第15話 僕と彼女が走ったサキ

 女王が起こしたブリザードは、僕たちを守るように吹き荒れた。寝返った者も含めて、東の大国の勢力は、吹雪に視界が遮られ、鋭い氷の礫に襲われている。


「アキラ、ここから逃げましょう!」


 雪姫が僕の手を引いた。


 僕たちは、雪五郎や近くにいた数名と一緒に、会場と繋がっている建物に逃げ込もうとした。建物の入口はすぐそこにあった。


「させるか!」


 剣を持ったアイヴァーンが立ち塞がる。


「ここは諦めて、捕まった方が身のためだ。一緒に飛んだ仲なんだ、お前たちを斬りたくない」


 ウルバンも剣を持って近づいてくる。


 そのとき、一緒に行動していた雪五郎が、大きく咆哮を上げ、アイヴァーンに向かっていった。彼の鋭く伸びた爪は、アイヴァーンが振り下ろす剣を弾き返した。雪五郎は、アイヴァーンとウルバンの二人を相手に、全く引けを取っていなかった。


「雪姫様、ここは雪五郎に任せましょう。彼に敵う者など、そうそういないのです」


「そうね……。雪五郎、無理はしないで!」


 雪姫はそらの提案を受け入れた。僕たちは彼が時間を作ってくれた隙に、会場に繋がっている建物の入口に向かった。


「雪五郎、ありがとう!」


 途中、僕は振り向き、彼の背に向かって大きな声で礼を言った。すると、彼は右腕を上げて応えてくれた。


――


 会場から建物内に避難できたのは、雪姫とそらに近衛の一人と侍女で、僕を入れて五人だった。


「姫様、ここで扉を閉めれば、そう簡単には侵入されません」


「その前に雪五郎を待ちます」


 雪姫が侍女に応えた。


 雪五郎は爪を長く伸ばして戦い、剣を振るうアイヴァーンとウルバンを圧倒していた。その奥では、女王が裏切らなかった近衛と共に応戦している。


「雪五郎、あなたも早くここまで来るのです」


 そらが大きな声で雪五郎に呼びかけた。その声に反応したように、彼は後ろを向いたまま、大きく首を横に振った。そして雪五郎の咆哮が響く。


 雪五郎はアイヴァーンとウルバンの剣を受け止めたまま、女王が戦っている方へと二人を押し返す。彼は、この場に残って戦おうとしていた。


 そのとき、銃声のような音が立て続けに響き、雪五郎が倒れた。その先には短銃を構えた獣人がいた。雪五郎の身体は細かな光の粒となり、それが空に向かって弾けるように消えてしまった。同じように、奥の方で幾つもの光が弾けた。


「酷いです。友好のために来たと言いながら、銃まで隠し持っているなんて……」


「雪五郎、みんな……、ごめんなさい……」


「これ以上は危険ですので、扉を閉めます!」


 侍女が、そらと雪姫の言葉を遮り、入口の扉が閉められる。


「えっ、雪五郎はどうなってしまったの? どこに消えたの? 彼らにも、僕のような加護はあるんでしょ?」


「アキラ様の加護は特別なのです……。あの銃は、東の大国が開発した、精神体を破壊する銃だと思われます。雪五郎や他の撃たれた者は、残念ながら消滅しました」


 一緒にいる近衛が教えてくれたが、僕は理解できなかった。


(僕は加護で魔剣から護られたのに、消滅って……)


 隣で涙を流している雪姫を見て、僕は事態を理解した。雪五郎の元気な姿を思い浮かべ、胸が苦しくなった。


「お辛いでしょうが、犠牲になった者たちのためにも、ここで立ち止まれません」


「分かっているわ!」


 雪姫が近衛に向かって厳しく応えた。


「東の大国の者たちは、宮殿内で好きにできませんが、裏切り者が厄介なのです」


「ごめんなさい……。そうね。悲しむのは早いわね。急ぎましょう」


 俯いていた雪姫が、しっかりと前を見て、そらに強く言った。


「これから、転移の間までの通路を、順々に閉鎖します」


「一時凌ぎにしかならないけど、時間との勝負ね」


 侍女らしい女性に雪姫が応え、僕たちは建物の奥に向かって走った。先に進んでいくと、広い通路の後方が次々に扉で閉じられていく。


「これで多少は時間稼ぎができますが、急いで対策を立てる必要があります」


 一緒に走っている近衛が言った。


「そうね――。同盟国に救援を求めようと思います」


「ワタシもそれが良いと思うのです」


「でも、まずはアキラを現世に戻さないと……」


 雪姫は走りながら、そらたちに僕への対応を伝えた。


(こんな事態になってしまうと、もう僕は雪姫の役に立てないのだろうか?)


