邂逅、逃走
機嫌よく先に進むエティ。
先導している彼女は先程から時折こちらをチラチラ見ては、にこっと何度も笑顔を向けてきているのだが、何度も木にぶつかりそうになったり枝に髪の毛を引っ掛けたりしていた。
「なぁ、もうちょっと周り見ないと危ないぞ?」
と、軽く注意を促したりはしているのだが。
「えへへ、すみません」
なんて申し訳無さそうに笑顔で言うだけで、結局また服を木に引っ掛けたりしている。
まあ、すぐにいじけるよりはマシか。
そう考えて、危なっかしい彼女の後を追っていく。
そうして少し経ったあと、そこに辿り着いた。
「――――」
切り立った崖、その淵から見るそれは俺の見たことのあるものとはだいぶ違っていて、思わず声を失う。
透き通った青。そうとしか言いようのない、紛れもない海だった。
「……きれい」
ポツリと、俺の横にいるエティが呟いた。
全く持って同意見だ。
「綺麗だな。俺の知ってる海とは大違いだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺の知ってる海はもっと、茶色いよ」
「茶色……私、海は青いって
「んーいや、なんというかなぁ。人間のせいでそうなったというか」
不思議そうに聞いてくるエティに、そうおざなりに返す。
まあ、別に細かいことを知っているわけでもないし、説明もできないのだから仕方ないだろう。
「まあ、なんだ。この世界の海の方が綺麗だし、匂いもそこまでキツくないしでいいよ」
そう言って、俺は再び前に視線を向ける。
眩しいほど青い海に見とれていると、崖にぶつかる波が大きな音を立てて俺の耳に届いてくる。
「なんだか、落ち着きます」
そう言って、俺の隣で目を閉じて音に聞き入るようにするエティに、俺は一つ言葉を投げる。
「でも、こんなとこで立ち往生してる暇あるのか?」
それを聞くと彼女はハッとしたようにして。
「そっそうでした!」
と、勢いよく気付くのだった。
先程の場所はどうやら寄り道だったようで、俺たちは森の中に戻って来て再び獣道を辿る。
「後でまた海見ながら歩きましょうね!」
「いや、君は浮いてるでしょ」
エティと特に生産性もない会話を続けながら歩いていく。
そのまま何事もなく森の外へ行ければ……と思っていた時に。
ふと、何かの目線を感じた。
「……なんだ?」
「? どうしました?」
気になって周りをぐるっと見回そうとして、後ろを見るとそれと目が合った。
「――ッ!? レイジさんっ! 走ってっ!!」
「っ!!」
エティの言葉に反射的に走り出す。一瞬足が縺れたが無理やり立て直して何とか転けずにすんだ。
――ゥウオォォォッ!!!
ビリビリと大気を震わせるそれが、後ろの魔物から発せられたというのは考えるまでもなかった。
そして、同時に耳に聞こえる振動音。それは少しずつ、近づいてくる。
追われている。俺の二倍はある巨大なものに、悪意を持って追われている。
それを実際に確認する勇気もない俺は、必死に前を見て全力で走る。
「レイジさん! そのまま走り続けてくださいっ!」
「はぁっ! はぁっ! なっ、なにするつもりだっ!?」
既に切れそうな息を必死に続けながら、俺の横を浮遊する彼女に思わず問う。
「出来るかわかりませんが、撃退しますっ!」
そう言って、彼女は両手を祈るようにして……いや、両手の親指を立てて、人差し指を二つくっつけて俺の後ろに向ける。
その動きと連動してか、彼女の羽のうちの一つがその色に淡く発光するのが見えた。
「
再び大気が震える。それと同時に今度は後ろからではなく、俺の横から大きな破裂音がした。
「っ!? なんだ!?」
思わず立ち止まり、振り返る。
そこにあったのは先程の手の形をしたままのエティと、腹に握りこぶし程の穴を開けた魔物。
ただ、魔物は空いた穴から血を流してはいるが、その目は未だに俺への殺意を鈍らせてはいないようだった。
「……あ。ダメですこれ」
エティがそう呟くと同時に、魔物は再び大きな声を上げて、俺の方に走って向かってきた。
