行き着く先は
「貴方はこれから、異世界に行きます」
暖かな陽光を浴びる中、端的に目の前の少女は告げた。
「異世界」
「そう、異世界」
「異世界って言うと、剣と魔法のファンタジー、みたいな異世界?」
「そうね、ある程度の認識としては間違いないわ」
ゲームとか小説とかでの異世界を想像して聞いてみたが、どうやら本当にそういう世界に行かされるらしい。
「ただ、貴方は戦えるような力も持ってないし、生計を立てられるような能力も持ってない。このままだと、多分相当に苦しい異世界生活を送ることになるわ」
先程の笑いながら話していたときとは違い、やや重い雰囲気を纏う彼女にそう言われた。
「あー、なんというか。異世界に転移させられてすごい能力がー、とか。勇者として召喚されて手厚い歓迎と待遇がー、みたいな感じではない?」
茶化すように異世界転移ものとしてありきたりな境遇を並べてみるが、俺の言葉に彼女は首を横に振った。
「残念だけど、違うわね。貴方は勇者召喚の余波に巻き込まれてしまっただけだから、力も授かっていないし、そもそもどの座標に飛ばされるかもわからないの」
ふーん、召喚の余波にねぇ……
「……えっ、巻き込まれたみたいな?」
「んー、そういうことになるわね」
「いや、そんな軽く言うなって……」
「――ふふっ、ごめんなさい」
俺の情けないような声に耐えられなかったのか、ふわりと笑ってそう言うエニティ。
「いや、笑い事じゃないって」
「まあそうなのだけれど。貴方ってば、この状況に大きな困惑もしてなさそうだし、すんなり色々信じてくれるし、なんだかすごいなって思っちゃって」
言われて確かに、と思ってしまった。
いや、なんというか、多分まだ実感がないだけだ。よくわからないどこから落ちてきて、白い空間に来て、そしたらそこが目の前で森になっていく光景を見て。ただそれだけ……
「……なんか、やけに余裕があるみたいだ」
非日常的な体験をして、非現実的な光景を見ても混乱も困惑もしていないことに、少しの違和感を覚える。
「まあ、私としては落ち着くまで待ったりしなくていいし楽なんだけどね?」
と。少女は微笑みながら楽しそうにそう言った。
異世界からの勇者召喚。それは時空を越えて勇者の素質ある者を呼び出すことのできる秘技。
破滅の予言、世界滅亡の兆しの観測、はたまた世界を脅かす魔王の誕生。
そんな時に行われるそれは、確かに英雄と呼べるような勇者を呼び出していた。
予言にあったすべてを破壊する魔物の討伐。
赤き天より現れし堕ちた神の消滅。
生まれたときから世界を憎む魔王との大立ち回り。
召喚された者たちは、強大な力を持っていて、それをもって世界に平和を
――エニティ曰く、そうらしい。
「でも、そんな召喚にも穴があってね。たまに時空の
「今の俺みたいになる?」
首肯する彼女は、続けて話す。
「ただ、勇者召喚とは違って時空の歪から転移してしまった人はなんの力も授かれないから、勇者みたいに強大な力とかは得られない。そのまま異世界に放り出される形になるの。そんな人がどうなるか……」
「聞きたくはねぇなぁ……」
「そうね。運良く人の居るところに転移すればまだ希望はあるのだけど、そこが魔物の住まう
「いや聞きたくないって言ったじゃん……」
言われて想像してしまった。無惨に引き裂かれる肉、いとも容易く断たれる骨、引きずり出される臓物――
「――まーじで、嫌な想像しちまった」
「えっと、ごめんなさいね?」
申し訳無さそうに眉を下げながらエニティは謝ってきた。その後、咳払いを一つして、改めてという感じで彼女は言葉を紡ぐ。
「でも、そうならないように私があなたをここに呼んだの」
「あぁ、そういえばここって結局?」
先程までの話と感じだと、飛ばされる先の異世界とは別の場所ではあるのだろうとは考えられる。
「ここは、そうね。時空の狭間、と呼ぶのがいいかしら」
「元の世界と異世界の間、みたいな?」
「というより、色々な世界の狭間、かしら?」
首を傾げながら確認するように呟く彼女は、肩から前に流れている
「……とりあえず、俺はこれから剣と魔法のファンタジー的な異世界に飛ばされる。で、転移した先で無力なまま死ぬかもしれない、っていう感じか」
……言葉にすると、結構ヤバめじゃないか?
