第13話 僕と彼女が飛んだソラ

 雪姫がジャンプ台の急斜面をスノーボードで滑り下りる。彼女は風を切って勢いよく踏み切り、着物姿で舞うように飛び上がった。右手でスノーボードの脇を掴み、左手を後ろに引き、身体をゆっくりと回転する。フロントサイドのグラブ360をしっかりと決めて着地した。


 大きな歓声が上がり、彼女が僕に続く二位に上がった。


「ここで回転するとは……姫さん、さすがだね」


 次の番となったウルバンが呟くと、スタートを切った。


 彼は力強く踏み切った後、身体を大きく後ろに反らした。一回、二回と後方に宙返りする。しかし着地に失敗して転倒してしまった。

 僕の技を真似たようだが、一度見ただけで真似ができるような技ではない。


(きっと彼がちゃんと練習したら、到底敵わないな……)


 彼の得点がアナウンスされたが、転倒の影響で、雪姫には及ばなかった。


 そして僕がジャンプする番になった。もう飛ばなくても、二本目のジャンプの得点で優勝は決まっている。


(このまま終わりにしない。スキーの選手にはならなかったけど、この競技は誰よりも好きだ。今できる最高の技を見せてやる!)


 僕は心を決めてスタートした。


 今までよりも更にスピードを出し、タイミングを合わせて踏み切った。空に向かって飛び上がり、軸を固めて身体を繰り返し捻る。斜めの軸で3回転しながら、水平方向に4回転する。

 トランポリンでは練習していたが、スキーを付けて、技をするのは初めてだった。

 回転を止めて視線を下に向けると、観客がとても小さく見える。今まさに、空を飛んでいると実感する。


 着地も決め、僕はトリプルコーク1440をメイクした。スキーを止めた後で、両手を高く突き上げると、大歓声が湧き上がった。


(これで面目を保てたかな?)


「アキラ! 本当に最高だったよ。加護なんて、全然必要なかったね。ありがとう」


 雪姫の声が聞こえた。声の方を向いた瞬間、雪姫が無邪気な顔で、僕の胸に飛びこんでくる。華奢で柔らかい身体だった。


 彼女は住む世界の違う、好きになってはいけない相手だ。それを分かっている筈なのに、僕は気持ちを誤魔化すことができなくなった。


 僕は雪姫をしっかり抱きとめた。


(できることなら、このままでいたい)


 彼女は僕の気持ちも知らず、胸に埋めた顔を上げた。


「アキラ、大好き!」


「僕も雪姫が大好きだよ」


 雪姫の明るい笑顔を見ながら、僕は答えた。きっと彼女の好きと、僕の大好きでは意味が違う。


――


 表彰式の準備が始まった。まだ周囲は薄暗かったが、東の山の向こうが紅く染まりだしている。大会の結果は、優勝が僕で、二位が雪姫、三位が東の大国のウルバンだった。


 準備の間、僕は雪の国の選手たちから、手荒い祝福を受けた。特にスキーを教えた雪五郎が四位入賞となり、僕のお陰だと、とても喜んでいた。嬉しさ余った彼に、肉厚な熊の手でバシバシと背中を叩かれると、一打一打がとても重く感じられる。叩かれる度に、加護の効果で身体がうっすらと光るが、痛みはほとんどなかった。


 そんな中、ウルバンが近づいてきた。


「面白かったよ。またやれたらいいな。次は負けないけどな」


「僕も楽しかったです。またできたらいいですね。直ぐに技を覚えてしまうので、とても驚きました。あなたなら、次はきっと僕よりスゴイ技ができると思います」


 僕はそう応え、握手を交わした。彼は一瞬だけ、僕に何かを言いたそうな顔を見せた。ただ、思い留まったのか、何も言わずに、東の大国の代表団の元へと戻っていった。


――


 朝を迎え、明るくなりはじめた頃、表彰式の準備が整った。表彰台が設けられ、雪の国の女王や補佐官、東の大国の代表団が揃っている。周囲には腰に剣を差した近衛の姿もあった。


 表彰に先立って、ミル代表が長い講評を述べた。彼は僕があそこまでのジャンプをするとは、どうやら思っていなかったようだった。そして加護の必要がない完璧な技を見ることができて、心の底から感激したとそらぞらしく言っていた。