「あっさっ『
慌てたようにエティは両手を開き、前に出しながらそう言った。
そうして現れたのはステンドグラスのような、カラフルな色をした壁のようなもの。それは勢いよく魔物がぶつかってきても、軋むような音を上げるだけですぐに崩れるようなことはなかった。
「今のうちにっ! 逃げますっ!」
「あ、ああ!」
エティの言葉に頷いて再び走ろうと後ろを向いて右足を踏み出した瞬間。
「――ッ!?」
右足を強烈な痛みが走った。
思わず地面への顔面着地を行いそうになるが、咄嗟に両手で何とかそれを食い止める。
「っ!? レイジさん! もしかしてケガを!?」
ひゅん、と先程までとは比べ物にならないスピードで俺の目の前に飛んできたエティは、焦りながらも心配そうに聞いてきてくれた。
「さっき、足が縺れたときに捻ったかな……」
手で足首を触ると案の定、膨らみを感知できてしまった。
この足では歩くのがやっとといったところだろうか。
だがこのままでは恐らく追いつかれてしまう。そしてその時には……
一瞬最悪を考えそうになる自分に若干辟易しながら、俺はなんとか生き残るために頭を回転させる。
そして、一つの案が浮かぶ。
「俺の能力……使ってみるか」
「……あっ!」
俺の呟きに、エティの瞳に希望の光が灯った。
意志あるものを隷属させ、自在に操ることのできる力。そう言って渡された力。
多分、俺を殺すという意志を持っているあいつにも、効くんじゃないだろうか。
そう考えて、俺はまだ壁を破れずにいる
「『どっかいけ!』」
いや、我ながら恥ずかしい。なんだよどっかいけって。
でも、しょうがないじゃないか。力をどうやって使うだとか、教わってなかったんだから。
言ったあと若干恥ずかしくなりながらも、俺はもう
だが、そこにいたのは未だ壁に対して殴る蹴るを繰り返す魔物だった。
「え、効いてねぇ……もしかして詠唱みたいなのとかが必要なのか……?」
「…………ぁ」
俺の呟きを聞いて、エティは小さく声を漏らした。
「魔力が……ないんだ。使役には魔力が必要だから、それがないと……なんの能力もないのと同じ……です」
あっ、そういえば。
つまり、この
――グォァ!! ゥォォオオオ!!
魔物の叫び声と壁が大きく軋む音に一瞬で思考が引き戻される。
使えないならそれまでだ。それ以上考えたって仕方ない、と割り切るしかない。
となるとエティがした何かと、あのカラフルな壁をどうにか……
「どっどうしましょう!? 『
「……さっきみたいな、海の見えるとこに行こう」
「えっ!?」
泣きそうになりながら必死にこの状況をなんとかしようとしているエティにそう言って、右足の痛みを堪えながら立ち上がる。
「そんなとこに逃げ場なんてないですよっ!?」
「でも、このままでも危険だろ。だったらあれをどうにか倒すしかない」
「どうにかってどうやってですか!?」
大分パニックになってしまっているエティを見て頭が少し冷静になるのを感じる。
そうして冷静になった頭で、先程考えついた案が成功するかをもう一度だけ思案して。
「多分、行けると思う」
と、結論を出す。
絶対に失敗とは言い切れないが、このままここにいたってそれこそ生き残ることは出来ないだろう。
なら、やるしかない。
「レイジさんっ! 待って! 待ってくださいっ!」
早歩きで獣道から逸れて先程の崖のあった方に進む。そんな俺にエティはついてくる。
「エティ、さっき魔物に穴開けたやつと、カラフルな壁。両方まだ使えるか?」
「えっ、は、はい! 使えます……けど、最初のやつはさっきほどの威力は出ない……です」
「多分……大丈夫だ」
「あの、本当に何するつもりなんですか!?」
後ろから何かが割れる音と、大きな雄たけびが聞こえる。
なるほど、どうやらもう時間がないらしい。
エティと同じくパニックになってしまいそうな心を抑えて、俺は言う。
「大自然の力ってやつを、借りるとしようぜ」
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