第14話 僕が見た空を飛ぶモノ
誰かの悲鳴が会場に響き渡った。僕は胸から剣で貫かれたが、激しい痛みを感じたのは一瞬だった。大した出血はないが、目に映る全てが歪んで見える。隣にいた雪姫が、ふらついている僕の身体を支えてくれた。
(痛いけど……、まだ耐えられる)
「悪いな。こんなことになっちまって……」
ウルバンが申し訳なさそうな顔をすると、表彰台から飛び降りた。
僕を刺したアイヴァーンとウルバンは、ミル代表を庇うような姿勢を取る。彼らは周囲を警戒しながら、東の大国の代表団が固まっている場所まで退いた。
「アキラ、加護があるから大丈夫だよ。傷が癒えるまでの辛抱だから」
「そうなのです。痛いのは最初だけの筈ですから……。アキラ様を刺すなんて許せません。しかも、これは普通の剣ではありません!」
雪姫とそらが僕に声をかけてくれた。
「二人ともありがとう。少しずつ痛みは和らいできた」
剣で刺されている部分が仄かに光りだし、僕の身体から剣がゆっくり抜けてゆく。床に落ちた剣が、紫色の煙を上げて跡形もなく蒸発した。
身体全体が柔らかな光に包まれ、傷が修復されてゆくのが分かる。ただ、その代わり、会場全体の照明が薄暗くなったような気がする。
「暗くなったのは、加護が働いたから?」
「はい。同じこの国のエネルギーを消費しますので。でも一時的なものですので、直ぐに戻ります」
そらが僕に答えてくれた。
表彰式の会場では、雪の国の近衛が剣を抜き、東の大国の代表団を威嚇している。雪五郎も駆けつけてくれ、僕と雪姫を庇うように立ってくれた。
そのとき、大きな爆発音がして、会場から離れた場所で、黒煙が立ちのぼった。
「ミル代表、これはどういうことですか?」
雪の国の女王が強い口調で訊ねた。
「私がお答えしましょう」
先触れとして調整役をしていたミラ使者が、自ら前に進み出た。
「あなたですか……」
「ええ、この国に先触れとして来たときから、今日のために準備をしてきました。しかし、雪の国の加護とは大したものですね。我が国の魔剣を持ってしても、串刺しになった人間を、この短時間で治癒してしまうとは……。加護がなければ、そんな人間など、魔剣と一緒に跡形もなく消えていたでしょうに」
大規模な催しによりエネルギーを消費させた上に、僕に致命傷を与えて大きな加護を働かせる。すると、エネルギーの需給バランスが崩れ、結界を構築している要石の守護が一時的に弱まる。
更に雪の国の民を一堂に集めたことで、国全体の警備も弱まっている。こうして暗くなったことを合図に、タイミングを合わせて別動隊が要石を襲撃し、ダメージを与えたようだ。
「ミル代表を歓迎する催しは、これから起こることの前段階に過ぎないのです」
ミラ使者は女王と対峙し、言い放つ。
「全ては、あなたの謀略だったのですね」
「ええ、そうです。楽しかったですよ。和平に向けた親善のためと言えば、こちらの注文を、なんでも引き受けてもらえるのですから。自分たちが嵌る罠とも知らず、こんなに大きい施設を急いで造って、笑いを堪えるのが大変でしたよ。ただ、生贄の現世の人間が、飛び落ち、大怪我をするのを見れなかったのは残念です。――ほら、気持ちよい、暖かな風が吹いてきたでしょう。邪魔だった結界が、解けてしまったようですね。要石を襲撃し、守りが強固な結界を破るためのお芝居、無事に演じ切ることができました。これで役目を終えたので、やっと帰れます。私は寒い所が嫌いなので」
乾いた暑い風が吹き込んできて、会場にいる観客たちは激しく動揺した。
「最初から騙していたのですね! これからどうするつもりですか?」
女王がそう訊ねると、後ろにいたミル代表が前に出てきた。
「歓迎の催し、とても楽しめました。これからは我が国の皇帝に忠誠を誓い、雪の国には皇帝領に帰属してもらいます。そうすれば、きっと悪いようにはならないでしょう。皇帝も、あなたの価値を十分に認めています」
「そんなことは私が認めません。結界を解いただけでは、その人数で、この国を占領することなどできませんよ。時間が経てば要石は自らを修復し、何れ結界は元に戻ります。破壊をしている内に結界が修復すれば、あなた方の逃げ道もなくなるのです!」
「さあ? それはどうでしょうね」
薄ら笑いをしたミル代表が女王に答えると、雪の国の白い着物の補佐官が右手を高く上げた。それを合図に、雪の国側の何人かが前に飛び出し、一斉にミルとミラの前に並んだ。そして身体の向きを変え、ある者は女王に剣を向けた。
東の大国側に回った者には、アイヴァーンの妹である巫女のアイナや狐の神使、近衛の半数近くも含まれていた。
「女王様、お諦めください。会場の暗転を合図に、既に多数の兵が侵入しています」
「あなた方が裏切って、彼らを手引きしたのですか?」
厳しい顔をした女王が補佐官に訊ねた。するとアイナが前に進み出た。
「申し訳ありません。祖国が滅びることになった原因である人間を、この国が放置し、保護まですると聞き、兄上に協力することにいたしました」
「アイナ、それは大きな誤解です。私も現状のままで良いとは、思っていません」
「それなら、どうして温暖化の原因である人間に、最高の加護など与えるのです。私には、人間を信用することはできません。豊かだった草原の国が貧しくなったのは、現世の人間が、自分たちの都合で草原を焼き払い、多くの大地を人工の石で覆ってしまったからです。だから父上様は人間を嫌い、力で支配しようとしました」
