為せば成る
突如として途轍もない寒気に襲われる。
体に力が入らず、視界が明滅する。
そんな中でも、思考だけは止まらなかった。
――ははっ、なんだよこれ。
ちょっと頑張ったと思うんだけどな……
怖かった。走った。考えた。死にそうになった。
そうして何とかなったと思ったら、今にも死にそうになっているなんて。
俺は、生きたかったから――
「……死にたくないから頑張ったのにな」
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 私がっ! 私のせいでぇっ!」
思わず漏れた言葉に、エティが半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
ああ、そっか。
この破片ってエティが作ったもんだっけか。
恨み言みたいになっちゃって、なんか悪いな。
謝ろうとして、いつの間にか呼吸がか細くなっているのに気づいた。
そして言葉を紡ぐことも叶わず、口の中に鉄の味が溢れてきて。
ぺしゃ、という音とともに大量の血液を自分の服にぶちまける羽目になった。
「っ!? レイジさんっ! まだ治せますっ! 治しますからしっかりしてくださいっ!」
俺の様子を見たエティはそう言って、俺の腕に刺さっている複数の破片を抜き始める。
腕から始まり、腹、足、胸とそれぞれに刺さっていた破片が乱雑に、必死に抜かれていく。刺さった直後には痛みを感じていたはずなのだが、抜かれる痛みは少しも感じない。
ははっ、なるほど。
痛みも感じないって事か。
そうなるほどに命の灯が消えかかっているという事に、一人で納得してしまった。
「ごめんなさいっ痛くしますからっ! でも絶対治しますからっ! 絶対っ! 絶対にぃっ!」
顔をぐしゃぐしゃにしている彼女はそう言いながら、両手を俺の胸に翳すようにした。
「『
エティがそう叫ぶと同時に、俺の胸になにかが入り込むような感覚がして。
「――――うぁっ!?」
痛みが走った。
胸の内側から傷口を掴まれて、それを広げられる。
そんな引き裂かれるような、味わったことない障碍な痛みに苦悶の声が漏れ、意識が遠退いていく。
「治りますっ! 治しますっ! 治ってっ! お願い治って……!」
もはや祈るようにしながら必死に何かをしている彼女の声と、憎たらしいほど青い空が見えたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
私のせいで彼が傷付いたその時に、頭の中が真っ白になった。
どうしてか、狙いを逸れた魔法のお陰で魔物を倒したあとも、思考がまとまらずにいた。
傷つけてしまった。
私が導くべき人を。
私に新しい名前をくれた人を。
私に元気をくれた人を。
私に力があれば、レイジさんはこんな風になんてならなかった。
ここにいるのが私じゃなかったら……私の
――ううん、違う。
そんな卑屈な思考なんていらない。
今、ここにいるのは私しかいないんだ。
頑張るって、そう言っちゃったから。
レイジさんも頑張ってたんだ。
きっと怖くて、ホントは囮なんてしたくはなかったはずなんだ。
だから――
「私も……」
私だって、頑張ればできるんだから。
魔力を外気から取り込んで。
取り込んだ
『
肉体の再生を急速に促し、血液でさえも再生成させることのできる回復魔法。
目を見張るほどの治癒の代償は、対象の状態に比例した大きな痛み。
そう、お母さんに聞いていた。
初めてだ。初めて使った。
『
『
でも、今使っているこれは違う。本当に治るかなんて私にはわからない。
これしか望みがなかった。
これしか、彼の命を繋ぎ止める方法が思いつかなかった。
たとえさらなる苦しみを与えるとしても、彼を助けたかった。
眼の前の彼は今、意識を失っている。
その方がいいと思った。
だってこの状態なら、彼は痛みを感じなくて済むから。
「治せる……治せてるっ!」
彼の胸にある
「他のところも、早くしないと!」
