第12話 僕が彼女と挑んだコト

 カクテルライトで照らされたジャンプ台を中心に、競技施設は既に、大勢の雪の国の観客で埋まっている。ジャンプ台の正面の観客席には、一段高い場所があり、そこが貴賓席になっていた。


「さあ、東の大国と雪の国との親善大会が、いよいよ始まります。まずは、ご来賓の来場です」


 アナウンスが流れ、雪姫の母親である雪の国の女王と、東の大国のミル代表とミラ使者が現れる。彼らは手を振りながら席に着いた。


 僕たち選手は、観客席の一角でジャンプ競技の開始を待っている。競技の前には、東の大国からの訪問を歓迎する、雪の国のパフォーマンスがあるらしい。ジャンプ台の下に設けられた広場に、観客の注目が集まった。


 会場が暗くなって照明が灯ると、優雅な音楽が流れ始める。そしてどこからか、雪の妖精たちが現れて踊り出した。小さな妖精たちの踊りに続き、白鳥と鶴の群れが飛来して、会場を艶やかに舞う。


 照明が変化し、楽しげな音楽に変わると、ウサギや猿、狐に熊などの動物たちが入場してくる。動物たちは色の変化する布を使い、マスゲームを繰り広げ、会場に幾重もの華を咲かせた。


 ひと時の静寂があり、照明が落とされ、会場が白い霧で覆われる。霧の中から、複数組の美しい着物姿の男女が浮かび上がる。幻想的な音楽に合わせ、フィギュアスケートのような流れる動きで、会場全体を滑っているかのように踊りだす。

 とても美しく、魅了されるようなパフォーマンスだ。何しろ演出ではなく、全て本物なのだ。


(これは凄く本格的な大会だな。大会って好きじゃないから、ずっと敬遠してきたけど、ちゃんと飛べるかな……)


 パフォーマンスが終わり、アナウンスが流れはじめた。


「それでは、これから競技ルールを説明いたします。選手10名には、順番にジャンプをしていただき、6名の審判が、その都度100点満点で採点します。これを3周繰り返し、最終的に一番高い点を出した選手が、優勝となります。

 なお審判は、雪の国から3名、東の大国から3名となっています。採点は、ジャンプの難易度、完成度、大きさ、着地の正確さ、この4つの観点で行います」


(ルールは、ビックエア競技の公式ルールと大体同じだな。これも雪姫が調べたのかな?)


「続きまして、選手紹介です――」


 アナウンスが、ジャンプ順に選手紹介を始めた。呼ばれるたびに、選手が立ち上がって手を振り、盛大な拍手や歓声を浴びている。雪の国の最後が雪姫で、その次が東の大国のウルバンだった。


(人間の僕が最後か……、僕も歓迎してもらえるだろうか? 晩餐会では避けている人もいたし……)


「最後は、雪姫様が現世を訪れてスカウトしたアキラ選手です」


 僕の心配は杞憂に終わった。僕は雪姫の紹介の際よりも大きな声援を受けた。


――


 そして競技は進み、1周目のジャンプは、いよいよ僕の番を残すだけとなった。ジャンプ台のスタート位置からは、40度近い斜度の長いアプローチの先に、踏切台が小さく見える。テストジャンプを一回だけ飛んだとはいえ、技をするには、今まで一度も経験したことのない高さだ。


 先に一本目を飛び終えた雪の国の選手は、スノーボードからスキーに変更したことで、スピード調整ができるようになっていた。しかし、ジャンプで高得点など出せるレベルにはない。唯一、雪の国で最後に飛んだ雪姫が、高さのある安定したジャンプをしていた。


 僕の前にスタートした、ウルバンの一本目の得点が発表される。彼が雪姫の得点を抜いて一位になり、会場が湧いた。


 スターターが旗を上げた。


(やるしかないけど、まず一本目は様子見で――高さで勝負!)


 僕はスタートして急斜面を一気に下った。勢いはそのまま、踏切台の傾斜を上ってゆく。その高さはまるで空へと続いているかのようだ。


 僕はスキーと一体となって、空に飛び上がった。滑空しながら空中で左右のスキー板をクロスさせる——右手は左足のスキーを掴み、左手は高く突き上げた。


 ランディングバーンに降り立つと、大きな歓声が聞こえる。僕の得点が発表され、一本目のジャンプでトップに立った。挑戦した「ミュートグラブ」はうまくいったようだ――僕が一番、見栄えが良いと思う技だ。


 僕が競技エリアの外に出ると、参加している他の選手が迎えてくれた。みんなはジャンプの高さと、ポーズを決めた空中での姿勢に驚いていた。

 ウルバンも少し離れた所にいて、僕が気になるようだった。彼の近くに、王太子だったという狐耳のアイヴァーンが近づき、耳元で周囲に聞こえないように何かを伝えていた。


(何かアドバイスでもしたのかな?)