「アキラさんは勇敢で、とても優しく、信用できます。彼が常世に来たのは二度目なのです。一度目は、現世で私を襲った強盗に命を奪われそうになり、私が連れてきました。それに、雪姫の神使のそらも、元は現世でアキラさんが命を救おうとしたウサギでした。周囲の讒言に、惑わされてはいけません」
「そうだったのですか? そんなことは聞いていません」
女王はアイナに近づき、説得しようとしていた。
「ですが、あなたのやり方では、この国の窮地を救うことはできない。あなたの理想が実現する前に、雪の国が滅びてしまう。最早、これが最善と考えています」
補佐官が女王とアイナ元王女の間に割って入り、謀反を起こした理由を話しはじめた。
――
雪の国を含め、常世が温暖化している原因は、現世の人間の行いにある。しかし常世の多くの国では、現世に対して不干渉中立の立場を取っているようだ。雪の国もそうだった。常世と現世では生命エネルギーの循環があり、過度の干渉は循環のバランスを乱すためだ。
このため、雪の国は温暖化の影響を大きく受けているが、女王は現世に対して、直接的な働きかけをしようとしなかった。
一方、東の大国の考えは違う。温暖化を止めるには、その原因である人間を支配するのが最も効率的だ。東の大国の皇帝は、現世に傀儡を作り、次元を超えて現世を支配下に置こうと動き出しているらしい。このため、補佐官を含めた雪の国の一部の者が、東の大国に協力することになったようだ。
――
「なんと愚かな――。我々と人間は住む世界こそ違えど、お互いに補完しあう関係なのですよ。生命エネルギーの循環には流れがあるため、常世からは現世を認識でき、現世からは常世を認識できません。しかし、我々は全知全能の神などではないのです。滅びた草原の国も、現世を支配しようと大きな力を使い、失敗したではありませんか。現世に力を行使すれば、大きな歪が生じます。だから、より良くなるよう、最低限の干渉をしています。急ぎ過ぎてはダメなのです」
「確かに、直接支配しようとした草原の国のやり方は、間違っていたと思います。しかし、東の大国のように傀儡を使えば、我々は彼ら人間を導くことができるのです。現世の人間には欲があり、彼らの物質文明を放置した結果が温暖化です。このまま放置はできません。雪の国は小さくとも、東大国が欲しがる豊富な水の資源があります。今こそ皇帝と手を結び、我々が共同で現世の人間を管理するべきです」
その補佐官は、女王の言葉を否定した。
いつしか会場には、ゴブリンのような姿の者や武器を持った獣人が多数現れていた。事態を目撃していた観客席に、動揺が広がっている。女王や僕たちは武装した東の大国の勢力に囲まれ、身動きができない状態になっていた。
「ここまで用意周到とは……」
「抵抗せず、投降してください。そろそろ『蟲』も来ます」
女王に補佐官が言った。
どこからか耳障りな羽音が聞こえる。その羽音が段々と大きくなる。
明るくなった東の空を見ると、大きな虫の群れが、ガスをまき散らしながら飛んでくる。それは巨大なカメムシの襲来だった。
ガスが降り注がれた雪原では、雪がみるみる溶かされてゆく。
「なんて酷いことをするの……。平和になると信じていたのに……。だから、現世の平和の祭典を真似て、施設を造り、親善大会の準備をして、アキラにも来てもらったのに……」
隣にいる雪姫が、震えるような声で言った。
――
カメムシの一団がジャンプ台にも迫ってきた。観客席はパニックに包まれ、雪の国の人たちが逃げ惑っている。
先頭のカメムシには少女が乗っていて、巨大な虫の一団を操っているようだった。
「あれが、草原の民の蟲使いなの?」
「はい、蟲使いです。以前もあのような大きな虫で攻められましたが、結界で防ぐことができたのです」
そらが僕に教えてくれた。確かにカメムシの背中に比べれば、スノーボードなんて簡単かもしれない。
(ウルバンのスノーボードが、直ぐに上達する訳だ……)
「雪姫、ここは危険です。私が時間を稼ぐ間に、アキラさんと転移の間に行きなさい!」
「お母様、分かりました。ここはお任せいたします」
雪姫の顔を見た女王は、大きく頷き、僕たちの前に進み出た。
(もう僕には、何もできないのだろうか……)
「雪姫、アキラさんを帰し、同盟国に連絡を!」
女王が口から強く息を吹くと、それはブリザードとなって周囲に吹き荒れた。僕には、事態を見守ることしかできなかった。
つづく
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【GIF漫画】僕が見た空を飛ぶモノ
https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330660751171160
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第15話 僕と彼女が走ったサキ
襲撃されたアキラと雪姫は無事に切り抜けられたのか? 向かった先は?
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校正協力:スナツキン さん
★★★ ありがとうございました。次回で第3章が終わります。 ★★★
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