潰れそうです。
「そうか……少しは元気出たか?」
「……はい、お陰様で。その、ありがとうございます」
「ん?」
「砂浜のことも、お弁当も。私のこと、気遣ってくれてたんですよね?」
そう言って、上目遣いで見つめてくるエティ。
「……さぁ? 俺が見たかっただけかもだし、お腹減ってただけかもよ?」
可憐な仕草すぎて思わず胸が高鳴るのを、おざなりな返事で誤魔化す。
というか、確かにエティに元気を出してほしくて寄り道してたわけだが、いざ本人に指摘されると少し照れてしまうな。
「……えへへ」
そんな俺に、彼女はもう一度眩しい笑顔を向けてきた。
寄り道を終えて、俺たちは再び草原を歩く。
あれから結構歩いてはいるが、未だに代わり映えのしない景色が続いている。
「それで、ケイルってとこまであとどのくらいとかわかる?」
「あと数時間は歩かないと、ですね」
「うへぇ、結構かかるんだな」
「わ、私も一緒に歩きます!」
「いや、無理してもらわなくてもいいよ。浮いてる方が楽なら、そっちでいい」
森を出てからの暗い雰囲気はどこへやら、エティは再び明るい雰囲気を纏わせていた。
「そういえば、初めて見る海はどうだった?」
「えっあっはい……そうです、ね……」
俺の言葉にびくりと体を跳ねるエティ。そして、なにか逡巡するような素振りをしている。
「あの、レイジさん、その……言っておかないといけないことが」
「ん?」
もじもじと俯きながらそういったエティは、意を決したようにして顔を上げた。
「わ、私。
「うん」
「……この世界の知識はある程度あるんですけど、経験は……その、ほぼゼロというか……」
「ああ、やっぱりそんな感じか」
「はい、やっぱりそんな………えっ!?」
海を見て感動していたり、砂浜ではしゃいだり。そんなエティを見てて少なからず思ってたんだ。
もしかしたら、この世界の事を知ってはいても、実際に物事を見たり体験したりしたことはないんじゃないかって。
「え、あ、気付いてたんですか!?」
「いや、多分そうかな? って思ってただけなんだけどな」
なんだったらさっきも、初めての海はどうだったって聞いたんだけどな。
図星を突かれて再び俯きそうになるエティ、だったのだが。
「うぅ……その通りです。ですけど、その……あんまり頼りにならないかもしれないですけど、知識だけならありますから! だから出来れば頼って欲しいです……なんて」
やっぱり寄り道して正解だったかな、これは。
ちょっと前までだったら、多分また卑屈モードに入っていたんじゃないだろうか。
「魔法だって使えるだろ?」
「……あ、そうですね! 私、魔法も使えます!」
俺の訂正に元気よく応じるエティに、思わず笑みが溢れる。
「まあ、言われなくても頼りにさせてもらうさ」
この世界の右も左もわからない俺だけよりも、知識もあって魔法も使える妖精がいるほうが絶対に心強いしな。
「っ! 頑張りますねっ!」
俺の返答に、彼女は表情をぱっと明るくさせてそう言った。
「まあ、一先ずは俺も頑張んないとなぁ。歩くのを」
言いながら、向かう先の地平をみやる。
街らしきものは見えず、どこまでも広がる草原と、なんだか道みたいなものが……
「ん、道?」
改めて目を凝らして見てみると、草の生えていない、整備されたような道が見える。
あれだ。漫画とかでよく見た、草原の中にある道。まんまあれが俺の眼の先に存在している。
現実にあるんだなぁ、ああいう道。
まあ、いうてここ異世界なんだけどさ。
「とりあえず、あそこあたり目指そうか」
方角的にも間違っていないだろうし、目印があれば何もないより気力も持つだろう。
そんな理由で隣のエティに言葉を掛ける。
「あの、レイジさん。あそこ、何かありませんか?」
が、エティは俺の見ていた方向より少し右側を指さしながらそう問いかけてきた。
その視線の先を見ると確かに何かが見える。
目をよく凝らして見ると、辛うじて馬のようなものが2頭見える。そしてその後ろにある荷台みたいな形のもの……
「あれは……馬車か?」
「多分そうですね。んー……男の人がお馬さんを宥めてるみたいです」
おお、この距離から何が起きてるか見えてるのか。
エティ、結構目がいいんだな。
「なんかトラブルでも起きたのかな」
正直、興味が湧いた。
馬車についての興味もだけど、何より。
この世界に住む人はどんな人なのか。それが気になった。
「エティ、行ってみようか。そんでなんか困ってたら助けよう」
俺の提案に一瞬驚いたような表情をしたエティは、しかし次の瞬間には笑顔で強く頷いてくれた。
かくして、異世界での初めての人との接触を行おうとする俺なわけだが、実は一つだけ懸念点がある。
俺もエティも、服とか髪とか血だらけのままなんだよなぁ……
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