「ねえ、アキラ」


「えっ、どうしたの?」


 声がする方を振り向くと、そこには笑顔の雪姫が立っていた。


「次のジャンプでは回るんでしょ?」


 僕は当然だとばかりに、拳を上げて応えた。


――


 そして、2周目のジャンプ。スタート位置に向かおうとするウルバンが、僕の方を振り向いた。


「さっきのジャンプ、参考になったよ。ああやって板を掴むと、高い点が出るんだな」


 彼がそう言って、勢いよくスタートを切る。スピードを上げて一気に急斜面を下り、高く飛び上がった。僕の技を真似たのか、飛びながら片手でボードを掴み、もう一方の手をグルグルと振り回して、着地ギリギリまでアピールしている。

 彼の得点が出た。1周目の僕のジャンプを抜いて一位になった。


(凄いな、一回見ただけで、同じようなことができるなんて……)


 僕が2周目のジャンプをする番になった。スターターが上げた旗を見て、僕はスキーを走らせた。

 身を屈め、風の抵抗を減らす。思い切り踏み切り、飛び上がった瞬間に、身体を後ろに反らす。空中に放り出された身体が後ろに返った。そのまま一回、二回と回転する。宙返りを終えると、視線を着地点に合わせ、スキーを落下させていく――。

 ランディングを終え、得点が発表されると、再び僕が一位に返り咲いた。


 盛り上がる競技エリアの外では、雪姫が待っていた。


「アキラ、今のジャンプもスゴかったけど、次こそ縦横に回るんでしょ?」


「うん、このジャンプ台にも慣れたから、次はいよいよ縦横に回転するよ! ただ、せっかく加護を与えられているのだから、今までやったことがない技に挑戦してみる」


「かんばってね! 私もアキラに教えてもらった技をやってみる」


 そう言葉を交わし、僕と雪姫はジャンプ台に上がろうとした。


 そのとき、ずっしりと重い何かが僕の肩を叩いた。鋭い爪をした手だ。振り返ると、熊の雪五郎が巨体を小さく屈めている。彼は、僕の目をじっと見て、切実に訴えた。


「何かアドバイスが欲しいのかい?」


 僕がそう言うと彼は大きく頷いた。


「これより、3周目のジャンプとなりますが、斜面が荒れてきたため、一度整備を行います。少々お待ちください」


 アナウンスが聞こえてきた。


 僕は、雪五郎の顔を見ながら、頷き返す。


「雪姫、ごめん、先に上がっていて……。僕はちょっと用がある」


 雪姫は察してくれたようで、僕たちに手を振り、一人でジャンプ台を上がっていった。


「じゃあ、雪五郎、ちょっと行こうか?」


 僕は、ジャンプ台の脇の緩斜面を指さした。


――


 3周目のジャンプとなった。雪の国の選手たちは、スキーでのジャンプに慣れてきたようだった。急遽スノーボードからスキーに変更したというのに、素晴らしい進歩だ。ボーゲンでスピードを調整し、急斜面の中盤からスキーを揃えて加速して踏み切る。何かの技ができる訳ではないが、高さのある綺麗なストレートジャンプになっていた。

 観客も彼らのジャンプに、歓声と温かい拍手を送っている。こういう応援はこの世界でも変わらないらしい。


 雪五郎がジャンプする番となり、スタート位置に向かおうとしている。彼はとても熱心で、ついさっきも技のやり方を習いにきた。彼は言葉を理解できるようだが、無口で大人しく、何を言っても頷くだけだった。しかし雪五郎の情熱や飲み込みの早さは、めきめきと上達する腕前から、如実に伝わってきていた。


「頑張れ! さっき教えた技、雪五郎ならできる!」

 

 後ろから声をかけると、彼は大きく咆哮をあげてスタートした。今までで一番のスピードで踏み切り、高く飛び上がった。直後、スキーを揃えたまま膝を抱え込む。右手で板の横を掴み、丸太のような左腕を高く突き上げた。


 着地で少しバランスを崩したが、熊とは思えない完璧なセーフティグラブを決めた。得点が発表されると、彼が雪姫を抜いて三位になった。

 僕と雪姫は、ジャンプ台の上にある待機場所から、その様子を眺めていた。


「さすが雪五郎! やっぱり、雪の国一番の猛者ね。ジャンプ台に上がる前に、アキラからアドバイスをもらって、少し練習しただけなのに……」


「もう技ができるなんてスゴイよね! この国で一番の猛者か……ちゃんと練習したら、僕も追い越されるかもしれない」


「私も、負けられないな」


「雪姫、大丈夫! キミだってきっとできるよ!」


 僕が声をかけると、雪姫は軽く手を上げて応え、スタート位置に向かった。


 雪姫が急斜面に吸い込まれるように、勢いよくスタートしていった。



  つづく

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【GIF漫画】僕が彼女と挑んだコト

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330660012203622

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第13話 僕と彼女が飛んだソラ

 雪姫、ウルバン、アキラの3周目のジャンプ! 果たして誰が勝つのか?

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校正協力:スナツキン さん


★★★ 物語はここから大きく転換します。よろしくお願いいたします。 ★★★

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