彼が力尽きてしまう前に、私はそれぞれの傷口に魔法をかけていく。
時たま、彼の体が大きく跳ねて、その度に謝罪の言葉を口にしそうになるのを飲み込んだ。
謝るよりも、この傷を治すこと。それに全神経を集中させる。
慌てふためいて、何言ってるかわからないほど取り乱して、挙句の果てには彼を危険な目に合わせてしまった。
まだ、ちゃんと謝れていないから。
いっぱい謝らなきゃいけないから。
だから必ず、レイジさんを助ける。
そのために、私は頑張りたいんです。
最後の傷を癒やす。胸にあったそれよりも小さかった穴はすぐさま塞がった。
レイジさん、頑張ります。
私、これからたくさん、たくさん頑張ります。
この世界に迷い込んでしまったあなたを、精一杯お手伝いします。
だから――
「だから起きてっ! 起きてくださいっ! レイジさんっ!」
私は彼に呼びかける。
祈りながら、呼びかけ続ける。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何か、聞こえる。
耳元で、何かが。
女の子の声だ。必死で俺の名前を呼んでる。
この声は……
「――エティ」
自分の喉から声が出て、横から聞こえていた声が止まる。
閉じていた瞼を少しずつ開けるとそこに見えたのは、澄み渡る青空とエティのくしゃくしゃになった顔だった。
「俺、生きてる……?」
「っ! レイジさぁんっ……!」
そのまま深呼吸を一つして、仰向けになっている自分の体を見下ろす。
そこには所々が血に塗れている高校の制服が見えて、自分が本当に危険な状況だったことを思い知らされる。
ただ、今は息が苦しいとか寒いとか、そういうものは感じない。
それと右手に小さな暖かさを二つ感じる。見ると、彼女の両手は俺の手を包みきれず、挟み込むようにしている。
そんな彼女の両手は傷だらけで、赤に染まっている。彼女の髪にも赤いものが所々にベッタリとついていた。
「……助けてくれたんだな」
俺の問いかけに、彼女は首を横に振って答える。
「ごめんなさい、私のせいです。私がレイジさんを危険な目に……わたっ、しがぁっ……もっと力を持ってだらっ……ひっく…ごんなっごんな目に遭わなくてよかっだのにっ」
そのまま既に赤くなった瞳からぽろぽろと涙を流すエティ。
しゃっくりをしながら、鼻水を垂らしながら謝ってくる彼女を見て、だが俺は思う。
「でも、俺を助けるために頑張ってくれたんじゃないか?」
「――っ」
きっと、頑張ったんだろうな。
パニクりながらも必死に俺の傷を治してくれたんじゃないかなぁ、なんて。
そう思ったら、眼の前で縮こまっている彼女が、より愛おしく思えてしまう。
「………は、ぃ……はい、がんばり、ました……私、頑張りました」
彼女は俯きながらも消え入りそうな声で、しかし確実にそう言った。
「そっか。ありがとな」
言いながら、俺は左手で彼女の頭を軽く撫でてみる。彼女の体がびくりと跳ねた。
「わたしっこんなことされる資格なんてっ……」
俯いたまま、しゃっくりを時たまくり返すエティ。
そんな彼女に、俺は伝えてみることにした。
「そんなに泣いてると、かわいい顔が台無しだぞ?」
びくり、と彼女の体がもう一度跳ねた。
「――ぅぁ……」
先程、彼女が臆面もなく笑顔を見せてくれた言葉。
ただ、それは今は逆効果だったようで。
「うあぁぁぁぁぁあっ! よかったっ、よがったですうぅぅぅっ!」
涙の洪水。
そういうのが正しいと思えるほどの涙を流しながら、エティは俺の体に縋りついてきた。
エティの熱と泣き声。潮風の匂い。波の音。そして雲ひとつない清々しい青空。
そんなものを感じて、俺は思わず呟いた。
「為せば成る、か……」
昔からの、俺の密かな座右の銘だった。
まあ、この状態は流石に成し過ぎじゃないかななんて、そう思ったりもするんだけど。
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