第3章 僕が見続けたかった彼女の夢

第11話 僕が目にした巨大なモノ

 大広間での晩餐会を終え、雪姫やそらと一緒に部屋の外に出た。この後は、少し時間を空けて、外でジャンプの催しが予定されている。

 それは、僕以外にも参加者のいる競技大会のようだ。既に他の参加者は、大会に向けて練習をしているらしい。僕はそらに伴われ、大会の会場ではなく、休憩室に案内をされようとしていた。


(念のため、休憩前に会場を見たいな。まぁ、スキー場と同じようなキッカーだと思うけど……)


 広い廊下の先に、雪姫の姿を見つけた。


「お疲れさま。接待、大変だったね」


「ありがとう。アキラもお疲れさま」


 僕は雪姫に合流した。


「疲れているのに申し訳ないけど、休憩する前に、大会の会場を見たいんだ。いいかな?」


「うん。アキラさえ良ければ。でも、休まなくて平気?」


「ああ、平気だよ。僕なら疲れてないし、眠くもない」


「じゃあ、案内するね」


 雪姫は行き先を変えてくれた。僕たちは長い通路を歩く。


「東の大国の人たちって、いつもあんな感じなの?」


「うん。そうなの……。国力が違うから、仕方ないんだけど……。東の大国は、次々に他の国を吸収して拡大し、今では最大の勢力だから。アキラも、嫌な思いをしたでしょ?」


「いいや、ちょっとムっとしたけど、大丈夫だよ。気楽そうに見えて、実は雪姫も大変だったんだね」


「酷い! 私は外交を任されているから、こう見えても大変なのよ! 元々、常世はそれぞれの国に結界が張られているから、国同士の交流がなかったの。でも、お母様が、危機感を覚えて連絡を取り、私の王女外交で幾つかの国と同盟を結んだのよ」


「ごめん。謝るよ……。その同盟国の人たちは、今回の催しに招待されているの?」


「ううん。東の大国に警戒されていて、まず二か国で話し合いたいって、言われているから」


「外交は難しいんだね」


「そうなの! 本当に難しいの。アキラが見つからなかったら、あのミルとミラから、どんな難癖をつけられたか――」


 雪姫は、溜まっていたモノを吐き出した。彼女は、この世界では高貴な立場だが、喜怒哀楽は普通の女の子に変わりない。彼女の不貞腐れた姿は、現世の人間と何も違いがないように見える。


「ねえ、もしかしたら、スキー場での吹雪も、雪姫や女王の仕業だったの?」


「あれは偶然。東の大国の技術なら、できるらしいけど。お母様でも、ここから現世に、吹雪を起こすことなどできないわ。でも、あのときは、吹雪になって、ちょうど良かった。アキラを連れてくるために、山小屋に誘うつもりだったから」


「あれ? 京都では、刺された場所から、ここに来たよ?」


「ああ、お母様は、現世との転移の時差を調整できるから。お母様の転移は、数時間以内なら、ここで過ごした時間が、なかったように見せかけられるの。私には難しくて、まだできないわ。突然、人が消えたら、みんな驚くでしょ」


「そうか、それで京都では、戻った後で違和感がなかったのか……」


「そうなの。でも、調整できる時差には、限度があるから……、あの後でお母様に叱られたわ」


「そうだったね。ギリギリって言われていたのを、思い出したよ。でも、転移ができるなんて、とても便利だね」


「ええ、とても便利。でも、危険もあるし、悪用される恐れもあるから、頻繁にすることではないの。だから、この国では、私かお母様がいないと、転移はできない。それに、転移先に繋ぐための調整が難しいから、私一人じゃ転移なんてできないし……」


 そう言って雪姫は笑った。


――


 僕たちが外に出ると、夜の闇を照らす光は、少し離れた所から届いていた。その光は、固定された電灯ではなく、宙に浮かぶ、幾つかの小さな発光体の集まりだった。光の精と思われる発光体の集まりの一つが、まるで意思を持っているかのように飛んで来た。そして僕たちの頭上から、柔らかい光で照らしてくれる。