「――今後はこのような素晴らしい競技を、東の大国でも普及させたいと思います。最後に、このような素晴らしい催しを準備してくださった、女王を始め雪の国の皆様に感謝を申し上げます」


 ミル代表の講評が終わり、盛大な拍手が起こった。


 表彰式では、まず下位から順に呼ばれて記念品が贈られた。一人一人呼ばれる度に観客から拍手が送られる。


 次に上位三人の発表となり、まずウルバンが呼ばれた。彼が表彰台に上がると、歓声と拍手が起こった。次に二位の雪姫が呼ばれて、更に大きな歓声が上がった。雪姫はそらを抱いて表彰台に上がった。

 最後に僕が呼ばれると、静寂が広がり、雰囲気が一変した。


(えっ、何かまずかった?)


 僕は恐る恐る表彰台に上がった。そして深く礼をすると、割れんばかりの拍手と歓声が起きる。


「アキラに感動して、みんな固まっちゃったね」


「それなら良かった。僕の優勝が面白くないのかと思ったよ」


 隣でそっと囁いた雪姫に、小さく答えた。


「そんなことないよ。よく見てよ、感動して泣いている人たちだっているよ」


 雪姫に言われて観客席をよく見ると、確かに多くの雪の国の人たちが、涙を流しているようだった。


「僕のジャンプに感動したの?」


「そうだよ。自信を持ってよ。みんな感動したんだよ」


 雪姫は強く答えた。


(スキーを習っていたとき、僕は言い訳をして競技者にならず、大会にも参加しなかった。面倒なことから逃げたのかもしれない。でも、こうやって大会で飛ぶのも悪くなかったな……)


 雪の国の女王が来て、表彰台にいる僕たちへのメダル授与が始まった。彼女はウルバンと雪姫の首にメダルを掛けた後、最後に僕の前に来た。


「アキラさん、とても素晴らしいジャンプでした。翼も持たない人間のあなたのジャンプに、私たち雪の国の民は、とても勇気づけられました。それに他の者たちへの指導もしていただき、ありがとうございます。そして優勝おめでとうございます」


 女王はそう言って僕の首にメダルを掛けた。


「僕もここでジャンプができて楽しかったです。こんな経験は二度とできないと思います」


 僕は自分の役目を終えて、安堵している筈なのに、胸の奥が苦しかった。そして自然に、涙が流れてきた。


(これで雪姫との関係も終わってしまうのか……)


「どうかしましたか? 何か悲しいのですか?」


「いいえ、大丈夫です。嬉し涙です。ただ、ここでの記憶を忘れたくないです」


「そのことですか……。覚えていることで、却って辛くならないですか?」


「忘れる方が辛いです。一生の思い出にします」


「そうですか……。あなたが帰られるときまでに考えておきます」


 女王がその場から離れると、雪姫の表情は、心配そうなものになった。僕のことを気にしているようだ。彼女が何かを言い出そうとしたとき、アナウンスが流れ、その声が遮られた。


 どうやら優勝者に、東の国からの記念品の授与があるようだ。僕は左手で顔を拭った。ミル代表とアイヴァーンが僕の前に来た。アイヴァーンは白い布が掛けられた、何か長い物を両手で抱えていた。


「アキラ殿だったね。人間は弱い存在なので、大きな失敗をすると思っていたんだよ。それで女王に加護を依頼したのに、まさかこれほどとは……、全く思いもしなかった。これは、我々の予想を超えたキミへの、我が国からの贈り物だ」


 そう言って、ミル代表は白い布を手で掴んだ。


 布が外されると、そこには綺麗な抜き身の剣が輝いていた。


(この剣が、記念品なのだろうか?)


「アキラ様、危ない!」


 そらの叫び声と同時に、アイヴァーンが剣を手に取り、そのまま僕の胸に突き刺した。雷で打たれたような衝撃を受け、焼けつく激しい痛みが、剣で刺された胸から背中に広がった。



  つづく

――――――――――――――――――――

【GIF漫画】僕と彼女が飛んだソラ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330660381102827

――――――――――――――――――――

第14話 僕が見た空を飛ぶモノ

 剣で刺されたアキラはどうなるのか? そして、何をみたのか?

――――――――――――――――――――

校正協力:スナツキン さん


★★★ ありがとうございました。あと7話、よろしくお願いいたします。 ★★★

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る