 僕たちは通路の先にある部屋に入った。それは転移の間という、僕がこの世界に来たときに使った部屋だった。とても独特な香りがする。


 転移の間に入ると、そらと侍女が息つく間もなく何かの準備を始めた。


「アキラ様の転移の支度を直ぐに整えます。現世とのパスを確立しましたら、お知らせします」


「ええ、お願い。その間に私は、西と南の同盟国の友達に連絡を取ってみる」


 雪姫は二人に指示を出し、札のようなモノを取り出して部屋の壁に掛けた。


「では、私は見張りをいたします」


 近衛がそう言って、入口の方に向かっていった。


「雪姫、何か手伝えることはない?」


 僕がそう言うと、雪姫はとても悲しそうな顔になった。


「とても嬉しい――。でも、これ以上はアキラを巻き込めない」


「僕が雪姫の力になりたいんだよ――。それに、今の僕は加護があるから、無敵なんでしょ」


「今のアキラは誰も倒せない。あなたには最高の加護があるから、雪五郎を消滅させた銃だって効かない。だけど、大きな加護を使うと、さっきみたいな反作用が国全体に起きてしまうの……。それに、とても痛かったでしょ。不死身ではあっても、痛みはあるから……」


「確かに僕には加護があっても戦う力がない。だから足手まといかもしれない。でも、このまま雪姫と別れるなんて嫌だよ」


「これ以上はアキラに頼めないよ……」


「戦えなくても、人手が必要なら手伝うよ。キミの傍に僕はいたい」


「ありがとう。アキラ……」


「雪姫様! どうやら入口が突破されたようです。追手が近づいて来ています」


 雪姫の声を掻き消すように、緊迫した言葉が投げられた。


「転移のパスが確立しました。雪姫様、この先はお任せいたします」


 続いて侍女の声が室内に響く。部屋の奥に漆黒の闇が広がり、下から幾何学的な形の金属がせり上がってくる。

 

 雪姫が僕に近づき、僕を抱きしめてくれた。僕も彼女の背中に手を回す。僕たちはしっかりと抱き合った。僕は彼女を離したくなかった。


「僕はキミと一緒にいたい」


「ありがとう、アキラ。でも、ごめんね。みんな忘れて、幸せに生きて――」


「嫌だ! キミのためなら戦える」


 雪姫の声を聞きながら、僕は意識を失っていった。


(もっと強くなりたい……)


――


 僕は眩しさを感じて目が覚めた。


「雪姫!」


 彼女を呼んだが、何も返事がない。


 ここは山小屋の中だった。目の前にはオイルの切れたランプがあり、僕の身体には自分の上着が掛けられていた。


 室内には僕のスキー道具だけがあり、一緒に入れた筈の雪姫のスノーボードがない。僕はドアを開けて外に出たが、足跡もスノーボードで滑った跡も残っていない。

 既に吹雪は治まり、朝日が昇っていた。


(雪の国から僕だけが、この世界に戻されたのだろうか? それとも、ただの夢だったのだろうか?)


 僕はスマホから旅館に電話をかけた。そして自分の無事と、一緒にいた女性がいなくなってしまったことを伝えた。

 一緒だった女性がいなくなってしまったため、僕は迎えがくるまで山小屋で待機することになった。


(こことは違う木の香りがする部屋で、雪姫と別れた気がする――。それって、どこだ?)


 暫くするとスノーモービルの音が近づいてきた。スキー場のパトロールと思える二人の方が乗っていた。


「一緒に避難した雪姫が、いなくなってしまったんです!」


 僕がそう言うと、その二人は山小屋の周囲を調べてくれた。しかし、足跡も滑った跡も残っていない。


「それが本当なら、吹雪が治まる前に、山小屋から出ていったのかもしれないな……」


「取り敢えず、山を下りて事情を聞こう」


 スノーモービルに乗せられ、早朝のスキー場を下山する。冷たい風を頬に受け、夢とも現実とも分からない記憶が、飴細工のように粉々に壊れてゆく。


(雪姫、どこに行ってしまったんだ……)


 記憶が段々と不確かになってゆく。下山した僕は、覚えている限りのことをメモに残した。


 僕と彼女が一緒に滑っている姿は、リフトの係員やパトロールにも目撃されていた。このため捜索願を出したが、雪姫がどこの誰か、誰も知らなかった。


 パトロールから警察と消防署に連絡が入り、身元不明のまま捜索隊が出されることになった。僕は事情を聞かれた後、自分から頼んで彼女の捜索に加えてもらった。


 数日間の捜索をしたが、彼女の痕跡は何も見つけられなかった。身元不明のため、彼女の遭難自体が疑われはじめた。そして捜索は打ち切りになった。

 僕自身も、一緒にいた女性の顔すら思い出せなくなってしまった。メモには、雪姫という名前と、カレーとサイダーが好き、ということが書かれている。そのメモを見ると、不思議に涙が流れる。


――


 僕がスキー場から帰る日となった。荷物を持って旅館の玄関を出ると、若女将が玄関先で見送ってくれた。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


「いいのよ。気にしないで……。大変な経験をしてしまったと思うけど、これに懲りないで、また来てね」


「お世話になりました。また必ず伺います」


 僕は深くお辞儀をして、クリスマスイブから過ごした、スキー場の麓にある旅館を後にした。



  第3章 僕が見続けたかった彼女の夢 完

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【GIF漫画】僕と彼女が走ったサキ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330661103965451

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第16話 僕が思い出せない大切なヒト

 アキラが失った大切な人の記憶、彼は再びスキー場に向かう。――――――――――――――――――――

校正協力:スナツキン さん


★★★次回から『 最終章  僕が恋した風切る彼女』です。

  引き続きよろしくお願いいたします。 ★★★

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