 目の前に、雪原に建てられた競技場が、闇の中で明るく浮かび上がっている。正面と左右に分かれた観覧席と一体となっており、建物の出口が観覧席に直結しているようだ。極めつけは、巨大なジャンプ台だ。スキー場のキッカーとは比較にならず、ワールドカップやオリンピックのビックエア競技のサイズより、一回り以上も大きい。


(東の大国の二人は、これを見ていたからこそ、失敗しても加護があると、僕に話したのだろうか?)


「以前は、ここに雪原が広がっていただけだったのに……。ねえ、雪姫――、僕はここで飛ぶことになるの?」


 彼女は何も答えず、ただ笑顔で爽やかに頷いた。


 僕の前回の訪問後、雪姫は人間が行うスキーやスノーボードに興味を持った。そして、お忍びで、現世の様子を見に行くようになったらしい。そこで彼女はスノーボードをやり始め、オリンピックやワールドカップといった、祭典のことを知ったというのだ。その祭典のことをミラ使者に話したら、こういう結果になってしまったようだ。


(これは、ノルディックスキーのラージヒルより大きいな……。自分が飛ぶと思うと、ぞっとする)


 巨大なジャンプ台の上に、ナイターの灯りに照らされた、黒くて大きな姿があった。それはスノーボードを履いた熊だった。その熊が、スタートのタイミングを見計らっている。


「えっ! 熊? 熊が飛ぶの?」


 僕は思わず声を出した。


「はい。普段は要石の警備をしている、熊の雪五郎なのです。ただ、彼はひたすら練習を続けているのですが、なかなか難しいようで……」


 そらの答えとほぼ同時に、雪五郎がスタートを切った。


 彼は、急斜面を真っ直ぐ滑るのが、難しいようだった。助走の途中でブレーキをかけてスピードを殺し、ターンを数回繰り返す。このため踏切台まで来たときには、減速し過ぎて止まる寸前だ。そして最後はそのまま落ちる。それはジャンプではなく、ただ飛び降りただけだった。着地でもバランスを崩し、巨体がランディングバーンをゴロゴロと転がっている。


(これがミラ使者の言っていたことか……。そういえば、あの熊って、前に来たときに、鳥居の前で見かけたな)


「頑張っているけれど、まだまだね。雪五郎の運動能力は、誰にも負けないのに……。時間さえあれば、アキラに教えてほしいけど、もう時間がないのよね」


「本当です。これでは雪の国の面目が保てません。次が例のウルバンという者なのです」


 雪姫の言葉に悔しそうな顔のそらが続いた。


 ジャンプ台のスタート位置では、人狼のウルバンが、コースが空くのを待っている。雪五郎の方は何とか立ち上がり、頭を下げたまま、ゆっくり競技エリアの外に出た。それを見届けて、中間地点にいるスターターが旗を上げる。

 スノーボードを履いたウルバンがスタートした。直滑降で急斜面を滑り下り、スピードに乗って、ストレートに踏み切った。綺麗な高さのある放物線を描いて着地する。


「彼は凄いね。スノーボードで急斜面を直進するのは難しいのに、完全に乗れている。この国の人?」


「いいえ。残念ながら、ミラ使者から推薦のあった、東の大国の随行者です。こちらの練習を見ていて、自分もやると言い出したのです。そして悔しいことに、直ぐ飛べるようになってしまいました」


 そらは呆れているようだった。


「この急斜面だと、スノーボードで直滑降をしてジャンプするなんて、簡単にはできないよ」


「ワタシも、そう思っていたのです。雪の国でも、雪姫様が辛うじて、飛べるようになっただけですから。あのウルバンは元・草原の民なのですが、いつも虫の上に乗っているので、要領が同じらしいのです」


