案内人
緩やかな意識の浮上、徐ろな意識の覚醒。
眠りからの目覚めを言い表すとしたら、こんなところだろうか。
「――ああ、見知らぬ天井……天井かこれ?」
ゆっくりと瞼を開けて、視界に入ったものを見て。状況の確認もかねてわざと独り言を発した。
俺の向く先には石で作られたように見える天井と思しきもの。それは、太陽からの恵みをポツポツと地面に注がせるほどには所々が崩壊していて、こんなものでは雨は防げないだろうなぁ、なんてことを思わせてきた。
「よっ……と」
両腕で寝ていた体を起こして周りを見ると、そこはやや広い、倒壊した遺跡のように見える場所だった。
「……何処に着くのかきちんと聞いておくべきだったかなぁ」
なんて、状況を呑み込みあぐねている俺の声に応えるように、その声は響いた。
「――こっここはっ!」
「うわっ!」
背後から突如響いたそれに思わず声が出る。
それと同時に俺は
「イールの辺境にあっあるっ! とっ、倒壊ひっしたっ! 神殿ですっ!」
淡い翡翠色の髪と瞳を持った、俺より二回りほど小さい美少女だった。
その少女はエニティの原寸をそのままに縮小しただけのような見た目をしており、不思議なことに幼女のようには見えなかった。
「……えっと、もしかして。君がエニティの言ってた
「はっ、はい! そうですっ!」
勇気を振り絞るように胸の前で小さな握りこぶしを作る少女は、大地を強く踏みしめ、目を強く閉じ可憐な声で続けて言い放つ。
「わったっ、わらしはっ! ししゃうよーせいっごーっ! ですぅっ!」
……いや、噛みすぎでは?
「……すみませんごめんなさい、こんな私が
先程の勢いから一変して体育座りで小さくなりながら、急激に沈んだ表情と声音で繰り返し謝る少女。俺はそんな彼女にかける言葉を必死に探していた。
「……あーっと、えっと。とりあえず、さっき言おうとしたこと、もう一回言ってくれないかな?」
おずおずとそう聞くと、少女はゆっくりと顔を上げて答える。
「はい……私は、『試作妖精一号』と言います。以後
そう言うと同時に、彼女は腰ほどまである薄緑の髪の間から三対の、これまた薄い翡翠の羽を展開させた。
「ある程度生きていく上で支援できることもあると思うので……捨てないで頂けるとありがたいです。……その、せめて無視とかまでなら許容出来ますから……」
「え、いや、そんなことはしないけども……」
「――ホントですか? ……あ、いえすみません。どうせ私がこんなだから、無理して優しくしてくれようとしてるんですよね、無理させてすみませんこんな
最初のは虚勢だったのか、随分とネガティブなことをのたまい続ける彼女に困惑してしまう。
「あ、えーと、その……『試作妖精一号』が、君の名前で合ってる?」
「あ、はい。そうです、変な名前ですよね、へへ。でもお母さんにそう名付けられちゃったので」
自虐するかのようににちゃっとした変な笑いを浮かべる
「お母さんってのは?」
「……エニティ、彼女です」
いやネーミングセンス無さすぎか!
というかエニティがお母さん? あの神様もしかして子供でも産んでたのか?
「あ、お母さんとは言ってもなんというか、私は『創られた』みたいな感じなので、産んだりとか言うわけではないんですけどね」
「親子揃って俺の思考を読まないでほしい」
思わず文句が口をついた。
「……えっと、ごめんなさい?」
「あーいや、謝んなくていいよ。なんか変な八つ当たりみたいになってしまった」
「は、はぁ……とりあえず、その……これからよろしくお願いします、ね?」
困惑しながらもゆっくりと立ち上がりながら、そういう彼女に、俺は一つ提案をすることにした。
「あの、良ければだけど。名前、変えないか?」
「……え?」
再び困惑した様子の彼女に、俺は続ける。
「いや、これから一緒にいるんだったらそんな長い名前よりも呼びやすい名前のほうがいいかなって思ったんだけど」
「…………」
試作とか、一号とか、『創られた』ということをありありと示しているように思えて、ちょっと嫌だと思った。
「――なんて、呼んでくれますか……?」
そんな考えからの提案に、彼女は瞳を輝かせながらそう問うてきた。
「出来れば、かわいい名前がいいです。それか、かわいい愛称で呼べるならそれでも」
「かわいい、かぁ。期待に添えるかな」
正味俺も名前をつけるとかいうのは得意ではなかった。ゲームとかで自分で名前を付けるような時も、デフォルトの名前とか公式で出てる名前とかでお茶を濁したりしていたくらいだ。
だが、自分から言い出したことなので、なんとか考えてみることにした。
あ、あい、あう、あえ……
いあ、いあ――いやこれは違うか―――
「……決めた」
「っ!」
俺の呟きに、少女の体が飛び跳ねる。
「な、なんて名前ですかっ!?」
期待に胸を膨らませるような少女に、俺は意を決してその言葉を伝える。
「――――エタニティ」
エタニティ。
確か、永遠とか、永久。そんな意味の英単語だったはずだ。
彼女の『創られた』と示すような名前に対して、それでも君は永久にこの世界にたった一人しかいない存在だと。
そんな意味を込めて、何とか捻り出したものだった。
「……エタ、ニティ……エタニティ……」
俺の言葉をただ反芻する様にする少女は、だが次には俺にその顔を向けて。
「――ぜひエティと、そう呼んでくれませんか?」
それは多分、受け入れられたということなんだろう。
先程までの卑屈さも、最初に見た勢いのいい必死さもその表情からは伺えずに。
「ああ、エティ」
「――はい!」
その笑顔は、正に大輪が咲いたと言うに等しいものだった。
「それでは、改めまして!」
そして少女は、自身に満ちた笑顔でこう言った。
「私の名前は『試作妖精一号』もとい、エタニティ。気軽にエティと呼んでください。これからあなたの
あ、最後に噛んじゃったかぁ……
その後、また卑屈にいじけそうになる彼女をなんとか宥める羽目になったのだった。
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