これからの境遇に慄いていると、すっと立ち上がって胸を張るエニティ。
「そこで、私からの贈り物があるわ」
確かに、さっき座ったときにそんなことを言っていた気がする。
「贈り物って?」
当然の疑問を口にすると、エニティは右手でピースサインを作る。
「
そう言って彼女は、そのまま右の掌を上に向ける。すると、手の周囲から白い光が集まって掌の上で大きな球体となった。
「これはね、『意志あるものを隷属させ、自在に操ることのできる力』よ」
いや流石に物騒すぎないか?
「……ちょっと物騒すぎないか?」
思ったことが思わず声に出る。するとその言葉に彼女は笑って答えた。
「そうね、確かに物騒かも。実際頑張れば人も操れてしまうし」
「チートかな?」
「んー、操れるかは貴方と相手の魔力量と質によるし、案外チートとは呼べないかなぁ」
なるほど、一応意志あるものを操るためにはいくつか条件があるみたいだ。
「まあ、ひとまず受け取っておいてほしいわ。使うか使わないかはあなた次第だしね」
そう言って彼女は、掌を俺に向けて白い球体を飛ばしてきた。
それはまっすぐ飛んできて、俺の胸に染み込むように吸収されていく。
「うん。これで能力の授与は終わり。私としては上手く使ってみてほしいわ」
「う、うん。善処してみる」
あっさりと能力の授与とやらが終わって若干拍子抜けしたような気分になっていると、なにやらエニティが近づいてきて俺の顔を覗き込むように首を傾げた。
「でも、これからが大変なんだからね? 貴方は見知らぬ世界で生きていくんだから」
「……あ、あぁ」
ふわりと甘い香りが漂ってきたことに少しドギマギしながら視線を泳がせると、服の上からでもわかる彼女の豊満な肢体が目に入り、余計にドギマギする羽目になったのはここだけの話だ。
「……それじゃあ、名残惜しいけど目を閉じて。比較的安全な座標に送るわ」
そんな俺の様子に構わず、少し物悲しそうな声でそう言うエニティ。
「……そんな悲しそうに言われると、まるでもう会えないみたいに聞こえるな」
感じたまま俺がそう言うと、少女は少し考えたような素振りを見せた後、再び髪をいじりながらはにかむようにして聞いてきた。
「……やっぱりまた、会ってもいい?」
「えっと。まあ、会えるなら」
「――そっか。ありがとう」
彼女はとても嬉しそうにそう言って。
「……あっ!」
と大きな声を上げた。
「まだあなたの名前聞いてなかった!」
あっ。
思い返してみると確かにそうだった。
彼女の自己紹介から俺のこれからのことについて色々と話してくれていたが、俺自身の自己紹介とかは全くしていなかった。
「あー、えっとぉ。今更だけど、名前を聞いてもいいかしら?」
何故か遠慮がちにそう聞いてきた彼女の姿に少しかわいいなどと思いながら、自らの名前を発する。
「
「……うん。励兒くん、だね」
俺の名前を反芻するように呟きながら頷いていた彼女は、ハッとしたようにして未だ座っている俺の後ろに回り込み俺の両目を両手で塞いできた。
「えい!」
「……えっと、何も見えないんですが?」
「目を閉じてって言ったでしょう?」
少しいたずらっぽく言いながら咳払いを一つするエニティは、そのまま深呼吸を一つして。
「――貴方がこれから行く世界の名はイール。今は様々な種族が協力している世界です。一先ず、目覚めたら
と、語るように言葉を放つ。
彼女が言い終わると同時に、身体がふらつくような感覚を覚え、同時に一気に意識が遠退いた。
「……頑張って。そしてまた会いましょうね、励兒くん」
意識が落ちる寸前に、そう言う彼女の祈るような声が聞こえた気がした。
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