「虫の上?」


 僕には『虫の上』が、何を指しているのか理解できなかった。ただ、ここでは僕の常識が通じないのだろうと思った。


「アキラ様には、昨日のようにクルクルと飛んでいただき、東の大国の者たちを見返してやりたいのです」


「アキラなら、もっと凄いジャンプができるよね!」


 そらに続いて雪姫が僕を煽る。


(これは、ジャンプ台が大きいから、怖いなんて言えないな……)


「アキラ様、道具はこちらにご用意しています。どうかお試しください」


 そらがそう言うと、従者らしき二人が、スキーとブーツを持って近づいてきた。僕が使っている物と同じに見える。


「このスキーとブーツはどうしたの?」


「はい。アキラ様がお使いになっていた物を、こちらで再現いたしました」


「そんなことができるんだ――。ねえ、加護があるから、失敗しても、痛くないんだよね?」


「いえ、そんなことはないと思います。加護は命を保障するのであって、怪我をした一瞬は痛い筈です」


 そらが真面目な顔で予想外の答えをした。


「えっ? 痛い? そうだったんだ――」


「アキラなら早々失敗しないでしょ」


 雪姫は笑顔だった。僕は顔が引き攣っていると思う。


――


 僕は休憩をせず、スキーとブーツを受け取って、練習することにした。大会本番が近づいているのか、観覧席には観客が入りはじめた。


 大会でジャンプするのは、僕の他に、雪姫と雪五郎など雪の国の10名と、東の大国からは人狼のウルバンのみ、ということだった。参加者は、僕を除いては全員スノーボードだ。しかし、雪の国側は雪姫を除いて、急斜面での直滑降がそもそもできない。


「ねえ雪姫、急斜面を真っ直ぐに滑るなら、スキーの方がまだ簡単だよ。みんなスノーボードにした理由はあるの?」


「えっ、そうなの? みんな、私と同じにしているだけ」


「スキーなら、ボーゲンという脚をハの字にした滑りがあるんだ。それなら、ブレーキを掛けながら真っ直ぐ滑れるから、急斜面でも助走速度の調整が簡単なんだ」


「じゃあ、スキーに変える」


「えっ? でも、道具もないし、練習だって……」


 結局、雪姫の即決で、彼女以外はスキーに変更することになった。僕の道具を元に、各自の身体に合わせて、直ぐにスキーやブーツが造形される。


(原理は、スキャンして造形する、3Dプリンターみたいだけど、この世界のモノづくりは不思議だ……)


 道具は直ぐに揃った。道具だけは……。


「ねえ、アキラ。ジャンプ台に上がる前にちょっとだけ、みんなに滑り方を、教えてくれたら、嬉しいな」


 雪姫が僕を笑顔でじっと見る。


 ジャンプ台の脇には、緩斜面に作られた練習用のキッカーがあった。そこで、僕が雪の国の選手たちに、ボーゲンとスキーでの踏み切りのやり方を教えることになった。

 彼らは、雪の国で選抜された人材なので、運動神経が良い。彼らの多くは、普段は重要な場所の警備をしているらしい。雪五郎も練習熱心で、熊とは思えないほど俊敏だ。だからみんな直ぐにスキーでのスピード調整と、踏み切りの仕方をマスターした。


 緩斜面での指導を終え、僕がジャンプ台に上がろうとすると、雪の国の選手たちは、僕に何度もお礼を言ってくれた。特に雪五郎は大喜びで、僕を肩車してその場で跳ねだした。

 ただ、そんなことをしていたので、僕自身の練習時間は殆どなくなった。僕はテストジャンプを一度だけして、大会の本番を迎えることになった。



  つづく

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【GIF漫画】僕が目にした巨大なモノ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330659656783617

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第12話 僕が彼女と挑んだコト

 アキラは雪姫と、何に挑んだのか? その結果は?――――――――――――――――――――

校正協力:スナツキン さん


★★★ 引き続きよろしくお願いいたします。 ★★★

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